4日前

「あの人が伏せっている?」


(あの人••••。あなたはシャーロウ王子をそんなに親しげに呼ぶのね。)


ジェラリアは、妃候補の私の手伝いをすると言う名目で、無理やり王城に部屋を一つ賜っていた。バイオレット家の家格の高さ故出来たことだけれど、もちろん手伝いなど一度だってしたことはない。彼女は自らの身体を武器に、殿下に迫っていると言う。女にだらしない殿下のことだから、彼から断ることはあまり想像できない•••と言うことはすでにもう???




頭に浮かんだ考えを振り切るように、今は事実だけを淡々と知らせる。

「ええ、あまり大きな声で言えないけど、流行病で他の人に感染る可能性もあり、医師も匙を投げているらしいの。」

熱などの症状が出てからは、早くて3-4日ほどで命を失ってしまう人もいると言う。これまで城内で誰かが罹ったと言う話は聞いた事がなかった。


真っ赤に口紅を塗った口の片端を上げ、

「どこで罹患したのかしら???」

と、ジェラリアは、おそらく分かっていてわざと尋ねている。まるで王子の病が私の責任だとでも言うように•••。



「それは、、例の••••。」

シャーロウ殿下は、時折街に出ては女性を買っているらしい。そこで罹患したのだろう。いくら女にだらしないと言えど、家の後ろ盾を持つ正式な妃候補に、結婚前に手は出せないからという事らしいが、まったく困ったものだ。ジェラリアは、私が殿下を繋ぎ止めておかないからこうなったと言いたいのだ。

(でも、人の気持ちをコントロールすることはできないのよ?)


ジェラリアは、宝石をジャラジャラつけた腕を組み、顎を上げ、顔を顰めて、嫌悪感を露わにする。

「へェー、自業自得じゃない?どうしてこの私が見舞いに行かなくてはならないの?嫌よ。病なんて不吉だわ。あんたが行きたいなら勝手に行けばいいじゃない。私を巻き込まないでッ。」



今にもドアを閉めそうなジェラリアに、クレールが何事か言いかけるが、手で制す。「分かったわ。邪魔して悪かったわね。」ジェラリアに部屋の外へ追い出される形で、私とクレールは殿下の部屋へと向かう。



渡り廊下から庭を見ると、花々が咲き乱れ、長閑な風景だ。けれど、城内はシャーロウ王子の流行病に皆、怯えて重い空気が漂っている。


「あら、アネラ様、こんな所で珍しいわ!殿下のとこに向かわれますの?」後ろからおっとりとした声が聞こえ、振り返ると、もう1人の妃候補ミシェル様がいた。



「ミシェル様っ!ええ、見舞いに行こうと思いまして•••。ミシェル様は?」

妃候補という点では私とミシェル様はある意味ライバルではあるけれど、難しい立場に置かれているが故の連帯感のようなものもあり、私はミシェル様が嫌いではなかった。



ミシェル様は、眉を垂らし、「私は自分の部屋に戻るわ。殿下の見舞いに行きたいけれど、、、感染ると言うし、もう少し様子を見てからにするわ。もし、殿下が目を覚ましたら、私からの見舞いの言葉も伝えてくださると嬉しいわ。」と、小首を傾げ、こちらを見る。


私は大きく頷きを返す。

「もちろんです。殿下が目を覚ましたら、必ずミシェル様にもお伝えしますね!」

ミシェル様は「お願いしますね。」とほんのりと笑みを浮かべ、ゆっくりとしたペースで歩きながら自分の部屋へと帰って行った。



殿下の部屋は、豪華なシャンデリアの広間を抜け、さらにその一番奥。



(衛兵1人しかいないの??)

皆、正体不明の病に感染るのを怖がっているのだ。いつもなら最低でもドアの前に2人はいる衛兵が、今はたった1人だけ•••。シンッとして、人の出入りはあまり無いようだ。



私は殿下の部屋のドアの前に立つ衛兵に尋ねる。

「シャーロウ殿下の様子は?」



「つい先ほど診て行った医師によると、ひどくうなされているようで、目を覚ます様子はないそうです。熱も高い状態で、私たちもどうしたら良いのか•••。」


深刻そうな表情で、途方に暮れる衛兵によると、世話をする侍女たちも、部屋の中に入るのを怖がり、入っても何をして良いか分からないということで、今は誰1人いないらしい。



