第11話 J.M.C.最初で最大の失敗

 学内の奥まった場所に存在するJ.M.C.の居室では、いよいよ第一回定例幹部会が始まろうとしていた。竹内直人は会長室の鏡を見ながら髪の毛を整え、制服の埃をはらった。そして、胸に会長の証であるバッジをつけた。

 会長室を出て右に進んですぐ、カフェスタンドを抜けた先に談話室がある。談話室は額縁に入れられた大きなひまわりの絵に、暖炉と高級なソファと机で構成されていた。暖炉の上にはレコードが置かれ、ストラヴィンスキーのペトリューシカが流れている。その先には部室への入り口。ここでは常にJ.M.C.のメンバーが入り浸り、談笑をしていた。

「直人さん、会議ですか?」

「ああ」

 直人は居室の入口右手側にある壁の前に立った。直人を検知したのか、壁はするすると何もなかったかのように消えていった。この先は幹部室。最高学年6年の幹部と5年から選抜された書記しか入室できない。

 幹部室へは昨年も書記として入ったが、会長として入るとなるとやはり感慨深い。自分は、選ばれし者なのだと思うと、胸が高鳴った。あの竹内家の人間なのだから会長になることはできる、と内心思いながらも、やはり不安とプレッシャーに押しつぶされそうな時期はあった。

 薄暗いコンクリートの階段を上ってすぐのところに会議室があった。直人が会議室に入ると既に待機していた幹部たちが一斉に立ち上がり礼をした。直人は引き継ぎで言われた通り、机を通して対面に座っている幹部たちの左側を通り、一番奥の会長席に座った。やはり部屋もイギリスゴシック調で作られていた。机を前に、玉座のような椅子。窓1つなく,異様な空気だった。

「無事の会長就任、お喜び申し上げます」

「座れ」

 幹部たちは深く礼をして、座った。向かって左手の幹部長席にはまっすぐ前だけを見つめた花森美咲の姿があった。

「第一回定例幹部会を始める。だがその前に、昨年は稲生和真が亡くなった」

 書記の林省吾が“その件はタブーだ”とでも訴えるかのような表情で首を横に振った。直人はそれに構っている暇はなかった。

「今年度は悲しい出来事がないよう、切に祈っている。J.M.C.は最大権力を持つ組織であると校内外で認知され、教師やマランドールまでもがはばかる最強組織である。その影響力は社会出た後も計り知れず、国民がその存在を畏れ敬っている。その誇りをしかと胸に刻んでおけ」

「では、死人が出てもあくまでミッションは続けるつもりだと」と美咲は静かに言った。

「美咲……」

「会長のご覚悟、感じ入りました。さすがはJ.M.C.創設者の直系なだけありますね。今年もあくまで“J.M.C”のため、@から受けた指令を淡々とこなしていくと。@は会長のお父様が指揮をとるJ.M.C.のOB、OG組織ですから敬わないとなりませんね」と美咲は表情1つ変えずに淡々と言った。

「……ミッションは栄誉だ」と直人は焦る気持ちを抑えるようにして言った。

「ええ、栄誉だと当時の会長から説明を受け、私もそれを昨年度までは信じ切っていました。一つお伺いしてもよろしいですか、会長。先ほど会長はJ.M.C.を最強権力の持つ組織だとおっしゃいましたが、@はいかがです?」

「あくまで実行しているのは我々だ」

「ええ、そうです。だからこそ、団結力を高めていかなくては。J.M.C.が誰のための組織なのか、何のために存在しているのか」

「そこまでよ、美咲。早く議題に移りましょ」幹部の一人、チーム6長の渡辺香菜の一言に直人は救われた。

「まず初めに、各自この後チームごと会議を行い、団結力を高めてほしい。例によって1か月後に組織内魔法戦闘大会を実施する。優勝チームには……」

「黒毛和牛!」

 チーム4長が立ち上がった。

「じゃあ、今年は黒毛和牛にしよう」直人は苦笑いした。

「それから、各自、新しくJ.M.C.になりそうなメンバーと、4年生が初めてミッションのリーダーを務める初指揮のターゲットを新入生から探しておくこと。本格的なミッションの練習になる。なるべく強いやつを探せ。また、チームごとの係りは昨年通りとするため、5年から係長を選出しておいてほしい」

