19 妃殺しと毒殺未遂

「アネラ、足元に気をつけて。」

着替えた私たちは、ユオンに手を引かれ、川沿いをまるで散歩でもしてるようにゆっくりと歩いていく。


ーーこんなペースで大丈夫かしら? 先ほど、ボートが沈んだとは思えない呑気さだ。先を歩くユオンも、騎士の服をパリッと着こなし、エスコートする姿は、ここがどこかの庭園かと勘違いしてしまうほどの優美さだ。


「ありがとう、大丈夫よ。」

まあ、今さら焦っても仕方ないわっ! レホークー川の川べりを歩き、水面に煌めく陽の光を見ていると、幼い頃半年間だけ入れられた魔力の教育施設を思い出す。あの時、私はユーリ王子と出会い、湖のこちら側と向こう側で、お互いに魔力の練習をしていたんだっけ。練習が終わると二人並んでずっと湖の中の魚を探したりして遊んでいた。ただ、一緒にいるだけで楽しくって心が満たされた。今みたいに•••••。


ーーそう言えば、ユーリ王子もユオンのように火の魔力使いだった。



突然、森深くから、パカパカッという軽快な音がしたかと思うと、「ユオン〜〜!!!!」と、白馬に乗った一人の騎士がこちらに向かってくる!!



ユオンが、片手を振り上げ合図を示す間に、騎士は私たちの前で馬の動きを止めた。


「エドゥ!随分早かったな。もう少しアネラと二人でゆっくりしたかったんだが••••。」


余程急いで駆けてきたのだろう。短く刈った赤髪や人懐っこそうな顔から汗を垂らし、馬の上でゼェゼェと息を切らしてる。そして私の顔を見つけた途端、馬から慌てて跳び降りて、しばらくユオンと私の顔を交互に見た後、「えっ、これっ、どういうことっすかっ!!! 何で団長と僕の女神が一緒にいるんです???」と、目を丸くし驚いている。


ーーエドワード様ってこんなキャラだったかしら???



「いつからアネラがお前の女神になったんだ••••。」


「エドワード様???」と、声を掛けると、改まった様子で、腰を軽く折り、「アネラ嬢、覚えていてくれて光栄です。ユオンの両耳の金細工が危険を知らせてくれて、来てみたらあなたがいて驚きました!!!」と、挨拶するその片耳の金飾りが淡い光を発していた。


そう言えば、防御魔法がかかっていて、危機に晒された時は大体の居場所が分かると言ってた。



エドワード様は、顔を上げニコッと爽やかに笑った後、ユオンの方に真剣な面持ちで振り向いたかと思うと、ギュッと眉を寄せた。


「ユオン、落ち着いて聞いてくださいよっ!アネラ嬢が工場長ジョン毒殺未遂の容疑で、指名手配されてる!! 団長がいなかったから、まだ騎士団は本格的には動いていないんすけど、、妃候補のミシェル様の殺害容疑と併せて、見つけ次第すぐに監獄へ収監するようにと指令が出てます。」


(私が毒殺未遂??? 何を言ってるのかしら••••。)


言ってるそばから、エドワード様の身体からパチッパチッと弾ける音がしている。


「まずお前が落ち着け•••••。」 

パシッとユオンがエドワード様の背中を叩くと、音が途端に止んだ。


「毒殺なんて••••、その方とお会いしたこともないのに•••。」

ーーどうしてそんな話になってるの?


得体の知れない不気味な影がヒタヒタと近づいてくるような錯覚を覚える。知らず唇を噛み、両手でワンピースを握り締めていたようで、いつの間にか、そんな私をエドワード様が優しく見つめていたことにも気づかなかった。



「大丈夫です。」との声に顔を上げると、少し日に焼けた顔からニカッと白い歯を見せた後、エドワード様が長身の背を折り曲げ、ゆっくりと語りかけてくれる。

「アネラ嬢を直接知る者の中で、そんなこと本気で信じてる奴は誰もいませんよ。」


「それがなぜ?」と横からのユオンの問いかけに、私から目を逸らさず、「ただ、シャーロウ殿下がアネラ嬢に贈った宝石や、他にもアネラ嬢が所有されてた宝石がたくさんジョンの屋敷で見つかっていて、奴がそれらを売り捌いていたんです。だから、ジェラリア様が言うには、奴とアネラ嬢が結託して金を稼いでいたけど、仲違いして殺したんだろうって••••••。」と、肩をすくめる。



「宝石??? そんな!!! 宝石は全てジェラリアに持ち去られてしまったのに••••。」

わけが分からないっ!!