「ねえ、あなた、今から私が言うものを準備して欲しいの。」私は、衛兵に必要なものを簡潔に話す。衛兵は最初、首を傾げながらも、このままここに立っているだけよりは良いとでも思ったのか、私が全て伝え終わった時には、力強く頷いた。


中へ入ると案の定、窓などは全て閉め切られていた。病を外に出さないためだろうが、これでは逆効果なのよ。


「空気が篭ってるわ。こんなに閉め切っていたら、健康な人でも病気になりそう。クレール、カーテンを開けて、全ての窓を開けてくれる?」

クレールは窓を開けた後、私の指示通りに、魔力で風を回すように部屋中に行き渡らせる。


「アネラ様、この水と布は何に使うのですか?」先ほど衛兵に持ってきてもらった水を張ったタライに、清潔な端切れ布だ。



「これはね、こうするのよ!」

たっぷりの水を含ませた布をきつく絞り、殿下の汗などを丁寧に拭いていく。


私は、妃教育を朝から晩まで詰められる中、寝る間を惜しんで剣の稽古や近隣国について学んできた。わがバイオレット家は代々続く貿易を担う家系だ。だから私は、新しい知識を仕入れるため近隣国についての本などを読んできたけれど、その中に今回の流行病と似たような症状を治す方法や薬草について書いてあったのだ。剣の稽古は、、完全に私の趣味だけど•••。

(だって、妃教育って鬱憤が溜まるのよ!)


 

「アネラ様!私がやりますからっ!」クレールが慌てて私のもとに駆け寄り、私の布を持つ手を両手でそっと掴む。



私は安心させるように笑顔でクレールを見上げ、「大丈夫よ、それよりも先ほど庭で摘んできた薬草をすり潰して飲みやすいようにしてくれないかしら?」とお願いする。城には他国から取り寄せた珍しい植物も植えられている。その中に、殿下の病に効きそうな薬草があったのだ。



「薬草•••。これが???」クレールは目を丸くし独特の匂いのする葉を凝視する。驚くのも無理はない。花々を引き立てる観賞用として植えられている珍しい他国の植物が、薬草として使えるなど、この国では殆ど知られていないのだから•••。



「ええ、お願い。」殿下の熱がまた上がってきている。額に張り付いていて邪魔になっている髪を、静かに横に退け、ゆっくりと撫でる。クレールがその間にパタパタと手際よく準備をする。


私は殿下のシャツのボタンを二つほど外し、首もとなどの汗をタオルで拭き取っていく。


「クレール、殿下の身体を少し起こすのを手伝って!水分と一緒に薬草の汁も飲ませるのよ。」

クレールが向こう側から殿下の背中の後ろに腕を差し入れて支え、私が前側から殿下の肩を支え、少しだけ前傾の姿勢まで起こす。そして、慎重に少しずつ、グラスから水分と一緒に薬草の汁も喉に流し入れる。



(よ、良かったっ〜何とか飲んでくれてる•••!!! )

グラス半分くらいを飲ませた後、またゆっくりとベッドに身体を戻す。




「•••ッッグッッッ•••••」

先ほどから殿下は酷くうなされていた。「大丈夫よ。」私は殿下の手を握り、何度も同じ言葉を繰り返す。クレールに頼み、殿下の額に向け、心地良く感じる程度の微量な風を送ってもらう。


シャーロウ殿下ご自慢の金髪はベッドの上で散り散りに乱れ、顔は青ざめている。これほど間近で長い間顔を見つめることなんてなかったかもしれない。決して顔は悪くはないのよね。こんなに女にだらしない人だとは流石に思わなかったけど••••。早い時期から独り立ちを強いられ、寂しかったのかもしれない。軽薄すぎるところが玉にキズだわ。


(ジェラリアとは随分相性が良いようだから、いっその事、私ではなく、ジェラリアが妃候補になれば良かったのに••••。どうしてこうなったのかしら???)



どれくらいの時間が経ったのだろう。明るい陽射しが差し込んでいた窓の外は、今は薄暗くなっている。汗もひいてきて、先ほどより呼吸音が規則正しく聞こえるようになってきた。きっともう大丈夫だわ!! 「クレール、あの窓も閉めてくれるかしら??」


クレールは、最後まで開けていた小窓を閉めると、ホッとしたように殿下の顔を見る。

「随分、顔色が良くなりましたね。」



青ざめていた顔にも、血の気が戻り、今は気持ちよさそうに寝ている。

「そうね!! これならあと1-2日、よく休めば大丈夫だと思うわ。殿下が目を覚ましたら、消化が良くて栄養のあるものをとっていただけるよう、後で殿下の使用人たちに言付けてくれるかしら?」

野菜のスープとかそういうものがいいだろう。

(書物で読んでいた知識が、こんな形で役に立つなんて•••!!! )


◇◇◇




眩しい•••。



(何だ•••? ゆっくりと瞼を開く。まだ頭がボンヤリとしている、、俺は、今どこにいるんだ????)