「やった!今年もカフェ係だ!」チーム4長が叫んだ。

「ああ、おいしいコーヒーを頼むよ」

『そこは、カプチーノだろ!』と、いつもの美咲なら笑うはずだった。しかし、美咲はやはり表情一つ変えず前をまっすぐ見据えているだけだった。何を考えているのかも読めない。直人は少しばかり寂しく思った。

「書記の二人は来週までにお披露目会の日取りを決めておいてくれ。最後に高橋のことだが……」

 幹部会の雰囲気ががらりと変わった。ポーカーフェイスの美咲の顔色も一瞬曇った気がした。

「J.M.C.内では高橋と呼ぶこととする。だが、外ではマランドールとして接しろ。そうして孤立させろ、と上からの指示だ」

「既に孤立しているのにね」と香菜は皮肉じみた声で言った。

「高橋は手ごわい。例年通りの手順を踏んだが、校内の統治権をJ.M.C.が得ることは叶わなかった。ただ、我々にとっても高橋にとっても不愉快かつ予想外なことが起きた。生徒の無関心だ。昨年のマランドール戦はあれだけ注目を集めたというのだが、いざそれが終わってしまってからはお粗末だ。その時が来るまで、我々は高橋と手を組むことになるかもしれない」

「その時……」美咲が呟いた。

「上からの指示が来ているの?」香菜が聞いた。

「いいや。だが、恐らくその時はやってくる。以上で解散する。香菜はこの後会長室に来てくれ」


 直人は会長室に戻ると、マントを脱ぎ棄てため息をついた。

「だめだ、こういうのには苦手だ」

「慣れなきゃ」香菜は言った。

「もっと、フレンドリーにしちゃだめなのか?」

「伝統を汚すわけにはいかないでしょ」

「あんな畏れなくたっていいだろ。友達だろ?」

「じゃあ直接言えば?」

「そんなことできないよ。だって、皆僕を恨んでいる。香菜だって会長になりたかっただろ?」

「もちろん!でも直人と美咲がいる時点で諦めた!」

「美咲もあんな風じゃなかったら」

「あれはやりすぎよ直人。あそこで和真のことを持ち出しちゃダメだった」

「わざとだよ」と直人。

「だって、和真のことはタブーだって思っていたら、美咲にはばかっていることになるじゃないか。そうなったら、美咲に会議の主導権を渡しかねない。先に手を打っといたんだよ」

「でも、見事に返されていたわね」

「君のおかげで主導権が僕にあった」

「違うわ!」香菜はぴしゃりと言った。

「美咲は主導権を奪おうだなんて思っていない。会長になる気も今はない。まさか、美咲が人気者だから、会長の座を奪われるかもって怯えているの?」

「だっていつ父さんが美咲に会長の座を渡すか。僕たち親子は上手くいっていない。父さんはきっと僕のことを嫌いなんだ」

「そんなの思い込みよ。でも、一つ聞いて良い?今日美咲が言っていた意味わかった?J.M.C.は誰のための組織なのかって」

 直人は首を横に振った。

「私は、今までのターゲットをリストアップしてみたわ。それで統計学を使って……。直人、あなた優しすぎるのよ」

「香菜、ミッションが来ているんだ。君が指揮をやってくれ」直人は香菜の言葉を遮るようにして言った。

「ええわかった」

 そういうと香菜は部屋を出ていった。

「なんか最近イライラしてるな」と直人はつぶやいた。

 

 後日、直人は、元J.M.C.会長、山瀬桃実との待ち合わせでカフェコッツウォルズへと向かった。

 桃実は先に来ており、ライダー服を着て、足を組んで、たばこを吸っていた。山瀬は警察官と普段は働いている。相変わらず、美しく長くまっすぐな黒髪は変わらずと言ったところだった。化粧を始めたようで、似合ってはいるが、学生の時以上に、目つきが鋭くなっている。