「うっわ〜、とんでもないなっ。」

エドワード様が、緑の目をパチパチして呆れ返っている。


「なるほど。エドゥ、今、この辺りは街からどれくらい離れているか分かるか。」


「この辺りは森深いンすけど、ちょっと行けば見通しが良くなって街の中心部が見えるんで、街外れッつーか•••おそらくギリこの辺りまで街の中です!!」


ーー周りを見渡すと背の高い木ばかりで見通しが悪いからもっと遠いと思ったけど、そんなに近いところまで来てたのね。

言われてみれば、確かに川幅もかなり広くなっていて、かなり下流に近いところまで来ていたことが分かる。



「エドゥ、あと、ジョンの奴を調べてくれと言ってた件はどうなった?」

ユオンは白馬のそばに向かい、撫でながら、川岸へと連れて行こうとしていた。



エドワード様は白い騎士のマントを脱ぎ、近くの岩の上に敷き、私に座るように勧めてくれた。それほど疲れてもいないし、マントの上に座るのは悪いからと断った。それでも、「遠慮しないでください。」と、ニコニコしながらエスコートしてくれるままに、手を引かれる。ユオンの方を見ると、白馬に水を飲ませていた。これでは時間もかかるかしら? と言われるまま腰を下ろす。


エドワード様は隣に座ると、乱れていた赤髪を手で撫で付けた後、川岸にいるユオンに向かい声を張り上げる。

「ジョンは未だに子どもたちを不当に働かせてた。すぐに、城への通行許可証は差し止めたが、んでぇ、あいつの城への通行許可証の履歴を辿ると、月末でもないのに、例の犯行があった日になぜか外門から入場している、、、あっもちろん、内門から中へは奴は入れないから、直接関係はないはずなんすけど•••••••••。」 



!?



犯行のあった日、コテージにジェラリアといたはずのジョンが、なぜか城に来ていた!!! やっぱり、ボートを使って、城に戻っていたんだわっ!!


ユオンを見ると、彼もこちらへ振り返りバチッと目が合う。

「いや、充分だ、助かる。••••エドゥ、あとーーーー。」




「レオのところに行きたい、でしょ?わーってますってぇ!」

そう言うと、エドワード様が立ち上がりヒラヒラと手を振った途端、チカチカッと光が点滅したかと思うと、突然、ピカッと、雷が下から上に••••••上がった•••••••????

ーーーへっ•••••••••?? えーーーーーー!?


雷って普通、空から地上に落ちるものではなかったかしら??!?



目を丸くし驚く私に、頬を緩ませ、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる。


「ユオンの義父のレオが、今回のあなたの件を聞いた時に、おそらくユオンはあなたを匿うだろうからって••••。今、合図をしたので、馬車がもうすぐここに来ます。」


「それを聞いて安心した。アネラ、どうぞこちらへ。」

ユオンは水をたっぷり飲ませた白馬を、私のすぐ目の前まで連れてきた。


「こちらへって??」

今、馬車が来るのよね? 岩の上に座りながら、顔を見上げる私を、ユオンは腰を折り、両腕で私の身体を挟むように抱き上げると、そのままヒョイッと白馬の上に乗せてくれる!? 間髪入れずにユオンは私の後ろに座ると、「エドゥ、悪いっ!急いでいるんだ!! 後から馬車でレオの屋敷まで来てくれ!!」と、言いながら馬の背を蹴った•••••!?




ひぃぇぇぇえええええっっ••••••••••••••••••!!!!





乗馬の嗜みはある。でも、こうして誰かの腕の中で横座りで乗るのは初めてだった!! 私は腰を捻り前を向き、軽く手綱を握った。ユオンが足と腕で、私が落馬しないよう支えてくれているけれど、、、、、とばしすぎなのよっ!!! ろくな道もないようなところを、器用に障害物を避けながら、ユオンは馬で駆けていく。



両腕をブンブン振り回しながら何やら大声で叫んでいたエドワード様だが、すでに遠ざかりつつあった。

「え〜〜〜っ!団長っ•••!! それはないっしょ•••!! アネラ嬢の独り占めはいくら団長でもダメっ••••!!」






◇ ◇ ◇




私たちがユオンの義父のレオ様がいると言う屋敷に到着した時、すでに夕暮れ近くになっていた。屋敷は、かなり立派で、水色に塗られた白壁が空高くそびえ、色とりどりの花々が囲むように咲いている。伯爵家の次男とは言え、騎士団の副団長まで務め、現在も軍事顧問をしているという。ーーーどんな方かしら?


ユオンが、白馬に私を乗せたまま、屋敷の門前に着くと、すぐに門番が門を開けてくれた。パカパカッと馬に乗ったまま正面まで進み、ドアの前で颯爽と降り、「アネラ」と腕を伸ばし私のことも降ろしてくれた。


ドアの前には私たちを待っていたのだろう。檸檬色の髪を一つにまとめた若い女性が立っていた。屋敷の侍女だろうか。パリッとしたグレーのワンピースを着て可愛らしい笑顔を浮かべている。


「ユオン様ぁ、おかえりなさいませぇ! ああっ今日も格好いいっ〜〜!!!」

両手を胸の前で握り、キャッキャッとユオンをうっとりと見て喜んでいる。ーーー侍女???



