第5話 鳩時計の廃墟 前編

「お前が帰ってから家に帰るのが怖くてさ、親が帰ってくるまで外にいたんだぞ?」


「あはは…まぁあの時は若かったというか、なんというか…ッ!鳩時計の廃墟に行った時は、俺のことを置き去りにして逃げたじゃねぇか!」


「ちッ…覚えていやがったか」




 ◇


 高校二年の秋、千春たちは少し離れた場所にある心霊スポットを訪れることを計画していた。周りが大学受験の準備に追われる中、彼らは相変わらず心霊スポット巡りに夢中だった。


「千春。マイナーな心霊スポットを見つけたかもしれん」

 篤はにやりと笑いながら、話しかけてきた。


「はぁ?そう言って先月に行った廃レストランで何も起こらなかったじゃねぇかよ」


 先月、篤がネットで見つけてきた廃レストランに行ってきたのだが、本当に何もなかったのだ。まぁ明るい時間だったからというのもあるのかもしれないが…。


「いや、今回は大丈夫だ。しっかりとした情報源だからな」


 自信満々に言う篤の話を聞いてみると、どうやら情報源というのは篤の叔父で、その叔父から聞いた話のようだった。


「俺の叔父は釣りが趣味でさ、海釣りなんかも行ったりするんだけど、中でも渓流釣りが好きなんだよ。ただ、人気の釣り場っていうのは人が多いし、川魚って結構音に敏感みたいでさ。人が歩いた音とかに反応して餌の食いつきが悪くなるって事で、誰も入っていないような山の中で釣る事が多いんだって」

「ふーん。そこで見つけた廃墟ってことだな」

 興味なさげに千春は相槌を打つ。



「おい…俺の話を取るなよ。まぁ、それで今千春が言った通りに廃墟を見つけたらしいんだけど、別に叔父も大して気にしなかったんだと。これまでも崩れた小屋なんか腐る程見てきたから」


「そこで叔父さんが、気になるようなことがあったと」


「まぁそうなんだけどさ…それで何が気になったかって言うと、外観はボロボロでガラスなんかも割れてるんだけど、その割れた窓から壁にかかってる鳩時計が見えたんだって。やたら綺麗な鳩時計が気になった叔父は廃墟に近づいて、窓から鳩時計を見たら、埃は被ってるし動いてないんだけど、まだ電池を入れ替えれば使えそうだなと思って、とりあえずはその場を後にしたらしいんだ」


「へー。それで?」


「それでいい感じの釣り場を見つけた叔父は夕方まで釣りをして、中々の釣果に満足しながら帰ってたらしい。その帰り道にまたあの廃墟を通ったんだけど、その廃墟から鳩時計の音が聞こえてきてビックリした叔父は、直ぐに廃墟を見たら鳩時計の前に誰か立ってたんだって!」


「それで叔父さんは逃げ帰ったというわけだな。それでそこに行くつもりなの?」


「そうそう!その鳩時計も気になるしさ、本当に動かないか確認しに行こうぜ!」


 話を聞いた限りでは、全くもって興味が湧かなかったが、こうなった篤はしつこい。断るのも面倒だったというのが本心だが、前の廃墟よりは近かったから今週末に行くことに決めたのだった――





 週末になり二人で自転車に乗って、鳩時計の廃墟に向かう。


 どうやら山の中腹あたりにその廃墟はあり、市道からもその廃墟が見えるらしい。


 山の中を歩かなくて良かったと思いつつも、そんな道路から見える場所にある廃墟なんてどうせ期待外れに終わるんだろうなと思っていた。


 四十分程自転車で走っていると急に篤が止まった。どうやら目的の場所に着いたらしく、左手を見ると青い屋根が木々の隙間から見える。


「多分あれだな。よし、行ってみようぜ!!」


 その廃墟に行くにはガードレールを越えて少し斜面になっている場所を歩かないといけないようで、自転車は車の邪魔にならないところに置いて向かった。



 廃墟に近づいていくと外観は二階建てでツタで覆われていて、窓ガラスも割れて地面に散乱していた。思ったよりもしっかりとした状態のまま残っていて、これならいきなり崩れて来る事はないなと考えていた。


 割れた窓ガラスから中を覗くと床や天井が抜けていたりしたものの、意外にも中は物がほとんど残っていない。


「千春!!鳩時計あったぞ!」


 別の窓から中を見ていた篤はどうやら問題の鳩時計を見つけたらしい。


 篤が覗いてる窓ガラスから中を見てみると、先程、千春が見た部屋より広くこの部屋はリビングなのであろう。その奥にはキッチンが見えることから台所と繋がっているようだ。


 そこは先程の部屋と同じように物が残っていなかった…壁に付けられた鳩時計を除けば――。




「他の部屋も見てみたけど、物がないのになんで鳩時計だけ置いていったんだろうな」

「そこがまた不気味だよな。なぁ、ちょっと中に入って見てみようぜ?」


 千春の承諾も得ずに、篤は玄関から家の中に入って行こうとする。


「お、開いた。お邪魔しまーす」


 玄関にカギはかかっておらず、目の前に階段があり、左の部屋が千春が最初に見た部屋、右の部屋が問題の鳩時計の部屋がある。


「少し見たら帰るからな」

「分かってるって」


 場所が場所だけに木々が生い茂るこの廃墟は外に居ても薄暗いのに、室内はもっと薄暗い。千春たちは携帯のライトをつけながら鳩時計の部屋に向かった。


 床が抜けていたので慎重に歩きながら向かうと、問題の部屋に到着。玄関よりかは幾分か明るかったが外から見るのと、室内から見るのではどことなく印象が違う。


 鳩時計だけが残された部屋。俺はなんとなく不気味に感じさっさと見て帰ろうと思っていた。


「うーん。近くで見ると確かにまだ使えそうだよな。なんで残していったんだろう」


 篤が鳩時計に手を伸ばし外してみると、ヒラヒラと何かが落ちてきた。二人とも落ちてきた物に視線が向かう。

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