 このカフェには特定の席での会話は聞こえないようになっている。一番奥の、予約席。J.M.C.専用の席だ。

「会長には慣れたか?」と山瀬。

「慣れるも何も、いたって普通です」直人は言った。

「高橋と随分やり合ってるそうじゃないか」

「別に、そんなこともありません」

「じゃあ、どうして私をここに呼び出した?」

 桃美はいくぶん『ここ』という単語を強調して言った。

「一つ伺いたいことがありまして。たいしたことのないことですが」

「でもそうする必要があった」

「ええ、そうです」

 直人は含みを込めた笑みを浮かべた。

「それで?」

「先輩はいつ気づかれました?ご自分が玄武寮であった理由について」

「どういうことだ?」

「わかっておられるはずですよ。あなたは元々朱雀寮志望だった」

 朱雀寮は、勇気と行動力を持ち合わせた義理堅い人が所属すると通説では言われていた。

「私に勇気がないと言いたいのかな?まあ、その通りではある」

「先輩も丸くなられましたね」直人はくすっと笑った。「以前だったら臆病と人に言われるたびに誰かを殴っていた。恐怖で学校を支配していたというのに」

「いつまでも子供ではいられない」桃美は無表情のままそう吐き捨てた。

「私が気づいたのは6年生、会長になってからだ。ああ、お前のいうとおり、私には勇気がない。朱雀には向いていない。それでようやく、小道ありさに当たっていた理由がわかった。朱雀寮の優等生にあこがれていたんだよ。やり場のない感情を暴力にぶつけるしかなく、自己の感情コントロール能力を持ち合わせていなかった。負け犬はよく吠える」

 だから最後は高橋に負けた。

「勇気がないと気づいたきっかけは何ですか?」

「だから、あいつに……」

「それは、臆病さに気づいてから発見した、いや、あら探しして見つけ出した言い訳です。僕が聞きたいのは、あくまできっかけ」

「大人を舐めるな。お前が何を私に言わせたいかくらいはわかっている」

「そりゃわかって当然ですよ。僕はわざとあなたに呪文をかけて僕の心を読ませているのですから」

 桃美はこぶしを握った。

「先輩はもう、大人ですから。暴力で押さえつけるようなことはなさりませんよね?」

「舐めた口ききやがって。お前が私の能力を上回ろうと、竹内義人の息子だろうと、お前はただの後輩だ。それに、私が警察だということを忘れるな」

 直人は鼻で笑った。

「人の心を読むのは確かに違法ですが、人に読まされて読んでしまった場合、何罪にあたるのでしょう。私の、強要罪とかでしょうか」

 桃実は、直人を睨みつけた。

「でも、お前はもっと早くに父親から聞かされていたんじゃないのか?お前が知りたい、その情報を」と桃実はようやく言葉を出した。

「僕が気づいたのはつい最近のことです」

「会長になってから?」

「ええ」

「リストを見たこともなかったってわけか」

「父は秘密主義ですから」

 直人は秘密主義という言葉を隠していた兵器のように慎重に言った。桃美はコーヒーを飲み干すとふっと溜息をついた。

「お前はどう思った?リストを見て、ターゲットの共通点に気づいたとき」

「今すぐにミッションをやめるべきかと」

「我々は常々@の言いなりになることに嫌気がさしていた。が、私はやめるべき、という発想には至らなかった。服従を続けることを選んだ。そのほうが楽だったからだ。無意識的にそう感じていたからこそ、やめるという発想に至らなかったのだろう。会長として、いかに@に媚びを売るか、次世代のJ.M.C.のためにいかにドラマチックで恐れを生み出すパフォーマンスをするか、それしか考えていなかった。我々が正義だと考えていたことがそうでないと分かった時、それをいかに会員に隠すか、それしか私の頭にはなかった。実に滑稽だよ」

「でもそれは代々会長が感じていたことでは?」

「そこがお前の悪いところだ。お前には才能がある。それに気づけ。自分基準でものを語るな。一年間のターゲットリストを見せつけられ、その対象者を調べ上げ、新聞を読み込み、ターゲット選別の規則性に気づくものは、そういない」

 日本国のため排除すべきと思い、次々とロボットのように殺していたターゲットたち。それが実は竹内家の政敵で、竹内義人の身の保身のためだった。高橋はおそらくそのことに気がついているのではないだろうか。若干3年生で気がついたかと思うと、6年でやっと知り得た直人には自分が才能ある人間には思えなかった。

「この不条理を止める方法は一つだけある」と桃美は切り出した。

「それを聞くつもりはありません……」

「でも答えあわせがしたいんじゃないか?お前の崇高なる野望を成し遂げるための策を。そのために呼び出したんだろう。ヒントをやる。本当はもうお前はどうすればいいか気づいている。でも、それを自覚していないのは、お前が青龍寮だからだ。朱雀の勇気ある高橋ならすでに実行していているだろう。お前の気が付かない理由は恐れであり、保身からだ」

