卒業パーティーで婚約破棄イベント 3話


 オイゲン陛下は私に視線を向けていたようで視線が交じった。そして、一度ゆっくりと深呼吸をしてから、厳しい表情を――ダニエル殿下たちに向けた。その表情に怯んだのか、びくりと肩を震わせるふたりを見て、ぐっと唇を噛み締めたのが見えた。


 ……前世の記憶があるから、私は徹底的にアデーレと会わないようにした。


 乙女ゲームの『エリカ』は、ダニエル殿下と仲良くするアデーレに嫉妬し、その仲を切り裂くためにアデーレに忠告を繰り返す。それが『いじめ』だと断罪されるのが今日の卒業パーティーだったわけだ。


 断罪された『エリカ』は国外追放されてその後の消息は不明。一方、ダニエル殿下とアデーレは結婚してハッピーエンドというシナリオだったはず。そのシナリオはもう崩れている。私がアデーレに忠告なんてしていないから。べたべたとくっつきいちゃつくふたりの姿はとてもよく目立ったから、避けやすくて助かったわ。


「……ダニエル、エリカ嬢との婚約はお前が望んだことだろうに……」

「あ、あの頃は子どもだったのです!」


 ……え? 覚えていたの?


 そっちに驚いて、思わずダニエル殿下へと視線を向けてしまった。バツが悪そうに逸らされたけど。


「……すまない、エリカ嬢。この愚息が本当に申し訳ないことをした。エリカ嬢の貴重な八年を付き合わせてしまって……」

「いいえ、オイゲン陛下。おかげで私もいろいろと学べましたので……」


 十歳の頃から八年間。いろいろなことを教えてくれた人たちには感謝しかないわ。その気持ちを込めて微笑むと、オイゲン陛下は心底申し訳なさそうに眉を下げて私を見た。そして、こう宣言した。


「ダニエルとエリカ嬢の婚約は、今日を以て破棄することを宣言する。理由はダニエルの不貞。ふたりとも、こちらに来なさい」

「父上!」

「わ、わたくしもですか?」

「いいから、さっさと来い。ふたりのことを、たっぷりと聞かせてもらおう」


 地の底に響きそうな声だった。それだけで、オイゲン陛下がとんでもなく怒っていることがわかる。ごくり、とダニエル殿下とアデーレが慌てたように近付いていくのが見えた。


 ――さて、このくらい付き合えば良いわよね? こちらを窺う視線を感じながら、私は扇子を閉じてカーテシーをした。


「それでは、私はこれで失礼します。みなさま、良い卒業パーティーをお過ごしください」


 にこり、と微笑みを浮かべて、ほんの少しだけ急ぎ足で会場をあとにした。幸い、私を追ってくる人はいない。まぁ、あれだけの騒ぎだったのだから、興味本位でも声を掛けられる雰囲気ではないと、みんな察したのだろう。


 ――やっと卒業パーティーで婚約破棄イベントが終わった。結構時間の流れが遅く感じるものなのね。


 でもこれで、私は婚約者なしのフリーに戻るということだ。婚約破棄をされた側だから、私に求婚する珍しい人はいないと思う。


 十歳の頃から八年間、お世話になりました、ダニエル殿下。どうか、アデーレと幸せな家庭を築いてくださいね!


 意気揚々と屋敷に帰った私を出迎えたのは、両親だった。私が屋敷につく頃には誰かが今日のことを教えたらしく、がばりとお母さまに抱きつかれた。


「疲れたでしょう? 今日はゆっくり休みなさいねぇ」

「はい、お母さま」


 こつんと額と額を当てて、心配そうにお母さまが私を見る。隣に立つお父さまに視線を向けると、小さくうなずいていた。お言葉に甘えて、今日はもうさっくり休んでしまおう。婚約破棄イベントが終われば自由になると思っていたけれど、予想以上に精神力がごっそり持っていかれるものなのね……としみじみ感じながら、私は自室に足を進めた。


 自室につき、メイドたちの手を借りてドレスを脱いで、ネグリジェに着替える。


「……今日はもう下がって良いわ。おやすみなさい」

「……おやすみなさい、エリカお嬢さま」


 メイドたちに声を掛けて、ぱたんと扉が閉じるのを見てようやくひとりになれた、と肩をすくめる。


 着替えついでに化粧も落としたし、本当にもう寝るだけなのだ。食事はたぶん、食べられないと思う。お腹も空いていないし、もうさっさと寝ちゃおう。


 きっと明日になれば、今日のことが新聞に載るでしょうね。私のことはどう書かれるのかしら?


 お父さまとお母さまは私を気遣ってくれると思う。優しい両親だ。きちんと『エリカ』として生きていた記憶もあるから……不思議な気分なのよね。


 転生者である私は、今日の卒業パーティーのことを夢見ていた。


 浮気癖のある婚約者は、これから先どうやって過ごすのかしら。アデーレも、どうしてダニエル殿下に惚れたのかしら? 彼女とお友達の男性はみんな、顔が良かったり家柄が良かったり……まぁ、『攻略対象』なのだけど。


 乙女ゲームだからね、イケメンが多いよね。わかる。あんなに格好良い人たちに愛されたいって思うもの。……愛されなかったけど! それは私がお邪魔キャラだったから、仕方ないのかもしれないけれど……。乙女ゲームのシナリオはあれで終了。


 これから先は、未知の世界。


 ――自由に婚約者を選んでいいのよね!


 それを目標にここまでやって来たのよ。素敵な恋愛が出来ますようにって祈りながら、気付いたら眠りに落ちていた。

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