第11話 祝福継承


「これは何じゃ」


「クッキーだな」


「赤いのは」


「ジャムだよ」


「こっちは……」


「バームクーヘン」


「バームとは何じゃ。クーヘンとは」


「知らん」


「バームクーヘンの名前はドイツ語で、直訳すると『木の幹のようなケーキ』を意味します。

 この名前は、バームクーヘンの特徴的な積層構造が木の年輪のように見えることに由来しています。

 バームクーヘンは、18世紀にドイツの都市、ブラウンシュヴァイクで発明されました。

 元々は、ドイツ貴族のための高級なケーキとして作られ、後に広く一般に普及しました。

 日本でも、バームクーヘンは広く親しまれており、特に高級なお土産品として人気があります」


 と、家政婦の人が説明してくれた。

 俺とマナは客間で紅茶と菓子を摘まんでいた。


 夜見と父親の再会だ。

 俺たちが居ても邪魔にしかならない。


 マナは見る物全てに興味を示す。

 人と会話したのは数百年振りとか言ってたし当然か。

 それに、見た目は少女なので不自然な事もない。


 質問の矛先は基本使用人さんに向いている。

 侮ってたぜ、子供のなんでなんで攻撃。

 俺には思ったより難易度が高い。


 にしても、なんでも知ってるなこの人。


「木の幹のような菓子か……

 うむ、美味いな」


「そう言って頂けると、お作りさせていただいた甲斐がございます」


「其方が作ったのか。

 こういう時、人間は金銭を支払うのだろう?

 しかし、儂には今手持ちがない。

 故に、これをやろう」


 マナが出したのは葉っぱだった。


「おい。

 お菓子のお礼に葉っぱってお前」


「何を言うかアタル、これは儂の葉。

 神実りんごには及ばぬも、魔力体力両方に対して効果のある薬草じゃぞ」


 そういう事を、使用人さんの前で言うな。

 この人異世界とか知らないんだから。


「ありがとうございます。

 有難く受け取らせて頂きます」


 そう言って、葉っぱを受け取る使用人さん。

 俺を見て、大丈夫ですよ口を動かした。


 良い人だ……

 夜見と一緒に住んでて大丈夫か?


「ってお前ポンポン出していいのか?

 あの実も、作るのに百年とか掛かるって。

 っていうか、本体の樹はもう枯れただろ」


「あぁ、そうなのだがな。

 恐らく、其方の異能は時や状態まで全て複製するのだろう」


「時や状態……?」


「つまり、其方の持つ枝の状態は本樹が枯れた後の枝では無く、枯れる前の枝という訳じゃ。

 そして、それは再度複製を使えばリセットされる」


「良く分かんないな。

 でも、マナの記憶はリセットされないんだろ?」


「つまり、実も葉も使い放題という訳じゃ。

 儂はこの枝を媒介に現界しておるに過ぎん。

 杖の効果に、儂を呼び出す事が含まれておる。

 そして、枯れる前のマナリアスツリーフォルスに枝は接続されておる」


「もっと難しくなった気がする」


「兎も角、儂は其方が呼べばいつでも駆けつける事ができるという事だ。

 危険があれば頼るが良い」


「なるほど。

 だったら、話し相手になるって約束も守れる。

 良かったよ」


「うむ、儂も……」


 言いかけて、マナは視線を逸らす。

 チラチラと俺と明後日の方角を視線が行き来して。


「ん?」


「儂も、嬉しい」


「あぁ、これからはずっと一緒だな」


「っ……其方は、なんというか……」


 そこまで、マナが言いかけた所で。

 別人の声が割り込んだ。


「君、垂らしだったんだね」


 いつの間にか夜見が客間に入って来ていた。


「どういう意味ですか?