 保身という言葉が直人には気に入らなかった。自分はJ.M.C.を解体させるだけの度胸は持ち合わせている。ただ、@の目がある中、どうやってそれを成し遂げるか考えあぐねているだけというのに。

「私も社会に出てやっと気づいたことだが、これだけは忘れるな。時に大切なものを切り捨てることも、時に戦いをやめることも勇気ある行動だってことを」

「先輩のいじめに耐え抜いた小道ありさ先輩のように。でも残念です。僕は青龍寮。朱雀ではありません。戦わない勇気は持ち合わせていないんです」

「ありさならどうしたかっていつも考える。もし、ありさがお前なら、戦いの前には所属を名乗り出るだろう」

『今からあなたを殺そうとしているのはJ.M.C.である』と宣言するのか?自ら崩壊に向かっているだけではないか。今まで警察にばれないよう打った数々の手は水の泡だ。

「それが、勇気の示し方。私にはそれが足りなかった。マランドールは負けてはならなかった。マランドールとは正式な儀式で得た秩序そのものだからだ」

 桃美は静かに言った。「ここにかけてある呪いもすべて解いたらどうだ?」

「そういうわけにはいきません。他の人に聞かれたらどうします?」

「ここにいるのがおまえの想像している人たちだけとは限らないぞ」そういうと桃実は店内を見渡した。「今の状況じゃお前の計画は成功しない。ばれなくてはならない。そうでなきゃ何も進まない」

 そういうと桃実は立ち上がった。

「待ってください!」

「ヒントをやる。お前の父親は箒を持っているか?」

 それだけ言うと桃実はレジで二人分の会計を済ませ、さっと瞬間移動をして消えていった。


 マランドールになって、夏帆は戸惑うことばかりだった。生徒の問題への対処に先生とのミーティング、入学説明会や保護者会への出席、国会への出席に広告塔としての仕事。語学やマナーの勉強にお茶やお花のお稽古。そしてなぜかエステ。マランドールとしてふさわしくなるため、らしいが、おそらく誰かがわがままを言って、マランドールという職に特権を付与したのだろう。

 始業式で威勢のいいことを言ってみたものの、自信は全く持っていなかった。どうせなったのなら改革でもしてやろうかとも思ったが、日々の職務に追われて時間がないだけでなく、改革すべき悪い点もない。それだけ過去のマランドールが完璧すぎる学校運営をしていた。あるいは、学校組織の本質は先生が握っており、前マランドールの言うように、お飾りにすぎないからなのかもしれない。


 分厚い引継書に目を通し、まずはやるべきことを抽出した。一つ目は、部活動の管理。届け出通りの活動が行われているか、不正は行われていないか、といった点検である。毎年抜き打ちで行われている。本当なら生徒会がやってくれるが、生徒会は解散、夏帆の仕事を手助けしてくれるものはいない。


 しかしこれを夏帆はチャンスと思った。J.M.C.の部屋の中を自分の目で見ることができる。そうすれば、組織の隠す秘密が本当なのか確認できる。

 夏帆はマランドールだけが着ることのできるガウンを着込むと、さっそく青龍寮6年の教室へと向かった。

 夏帆が訪れた瞬間、寮生は一斉に立ち上がって拝礼をした。これには、まだなれなかった。ましてや先輩にあたる人たち。どういう顔をすればいいかわからない。

 夏帆が竹内直人の前に立つと、彼は深々と礼をした。

「楽にしてください」

 直人は一礼すると顔をあげた。

「呼んでいただければ直接お伺いしましたものを」と直人は笑みを浮かべて言った。

 夏帆は封筒を直人に手渡した。

「毎年恒例のことながら、今年も部活動調査を行います。J.M.C.の日時は9月14日16時から、それまでに調査を行いやすいよう、準備をしておいてください」

 直人は封筒を受け取ると、一礼した。夏帆はガウンを翻すようにして、立ち去った。抜き打ちと言いつつ、日付を大勢の人がいる前で敢えて伝えた。隠せるものは隠しておけという意味だ。