そして私を上から下までジロジロと見ながら、「ふぅん••••あなたのような可憐なタイプがユオン様の好みなのね〜。リベーリィの方が、も〜っと、ユオン様を喜ばせてあげられるのに〜。」と、胸の下で両腕を組み、胸を強調するような姿勢で、うふふっと赤らめた頬で艶めかしく笑う。同年代か年下かぐらいの年齢だが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいて、この年代にしては豊満な肉付きだった。私は目の前の女性が誰か分からず、頭が混乱し、ポカンッとしていた。



ユオンは動じず淡々とした口調で、そんな私の背中をそっと支える。

「リベーリィ、アネラのこと頼んでもいいか?」



「は〜い!! では、ユオン様ぁ、あとでリベーリィが、ご褒美でユオン様のお世話してもい〜い?」

その女性は、ユオンの腕を掴み、気持ちよさそうに頬を彼の胸に押し付けようとしていた。



ユオンは頬を寄せようとする彼女をさり気なくかわしながら、自分の腕を掴んでくる彼女の手を、もう片方の手でスッと何事もなかったように引き剥がす。それはまるで、毎日の儀式のようにスムーズな動作だった。


「オレは自分のことは自分でできるから••••。それよりも、アネラのことは歳も近いリベーリィにしか頼めないんだ。お願いできるか?」



「ンもぅ〜〜ユオン様は、ほんっとに真面目なんだから〜〜!!! 」

檸檬色の髪の隙間から少し吊り上がったグレーの瞳で、ユオンを睨む。


ユオンは全く気にする風でもなく、顔を覗き込むように優しい眼差しを私へと向けた。

「アネラ、リベーリィは、レオの娘だ。オレやアネラとは同じくらいの年なんだ。リベーリィはこう見えても世話好きだから、何か困ったことがあったらオレかリベーリィに聞いて•••?」




ーー世話好きって、どう見ても彼女、あなたの世話をするのが好きそうなんですけど、、、、でも、目前の女性の振る舞いは奇天烈だけれど、嫌な感じは受けなかった。それは、彼女が裏で何を考えているか分からない、というような感じではなかったからだろう。



リベーリィは、私の手を取ると、「ア〜ネラさんっ!行きましょう〜〜!!」と言いながらユオンの方へ「またね〜」と、振り返りざま投げキッスをして、私の手を引いて屋敷の中へどんどん入っていった。



◇ ◇ ◇



リベーリィと侍女たちが手伝ってくれ、湯浴みをしてさっぱりした私は、彼女のドレスを借りた。使い古しのワンピースでいいと言ったのだけれど、ユオンに怒られると言う侍女やリベーリィらの言葉に甘えることにした。


ーーユオンが私に選んでくれたドレスが、あんなにピッタリしたデザインだったのも納得だわ。リベーリィが持つドレスは全て、身体のラインが強調されるようなドレスばかりだったのだから•••。普段ほとんど着ない赤や茶系のドレスが多かったので、リベーリィが熱心に勧めてくれたこともあり、肌馴染みの良い明るいクリームブラウンのドレスを借りた。




リベーリィと共に、レオ様が待つ部屋へ入ると、エドワード様もすでに到着して、部屋の中にユオンとソファに座っていた。


私たちが部屋に入ると、大柄なシルバー色の髪をした男性が立ち上がり、「アネラ嬢、お待ちしておりました。レオ・シルヴァダン・ネーヴと申します。」と、胸に手を当て軽く腰を曲げ騎士の礼をしてくれるのに合わせ、「レオ様、お世話になります。」と、ドレスの裾を持ち上げ、すでに身体に染み付いた礼を返す。

ーーとても優しそうな方。


レオ様は私の隣に立つリベーリィに目を向け、「リベーリィ、お前は部屋へ戻りなさい。」と促すが、強気な態度で、「父様、嫌っー!私もユオン様といっしょにいたいー!」と、レオ様の前に食ってかかる。



エドワード様はやれやれと言った感じで、緑の目を細めて苦笑いしながら、「リベーリィは相変わらずだなぁ。ユオンも大変だねぇ。」と、ユオンの肩をパシッと叩く。



「エドワードも、人のこと言えないわよねー。」と、フンッと鼻を鳴らし、胸をはりながら、なぜかエドワード様と私とをチラチラと交互に見て、リベーリィはニヤリと笑った。


ため息をつくユオンの隣で、エドワード様が、騎士の白いマントを翻すように佇まいを急に改め、日に焼けた顔で私に艶やかな笑みを向けた。


「アネラ嬢、これはまた、想像力を掻き立てるドレスで、とてもお似合いです。」


バシッと、音がしたかと思うと、エドワード様が、「ユ、ユオンッ、痛いだけじゃなくて熱いっ!」と、お尻を押さえながら足踏みするようにバタバタしている。


リベーリィは、私の背中に手を当て、皆の前に押し出すようにしながら、得意げな声を出した。


「そうでしょう〜!! アネラを湯浴みさせた時〜、肌がと〜っても柔らかくって、胸は私より〜、小さいじゃない〜? でもー、形が良くて〜、ツンとしてて〜、試しにちょーっとさわったらプルンッとしてたから〜だからあんな地味なワンピースじゃなくて~、セクシーに見えるようドレスをリベーリィが選んであげたのよ~!! 」



•••••••!?•••••••




ーーーーーきゃぁああああああ!!!

こっこの子、突然、何を言うの!!!

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