第19話

 私は鞄屋の店の前で炎の依頼書を千切った。

 炎が上がり、でも熱くない、まるで幻。


えっ、いまでしょうか、少々お待ちください!


 魔女の声が響く。

 30分くらい待った。


申し訳ありません。転移魔術の遣い手のお方。


 緑と青の髪の、緑のアイシャドウの魔女は本当に申し訳なく思っている。

 こっちだって思っていた。

「すみません、仕事中でしたか」

 絨毯の上にはタンスと、小さな食器棚。

 そして幅を取る私のアパートのドア。

「来てくれてありがとうございます」

 しまった、呼びつけた料金はかかるのか?!

 どこまでもお金だ。親切だって大事だけれど。


転移の方、もしよろしければ


 と魔女は。


林檎をもらってください


「え?」

林檎を?

……魔女から?

「余って困ってるんですか?」


まさにそうです。


 何もない空間から、紙袋に入った大量の林檎。

 一体何個、頂けば良いのだろう。

「いくつ、いただいていいんですか?」


いくらでも。なんなら半分。


 ぜんぶじゃないんだ。半分も困るけれど。


このご時世ですのに、魔女の林檎は、おなじ、ああ、階級の違いは存じております。しかし、同じ魔樹師の間でも忌避されること。食べ物に毒を盛る、なんとも許されないあの惨劇が、


 これ以上は語れない、と魔女は口をつぐむ。


 そういう世界観ですか。でも。

 荷物を運んだり、万引きを防止したり、魔術はとても、万引き防止?

「魔女さん、林檎、もらいます。その代わり、教えてください。アホなことを聞くかも知れませんが」

 魔女は不思議がる。

「万引き防止の魔術って、なんです?」


 魔女の話だと、なんでそんな常識を聞くんだというような、まるで、ものを買うにはお金がいるのを説明するような感じで、すこし猜疑心を交えながら語る。


店の商品、提供されている試供品にまで、一つ一つ、上級なら大量に、詠唱をもってして。物が盗まれそうになった時、あるいは盗まれた時、店に警報が、あるいは商品に警報状態が発令されます。


「その、」警報状態とは?


商品が警告を発令する、商品が大きく震える、中には発光してめくらましになるものまで、多岐にわたります。犯罪は、


 悪です。


 なんて立派な防犯!



 

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