「どこ行っていたの?」

 リサが夏帆に声をかけた。

「マランドールの仕事」

「大変だね。このあと一緒に勉強しない?」

「ごめん、今日やることがたまっていて、土曜日でもいい?良かったらマランドールの館へ招待するよ」

 うん、と言って、リサとは別れた。


「困ります!」

 居室に戻ったあと、リサが来ることを中谷に伝えたら、鬼のような形相で怒鳴られた。

「ここに人を呼ぶ?言語道断です。前代未聞です。」

「知りませんでした」

「知らないという問題ではありません。これは当然のことです」

 夏帆の心は震えていた。

「すみませんでした。では私もう寝るので」

 中谷は深いため息をついて部屋を出て行った。

 机の中からファイルを取り出すと、資料に目を通した。確かに、マランドールの館には部外者立ち入り禁止と書かれていた。

 

 土曜日になると、リサと夏帆はカフェコッツウォルズへと向かった。

「ごめんね」と夏帆は言った。

「その人ひどくない?そんな怒鳴る必要ないし、なったばかりの夏帆が規則知らなくてもしょうがないのに。そもそも怒鳴るのはハラスメントよ、すぐクビ!」リサはなぜか夏帆以上に怒っていた。

 二人はカフェで勉強を進めた。リサは賢かった。イギリスで勉強していない範囲を夏帆が教えると、一回でリサは理解した。

 カランコロンと入り口の音が鳴った。入ってきたのは渡辺花菜だった。相変わらず茶髪のショートパーマが似合ってかわいい。夏帆は会釈をし、香菜は軽く礼をすると、奥の席へと行った。

 渡辺香菜は先に来ていた後輩たちの席に座った。彼女たちの会話は一切聞こえなかった。

「渡辺さん、J.M.C.の幹部だよ」と夏帆は言った。

「そうなんだ」

 興味なさそうなリサの表情を見て、教えたことを申し訳なく思った。一年生の頃、当時6年生だった立川大志がなぜ色々と教えてくれるのだろうと思っていたが、今度は自分がその番になってたことに気がついた。

「そのJ.M.C.っていうのはどれくらいすごい人たちなの?」

「え?」と夏帆は驚いた。

「すごい?すごいかなあ、賢い人の集まりではあるけど。竹内家の団体ってイメージかな。マランドールの座を狙いたいのに、学力で会員を決める、よくわからない団体だよ」

「竹内家の団体ねぇ」とリサはつぶやいた。

「ねぇ、リサって海外を転々としているの?」と夏帆は話題を変えるようにして言った。

「いやイギリスだけだよ。両親は海外を転々としていたけど、私はその間お母さんの友人宅にいたからずっとイギリス」

「大変じゃなかった?」

「いいえ楽しかった」とリサは笑顔で言った。「夏帆のご両親は何をされている方なの?」

「あ、えっと……言ってなかったんだけどね。実は両親は小さい頃に亡くなっていて」

「ごめんなさい」とリサは言った。

「ううん。ねぇリサ、試験が終わったら、ピクニックにでもいかない?」その時に、両親のことはリサに話そう。

「いいの?」

「もちろん」

 リサと夏帆は目を輝かせた。

「それにしても夏帆は教え方が上手いし、賢いね」

「そうかな、リサも、理解が早くてすごいなって思うよ、私、時間かけてやっと理解したことだから」

 そういうと、リサはとても嬉しそうに笑った。素直で表情が読みやすい人に出会ったのは初めて、と夏帆は思った。


 J.M.C.の調査日がきた。指定された部室の扉の前で夏帆は記憶をたぐり寄せるように考えた。一度ここに来たことがある気がする。重いドアが少しだけ開いており、その先には、ソファに座る、綾野文と男性。銃声の音。

 ふと、夏帆が横を見ると、ライオンの紋章の掘られた革靴が見えた。

「おはやいですね」と直人は言った。

「竹内……さん」

「驚かせて済みません。どうぞ」

 竹内直人は扉を開いた。


 夏帆は中に入って驚いた。想像より至って普通だったからだ。配置されているシャンデリアにソファや絨毯が高価には見えるが、予想の範囲内で特段驚くほどのものではない。真っ白な壁の続きにカフェスタンドがあること以外は、寮の部屋と全くもって同じだ。

「そちらのカフェを右に曲がると、会長の部屋、休憩室、練習室があります。目の前の階段をのぼった先が各チームごとの個室。向かって左が図書館、そしてその下にあるのが決闘室です」と直人は説明した。

