第6話

 緑だった季節はどこへやら、並木通りはすっかり黄色の道へと姿を変えていた。

 僕の隣には、あの頃と変わらず君がいる。学校での生活も、このささやかな帰り道も、僕にとっては後わずか。そう思うと、無性にシャッターを切ってしまう。少しでも多く、少しでも鮮明に、この景色を、心の動きを、記録に残すために。


「撮らんとってってばー」


 前髪を切り過ぎたと言う妖精は、右手を自分のおでこに、左手をカメラに向けて膨れている。その様もまた愛おしく、僕はシャッターを切る。たちまち背を向けられるが、それでも僕の人差し指は止まらなかった。


「もうっ!」


 突然振り向いた和水なごみが、僕のカメラを目掛け手を伸ばす。落ち葉を踏み締めるシャクッと言う音が、舞い上がった心に鮮明に聞こえた。

 次の瞬間、引っ張られたカメラが、ストラップ越しに僕の首を押さえつける。つられるままに、右手をおでこに当てた和水なごみの、驚いた顔が近付いてくる。


 ブチャッ。


 唇に感じた柔らかさ、鼻に感じる鈍い痛み。

 目を開くと、驚いた顔の彼女。その右手は、さっきまでのおでこから、彼女の薄い唇へと移動していった。


 ことの重大さに気付いた僕は、足元の黄色を一心不乱に見つめる。怖くて、彼女の方を向けなかった。


「ごめん、わざとじゃないんよ、大丈夫?」


 いつもと変わらない声色に、安心と一緒に暗いものが込み上げてくる。

 恐る恐る顔を上げると、そこにはいつもの彼女が立っていた。唇にあったはずの右手は、もうそこにはなかった。


 その後の事はよく覚えていない。何を話したのか、どんな顔をしていたのか、そもそも何か話せたのか。

 家についても、シャワーを浴びても、あの驚いた君の表情が、唇に触れる右手が、黄色の背景に鮮明に映し出された。

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