お見合いで一目惚れ!? 2話


 お母さまとお茶を楽しんだ。屋敷の使用人たちも私に気遣ってくれているのがわかる。愛されてるなぁ、私。なんて思いながらも、見合いの日を待った。


 あのあとすぐに見合いの話が進み、二週間後に会うことになっている。ちょうどこちらに用事があったらしい。二週間、なんだかソワソワとした気持ちを抱えつつ毎日を過ごした。


 学園は卒業したから行くことはないし、こちらからやることはないし、割とのんびりとした毎日を過ごせたと思う。……こんなになにもしないことは初めてかもしれない。


 だって、もう『ダニエル殿下の婚約者』ではないんですもの!


 習い事を詰め込んだような日々は終わり、今は自由を満喫中。とはいえ、ダンスの腕がなまっても困るので時々練習はしている。ダニエル殿下と踊る機会は数回しかなかったけれどね。一年に一回くらいだったかしら? ダニエル殿下の誕生日に開かれるパーティーで踊るだけ。


 ……なんというか、本当に形だけの『婚約者』だったわね。


 約束の日は明日。さて、どんな人なのかしらね……? 釣書を見ただけでは判断できないから、なんとも言えないけれど……。これもひとつの出逢いなのだし、良い日になるといいな。


☆☆☆


 そして翌日。メイドたちが張り切って私を着飾ってくれた。


 濃紺のドレスに金色の刺繍が入っている。まるで夜空の星々を描いているようなドレス。二の腕まである白の手袋に、煌めく青いサファイアのイヤリングとネックレス。さらに、綺麗にメイクまでしてもらって、卒業パーティーよりも気合入っているんじゃない? ってくらいの出来栄え。


「みんな、気合入れてくれてありがとう」


 メイドたちに声を掛けると、彼女たちは私を見て同時に首を横に振った。


 ここにいるメイドの数は五人。それが同時に動く姿を見て、小さく微笑みを浮かべる。


「髪型はアップにしましょう。お嬢さまのうなじのラインは世界一ですから!」

「あら、そうかしら? じゃあ、お願いするわ」


 メイドは「お任せください!」と明るく言って、私の髪を纏めた。アップシニヨンにして、パールの髪飾りをつける。……出来上がった姿を鏡で確認すると、とても綺麗な『私』がいて……毎度この感覚には慣れないわねぇ、としみじみしつつ、メイドたちにもう一度お礼を伝えると、彼女たちは嬉しそうに表情を緩ませた。


 私の準備が終わるのと同時に、扉がノックされた。


「お嬢さま、お客さまがいらっしゃいました」


 扉の外からセバスチャンの声が聞こえる。私は一度大きく深呼吸をしてから、顔を上げる。


「ええ、今行くわ」

「お嬢さま、楽しんできてくださいね!」

「ありがとう。がんばるわ」


 メイドたちの見送りに軽く手を振って、私はお見合い相手と会うために、部屋をあとにした。


 セバスチャンが「応接間でお待ちです」と教えてくれたので、そこに向かう。一体どんな人が待っているのか、楽しみね。


 そんなことを考えながら歩いていると、すぐに応接間についた。


 扉をノックすると、お父さまから「入りなさい」と言われたので、セバスチャンが扉を開け、中に入る。


 お父さまとお母さま、それからもうひとり。


 綺麗な黒髪に、まるで深い海を宿したような青い瞳。


 体格は割とがっしりとしていて、強そう。……顔も身体も、私の理想の男性像――……! 驚きのあまり、息を呑む私に、彼は私の前に立つ。私よりも十センチ以上は高そうね。


「お目に掛かれて光栄です。レームクール令嬢。わたしは、レオンハルト・フォルクヴァルツと申します」


 そう言って、花束を差し出す。白い花。ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りに私は花束を受け取り、片手でドレスの裾を掴みカーテシーをした。


「お会い出来て光栄です、フォルクヴァルツ辺境伯。エリカ・レームクールと申します」


 顔を上げてにこりと微笑むと――彼は、優しく微笑みを浮かべた。ああ、笑顔も素敵ねっ。


 こんな人が結婚していないなんて……どういうことなの!?


 こんなに格好良い人なのに……? と考えていたら、彼は私の元にひざまずいてすっと手を差し出す。こ、これはもしや……?


 彼の手を取ると、そっと私の手の甲に唇を落した。


 イケメン……! イケメンのこれは効く……! 心に……!


「うふふ、エリカったら顔を真っ赤にさせちゃって」


 お母さまが小声で呟く。だって、だって。釣書だけでこんな人が来るとは思わないじゃない――……!


「ようこそ、レームクール家へ。レオンハルト会うのは久しぶりだね」

「はい、レームクール伯爵。ご無沙汰しております」


 私の手を離して、すくっと立ち上がってからお父さまに身体を向けた。そして、軽く頭を下げる。フォルクヴァルツ辺境伯の横顔もとても素敵で……婚約破棄されてから二週間と少しだというのに、私の心はすっかり彼の虜になってしまったようだわ……。


 だってこんなにも、ドキドキと胸が高鳴っているのだもの。……これを恋に落ちたと言わずに、なんと言えばいいのかしら?


 お父さまとフォルクヴァルツ辺境伯が会話をしていると、お母さまが私に近付いた。


「格好良い人よねぇ?」


 扇子で口元を隠して、こそっと囁くお母さま。私はこくりとうなずいた。すると、お母さまはぱぁっと表情を明るくさせてお父さまに近付き、お父さまの袖をクンっと引っ張って、耳元でなにかを囁いた。


 お父さまは小さくうなずき、それからぽんっと彼の肩に手を置くと、「それじゃあ、早速だけどふたりで話してみてくれるかい?」と応接間から出て行ってしまった。


 お母さまも一緒に。


 残された私たちは互いに顔を見合わせた。……こんなに急にふたりきりだなんて、どうすればいいのっ?

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