「決闘室?」

「ええ、マランドール様も来られたことがあるかと。花森美咲との対戦の際に」

「一年生の時の」

「ええ」

 竹内直人は不気味な笑顔を浮かべた。

 暖炉の上のレコードから、ペトリューシカが流れていた。

「隠そうともしないのですね」と夏帆は言った。

「隠す?」

「それは違法のものでしょう」

「いえこれは人間界より調達した……」

「いえ違法なものです。魔法がかかっている。魔力を感じます」

「能力者でしたか」と直人は言った。「ええそうです。違法なものです。すぐに処分いたしましょう」

 案内役が花森美咲へと交代した。

「幹部長の花森美咲です。私がご案内します」と美咲が言った。

「ありがとうございます」

 花森美咲は淡々と丁寧に部屋を見せ、説明をしていった。夏帆はただ内容をバインダーに書き込んでいく。事務的な作業だった。

「こちらのカフェはチーム4のカフェ係が責任の一切を持っています。衛生面に関しても保健所の許可を取っています」

「カフェの必要性は?」と夏帆は聞いた。

「カフェがあることで談話室での会話が生まれ、部員どうしの交流が出ております」

「経費がどこから支払われているのですか」

「毎月徴収している部費、および@(あっと)というOB会からの援助です」

「OB会……」

 美咲は練習室へと連れて行った。

「こちらの練習室では、チームごとに魔法の練習をしております。我々の活動目的は魔法の鍛錬です。こちらの施設利用の管理は、チーム3が請け負っております」

 会長室は飛ばし、美咲は図書室へと連れて行った。

 図書室は想像を絶するほどの大きさだった。棚が何列にもわたって並んでいる。内装もまるでイギリスのお城の中にありそうな赤い絨毯と木のぬくもり感じる作りだ。棚1つ1つにも、アールヌーヴォの彫刻が彫られている。これがこの組織の底力であり神髄なのだ。

「世界中の本がそろっております。チーム5が管理係です」

「これだけ大きな図書館を持ちながら、なぜ学校の図書館を使うのですか。あなたがたをよく図書室で見かけます」

「この図書館は本の数は多くとも、検索能力に長けていないからです。現在、システムを開発中です」

 談話室に戻ると、まだペトリューシカが流れていた。多くの団員が楽しそうに、コーヒーを飲んだり、音楽を聴きながら談笑している。朱雀寮ではおとなしかった人も、ここでは笑顔であふれている。私も家柄の良い家に生まれていればJ.M.C.に入れたのであろうか。

「早くレコードを処分しなさい」と美咲は言った。

「すみません」

 2階のチームごとの居室は一転、薄暗いロッカールームだった。コンクリートがむき出しになっている部屋に、背もたれのないソファと、チーム長用の作業机がある。窓からかろうじて日光が入ってくるが、どんよりとした雰囲気があった。

「ああ、高橋さん」と靑木君は言った。夏帆は軽く会釈した。

「向かって右が女子更衣室、左が男子更衣室です。シャワールームも併設しております」と美咲は説明した。

「これは悪い意味ではないのですが、必要かどうかというより、あれば便利という感覚でこれだけ規模を拡大してきたということですよね。純粋にすごいことだと思います」

「お褒めいただけ光栄です」

「それに皆、私がきても、かしこまりませんね」

 美咲は表情1つ変えずに、「申し訳ございません」と言った。皆も一斉に拝礼をした。

「いえ、良いことだと思います。むしろそうしてください」

 階段を降り、談話室へと戻った。談話室はやはり明るくまぶしかった。暖炉の上のレコードはすでに撤去されている。

 完璧さ、陰と陽、その中にある些細な歪みが怖さを生んでいる。


―興味本位で来て良い場所ではなかった


 部室を出ようとしたその時、ただの白い壁から異様な空気を感じ取った。何かものすごく強い魔力が、夏帆の肌を刺すように突き抜けていく。夏帆は急に顔がこわばった。

「高橋さん、そこ気になります?」

 夏帆は振り返った。すると背後には花森美咲を先頭に、黒いフードを被ったJ.M.C.のメンバーがずらりと横並びになっていた。ローブの内側で杖をぎゅっと握る者もいる。

「いいえ」と夏帆は淡々と言った。「この奥に隠し部屋があることも、そこに殺人の記録があることも知っていますから、とくに興味はないです」

 夏帆はニコリと微笑んだ。

 すると、奥から竹内直人が現れた。竹内は鼻で笑うとゆっくりと大きく拍手をした。

「今年のマランドール様はなかなかのやり手と見受けられる。J.M.C.も舐められたものだ。さあ、こちらへ。美咲、お前もだ」

 夏帆はローブの中で杖をぎゅっと握りしめ、竹内直人のあとをついて行った。フードをかぶった部員たちが、その様子をじっと見つめた。

 夏帆が通されたのは会長室だった。

「この応接ルームはほとんど使われることはない」

 直人は夏帆にソファへ座るよう促した。直人は、美咲の隣へと腰かけると足を組んだ。ふかふかのソファがゆっくりと波打つ。お茶を出してくれた少年は一礼すると部屋を出ていった。

