第6話

 アルバイト・パートで疲れた夢の中。私は悪魔なのか良い夢なのかわからないが妙な夢を見た。

 本当は今日のお客さんが買って行ったすき焼きの具から連想して、自分もすき焼きが夢でも現実でも食べたい。

 でもお金ない。食事は出来れば私の場合肉を食べた方がいい、もしくは鉄分を取って貧血に備えた方がいいんだろう。

 だけれど牛肉は高くて買えないし、買えるけど買ったら確実に数字が変わる。ちゃんと家計簿をつけている。実家(実家!)にいたときは虫でも殺しそうな目でお小遣い帳をつけていた。ずっと続けている習慣だ。日記もつけている。両方書けるタイプもあるのでこれだけは100均で買わずに本屋さんで買っている。漫画も買えたらいいのに。今じゃシュリンクのかかっていない本屋へ自転車で行き、発売日に立ち読みしている。感動も何もあったもんじゃない。とにかく内容を見て、思い出せたら感動すればいい。あれから、変な事は起こっていない。いや、起こってはいるけれど無視している。

 あれはお気に入りのカーディガンを羽織った時にだけ訪れるようだ。一番最初の頃はざわめきや雑踏を感じて外に出たら、なんだか、貧民街、ではないけれど、まだまだ発展途上ですよと言ったような場所だった。

 次は夜だというのに口笛に拍手、おまけに炎が噴射されたかのようなサーカスじみた音が響いているような気がして驚いても、実際は心細い深夜3時。 

 流石に外に出るわけにはいかない。

「お腹が満たされると不安がマシになるわよ」パート先なんだかアルバイト先なんだか、とにかくできる範囲で生活の為、働いてるスーパーの先輩がアドバイスをくれた。

 自炊用の鶏肉や野菜はある。だが他の入居者に気が引ける。音が響いたらそれもまたなんか。

 なんで、みんな苦情を言わないんだ。本当にお祭りかサーカスか、歩行者天国なのか。私はまた奇妙な、それでいて虎の唸るような声に、猫、猫!と言い聞かせながらお湯を注いで何分かで出来る春雨スープを、

「T-falがない」

 お湯を沸かすのにもお金がかかる。水を出すのにもお金がかかる。世の中の一人暮らしの人はこんな思いで暮らしているのか。不安で寒くなってきた。 

 あのカーディガンは結局パジャマと化している。服が買えないこともないが、UNIQLOのあったかウォーマーみたいなのは高いし。個性がないし。でもそれでいいのかもしれない。UNIQLOとG Uの女。それはやっぱりまだ、私には高すぎる。しまむらとアベイルで行こう。

 やっと大きくなってきた街。悪くないじゃないか。

 不意に思う、生きていて、いいんだろうか。こんな沈んだ思いで。

 前に見たハンガーの夢を思い出す。一生懸命誰かに知らないものを伝えるのは苦労したな。

 苦労だったかな。

 苦しくも無ければ労力も、ちょっとは使ったけれど、楽しかった。今思えば。

 少なくとも、今日の今のこの沈んだ思いが良い思い出になる気は起きない。

 父の影がちらつく。母に電話、したいと、思わない。疲れて寝ているだろう。妹も。未成年だがギリギリの11時までアルバイトをして自分の食費や電車の定期代を稼いでいる。

 また寒くなってきた。この部屋が、1番安全なのに。ドアは絶対に開けない。たとえそれで幸せな夢がまた見られるとしても。

 その時、カップルの楽しげな声が聞こえてくる。もう、またセブンのぎょうざ買わないでよ、臭くなるじゃん、お前もちょっと食べるだろ、いーじゃん、キスしなきゃ。

 大人だ。でも多分年はそんなに変わらない大学生っぽい人が夜中でも通話しているのを聞いたことがあるから、多分その人だ。

 急に元気が、少しだけ戻った。元気だった時なんてないのに。私とそんなに変わらない年なんだろうけれど。生活の質。学歴の差。そしてフリーターへの偏見。

 冷蔵庫から三角形、おにぎり型にして凍らせた白いご飯を出す。ご家庭によって食事そのものをご飯と言ったり、お米を炊飯したものをご飯と呼んでいたりする。アルバイト・パート先は楽しい。色々なことをおしえてくれて、教えてもらってばかりで。

 フリーターなのに職場と呼んで良いものか。悩む。ご飯をチンして、絹豆腐半丁と混ぜ合わせ、醤油をかける。ズボラな貧乏料理だけれどおいしい。 

 料理じゃないか。

 空が白み始めているのに、外にサーカスの余韻ががある。カップルの会話にも、勇気づけられた。どうしても開けろということか。

 もう早朝だ。いまさらもうひと眠りできない。できるけど。

 私はドアを開けてみた。そう、変な事とは、もう今夜から早朝にかけてのこと。

 ちなみにチンしたおにぎり片手に、おかずを食べても良いのです。洗い物が減るし、そもそもうちにお皿はあまりない。

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