 それにお父さんは?」


「お父様は目覚めたよ。

 ありがとう、マナちゃんも」


「いえ、結果的には俺も得だったんで」


 杖以外を登録していれば、マナとは会えなかった。

 この杖を登録する最後の踏ん切りが着いた。

 それは、今日の出来事のお陰だ。


「うむ、アタルと再会できたから良しとしよう」


 そう話していると、いつの間にか使用人さんは居なくなっていた。

 気を使ってくれたらしい。


「でも、これでシリアルキラーする必要無くなりましたね」


 丹生夜見は狂気的だった。

 でも、その理由は分かった。

 お父さんに起きて欲しかったからだ。


 最も、父親は眠っている。

 その事実が届く事は無い。

 それは、彼女も分かっていた筈だ。


 でも人間は、稀に理屈にそぐわない行動をする。


 うちの母さんもそうだ。

 ギャンブルで勝ち越す事は無い。

 分かってる筈なのに止められない。


 けれど、もう理由は無くなった。

 これで、真面な先輩として部活動に励め……


「ん?」


 キョトンと、首を傾げて。

 心底意味が分かって居ないような。


「え?」


「私、別にお父様の為にやってた訳じゃ無いよ。

 治療の方法は探してたけどね。

 ていうか、寝てる人に悪い事してるから叱る為に起きなきゃ、なんてやっても無駄だよ。

 隣で声を掛けるくらいはするけどね」


「じゃあ、なんで……」


 なんで、お前はあんなことを好んでするんだよ。

 と、俺が聞こうとしたと予想が着いたのだろう。


 笑みを浮かべ。

 当然のように。


 丹生夜見は答える。



「――楽しいから」



 その愉悦を、快楽を感じる様な表情。

 それは、誰かを思って仕方なくやってる顔なんかじゃない。


 あぁ、この女は根っからのサイコパスなのだ。


 そう、俺は理解した。


「それに、君を好きになった理由も。

 別にギフトが理由じゃないよ」


 桜井先生が来て初めてランクを知った。

 でも、桜井先生が来る前からだ。

 夜見が、俺に何か期待するような視線を向けて来たのは。


 俺のギフトが優秀だと分かったからでは無い。

 それは分かる。


 けど、じゃあなんでと言われれば分からない。


 そもそも相手は性格破綻者。

 思考回路を、俺が読み解ける訳もない。


「皆、異世界の私を見ると怖がって諦める。

 君の前に入部した、全員がそうだった。

 でも、君だけは【怖い】より【止める】が勝ってた。

 そんな人、初めて」


「それが、なんなんですか」


「君なら、私の全力にもいつか勝とうとしてくれると思って」


「全力……」


 そう言えば、聞いてなかった。

 異世界で見せた丹生夜見の力。

 どれがギフトなんだ。


「ギフトは原則一人一つ。

 異世界に初めて行った瞬間に獲得できる。

 君の力は、その杖や拳銃を出す力?」


「はい。

 複製デュプリ、見た事のある物を複製できます。

 色々制限はありますけど」


「うん、一つの世界につき一つ……でしょ?」


 なんでバレてんだよ。

 確かに、杖を複製した時から、神紅実やヒールソウなんかの複製権限が消滅した。


 だから、ほぼ間違いない。

 俺の複製は1つの世界に対して、1つの物しか登録できない。


「分かるよ。私も同じだもん」


「どういう意味ですか……」


 そうして、丹生夜見は己の力を説明する。

 その内容は俺にも分かるほど強大だった。


 俺の力と比べても圧倒的な性能を持ち。

 恐らく、あらゆるギフトの中で最強。


 そこまで思わせる、反則級な恩恵だった。



 ――祝福継承マルチギフト



「私は、一つの世界で獲得したスキルや異能、超能力や身体能力を一つだけ。

 新しいギフトにする事ができる」


 生まれながら。

 美貌を持ち。

 資産を持ち。

 そして、才能まで持つ。


 そんな完璧な人間。

 それが、目の前の人間だと分からされる。


「Sランク、黄金色のギフトと認められる条件は、ギフト自体が成長する性質を持っている事。

 私のギフトは確認された全Sランク中、最強だよ」


「狡いって思うのは、多分俺だけじゃないですよね」


「そうだね。

 誰もが私にそう言うよ。

 聞いて貰った通り、お父様の事も何れ解決できるとは思ってたんだ。

 治せそうな能力を見つけるだけだから。

 早く起こしてくれたから感謝はしてるよ?」


「じゃあ俺に、何を期待してるんですか」


 少し溜めて。

 丹生夜見は言う。


「私の全力に勝って。

 そうすれば、君の欲しい物を私が全部上げる」


 獲物を見つけた蛇の様な瞳を輝かせ。

 性格破綻者シリアルキラーはそう言った。

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