「あの子は一年生だよ」と直人は笑った。「Japan Magical Criminal日本の魔法使いの犯罪者。略してJ.M.C.。Cにはもう一つ意味がある」

「Japan Magical Clubという言い訳を上手く作ったでしょ」と美咲は直人の言葉を遮って言った。

「Japanの必要性が……」と夏帆。

「十分にあるわ。日本だ、と訴える必要性がある。虚勢だとしてもね。イギリスのロビン・ウッドも、自分たちの犯行だとわざわざ声明を出している。同じ理由よ。私たちは日本を代表する組織なのだと宣言をしている」美咲は笑みを浮かべた。「私たちがこの組織の本当の姿を初めて知るのが説明会。手紙の来た者のみが出席できるあれよ。学年1位のあなたに招待状が来なくて騒ぎになったでしょ?」

「あの時はJ.M.C.内もかなり混乱していたな」直人は懐かしむように笑った。

「直人さんは?お父さんが組織の理事長だし、J.M.C.の真実について小さい頃から聞かされていたのですか?」

「ああ。それに僕が初めて人殺しをしたのは4歳のころだ」

 竹内直人はふっと鼻で笑った。

「父さんに急に呼び出されたかと思ったら、こいつらを殺せって写真を渡されたんだ。家長の命令は絶対だからね。あの時は体中から噴出した血の海にビビったものだよ」

「直人さんは御曹司だから特別なの。私たちは殺人の特訓を受けて、初めてその場に立つのが4年。相手は入学したての1年生。新4年生が仲間をそろえて、初指揮をするの」

「初指揮?」

「初めて指揮をするってこと。指揮っていうのはリーダー。メンバーを決めたり、後ろで指示を出す。あなたも1年のころ、そのターゲットに選ばれたの、覚えている?私が相手をしたんだけど……」

「もちろん、覚えています。確か、その時の相手の一人が亡くなりましたよね?心筋梗塞か何かで」

 美咲が貧乏ゆすりをしているのがわかった。直人は無言のままお茶を啜り、ゆっくりとうなずいた。

「つまりあの場は練習だよ。それから実際の殺しの場に立つには時間がかかる。指揮をするのはほとんどが6年生だし、メンバーとして選ばれるのもわずかだ。結局一度もやらずに卒業していった先輩だっている。まあ、それを反面教師に皆勉強と魔術の特訓に励むんだけど」

「それがJ.M.C.の会員が学力とマランドール選考で優れた結果を出す理由……。それに反面教師って」夏帆は戸惑った。

「ああ、狂ってる。でも、殺人は栄誉だって教え込まれているんだ。指揮に選ばれて喜んでいる先輩を見れば、自然とそういう思考になるだろう。それにメンバーに選ばれるっていうのは、先輩から信頼されている証だからな」

「我々は日本のため、国民のために売国奴を殺している。だから、卒業後、良い役職についたり、恩恵を受けるのは当然である。会長の口はうまいし、周りがそう言う考えだと自分も少しずつ洗脳されていく。居室の居心地をよくしたり、環境を整えているのも洗脳の一環。OB会会長の竹内義人が、洗脳に長けているからJ.M.C.は存続できる。じゃないと、いくら行政のほとんどがJ.M.C.だとしても内部密告者が出てくるはずでしょ」と美咲は言った。

「君が言いたいことはわかるよ高橋さん、そうだよ僕らだって洗脳されている」

 直人は足を組みなおした。

「おかしいと思っている人はゴロゴロいるだろう。でも、君だって大志先輩に言われたように、J.M.C.に関してこの学校の生徒は散々脅されている。だから逆らえないんだ」

 説明的な2人が夏帆には怖く感じた。

「大志先輩がよく教えてくれていたのって……」

「僕たちをきちんと怖がってくれるようにだよ。組織から出したスパイだっただろう」

「そして、だんだん別の理由になってくるの。怯えではなく、自分の意思で殺せるようになる。J.M.C.のために」美咲は言った。

「保身だ……」夏帆は呟いた。

「よくわかっているじゃないか」

 直人はクスッと笑った。

「でもリスクが高すぎる。バレないなんて絶対じゃない」と夏帆。

「いいえ、絶対よ。どんなクーデターを起こしたって保身をしたい人たちは皆の記憶を消すのに躍起になる」

「J.M.C.のバックを舐めない方がいい。イギリスだってそうだろう。良家は裏金を作り、その金で政府に取り入る」

「その言葉は脅しですか?」

「ああ、脅しだ。よく、君のように殺人に疑問を持つ子が現れた時に使う。まあ、使ったのは初めてだけどね。でも、我々はロビン・ウッドを除いて、全世界の裏社会と精通している。その力は巨大だ」

「だから私たちは失敗しない。必ず殺人は成功で終わる」と美咲は付け加えた。

 その瞬間、直人の様子が一気に変化したのを夏帆は見落とさなかった。手を弄び、目が明らかに泳いでいる。息遣いも少々荒くなっただろうか。

「何か隠していますね?」と夏帆。

 直人はニコリと笑った。

「失敗は一度だけある」

「そうなんですか?」と美咲は演技のように驚いた。

「聞いた話だ」

 美咲からの質問に直人は目も合わせずすぐさま答えた。額にじっと汗をにじませていた。


―何か怪しい


「それも最大の失敗」

「じゃあ、なんで今J.M.C.が存続しているのですか」

 美咲の口調はいつもの腹の底の読めない表情からはかけ離れた鋭さを持っていた。

「もみ消したからさ。ただ大勢の人間に血まみれのところを見られたうえ、ターゲットが人間界の病院に送られたから大変だった」

 らしいよ、と直人は後から付け加えた。

「血まみれ?」

 さっきも同じことを直人が言っていた。

「血の出る魔法はない」と夏帆。

「J.M.C.の殺人は必ず銃を用いて行われるの。強力な魔法を使えば痕跡を残してしまうからよ。世の中に敏感な魔法使いはたくさんいる。あなたのその能力は決して特殊なものではないの」

 それから美咲はニコリと笑い「覚えておいて」と付け加えた。

「それで、そのターゲットは死んだんですか?」と美咲が聞いた。

「ああ死んだ」

「でも、人間にみられるなんてありえない。あそこには魔……」

「それ以上、高橋さんに言う必要はないだろう」

「そうだけど、理由は精査したんですよね?」

 直人を詰める美咲の声が幾分批判的だった

「もちろんしたさ。でも原因は不明のままだ。父曰く誰かがクーデターを起こしたってことで片づけたらしい」

 直人は明らかに美咲の質問を避けていた。語尾がどんどん小さくなっていくのがわかる。自信のなさの表れだ。

「というわけで」

「私に忘却術をかけるというのですね?」

 すると二人は声を上げて笑った。

「そこまでプライドがないとでも思ったの?」

「でも私がよそでこのことを話したら?あなたたちは念には念を入れる人たちですよね?」

「ええ、あなたに失うものが何もないことがわからないほど馬鹿じゃない。家族も友人もね」

 夏帆の顔から血の気が引いていくのを見て、美咲はフフッと笑った。

「言ったでしょ。J.M.C.を舐めない方がいいって」

「でも、君はそこまで馬鹿じゃないはずだ」

 直人は仕切りなおしたように言った。

「何でもお見通しなんですね」

 夏帆は軽く咳ごみをし、ニンマリと笑った。

「もちろんです。私は周りに思われているほどの人格者ではありませんから。『これ以上私みたいに親のいない子を増やしたくない』だなんて一度も思ったことなどありません。J.M.C.以外で秘密を知っている唯一の存在としての地位を存分に使わせてもらいますよ」

 加えて、なぜ私に今2人が、このようなことを話したのか見極めてからでも遅くない。

「そうこないとな」と直人。

「もちろん、あなたたちもそれを狙って私に全てを話したことくらい知っています。組織の外にブローカーがいるのは大変便利ですから」

「じゃあ、相利共生ってわけだな」

 直人はそれだけ言うと会長室を出ていった。

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