「殿下っ!!」


!?


「ジェラリア?」


「殿下っ!良かった!私、•••。」


首に腕を巻き付け、胸の柔らかいふくらみが薄いシャツ越しに押しつけられる。ジェラリアの瞳からは、後から後から湧くように涙がこぼれ落ちてきている。


(悪くないな。だが、そんなに強い力で首に抱きつかれたら少し苦しいのだが••••。)



ーーーーあの優しい手は誰だったのだ??? 意識が朦朧とする中、暖かくて、安心できた。髪をそっと撫で、俺の身体を丁寧に拭いてくれていた。呼吸が苦しくなり真っ暗闇の中にあった時、「大丈夫」と心地よい声で何度も励まされ、嬉しかった。とても気持ちよく、夢見心地の中で、ずっと誰かが俺の手を握ってくれていた。


「ジェラリア、昨日ずっと俺の看病をしてくれていたのは、誰か分かるか?」はっきりとしてきた頭で、考えるままに言葉が出る。普段なら何かをしてもらっても当たり前だと気にもせぬが、病に臥せっていた間、親身に看病してくれたのが、誰だったかなぜか知りたい。


「えっ?何故ですの?」相変わらず巻き付けた腕を離すことなく、香水の匂いをプンプンさせ、ジェラリアが訝しげにこちらを見る。まだ弱ってる身体には、香水の強い香りはキツい。


「いや、その看病があったおかげで、ここまで良くなったと思うのだ。女だった気がする•••。使用人や医師たちの誰かなのだろうか?? 誰か分かれば、褒美を取らせたい。」ボンヤリとした意識の中で聞こえたあれは、女の声だった。夢だったのかとも思うが、身体を丁寧に拭いてくれていた感触ははっきりと残っている。



ジェラリアが甘えたような声で、「それは、私ですわ、殿下。」と俺の鼻先に顔を近づける。


「お前が••?」まさかっ!? と、この飾り立てることにしか興味がない女が??? と、咄嗟に思うが、目の前のジェラリアは自信ありげに、俺の目を甘く見つめる。


「ええ、間違いないです。昨日は皆、感染るのを怖がり、誰も殿下の部屋に近づかなかったんですよ。本当に皆、薄情だわ。姉様も、私がどんなにお誘いしても•••。」


最後は目を伏せ、また泣きそうになる。そうだったのか。俺は少しジェラリアを誤解していたようだ。ただ、身体だけの関係と割り切っていたが、、こんなに俺のことを思ってくれていたとは!!! 先ほども、俺のためにあんなに泣いてくれていた!!


「•••お前は命の恩人かもしれん。」

俺はジェラリアの腰を抱き寄せ、その肉感的な身体に手を添わせる。



◇◇◇



パタンッ

扉を開け、中から出てきたのは、見舞いには到底相応しいとは思えない胸ぐりの開いた派手なドレスに、豊かな巻き毛を垂らした女だった。


その女は、「あら、ミシェル様?今は殿下は寝ていますわ。邪魔なさらない方が良いわよ。」と、牽制するように扉の正面に立ち、刺々しい声を上げる。




ミシェルと呼ばれた令嬢は、呆れたように扉の正面を塞ぐように立つ女の顔をまじまじと見る。


「ジェラリア様、•••あなた、水魔法で、泣きまねまでしてどう言うつもり?他の人には分からなくても、同じ水魔法の私にはお見通しですわよ。」



ジェラリアと呼ばれた女は、フンッと鼻を鳴らし、甲高い声を上げる。

「泣きまね?酷い言われようね。私が何をしようが関係ないでしょ。今更、のこのこ来ても遅いのよ。」


攻撃的な女の態度に怯むことなく、令嬢はのんびりとした声音で、

「それはあなたも同じではなくて?アネラ様だけが殿下を親身に看病していたのを私は知ってるのよ。」と、肩をすくめる。



ズバリと指摘された言葉に、女は唇を噛み、苛立つように、「ゴチャゴチャとうるさいわね。とにかく今、殿下は寝ているの。後になさい。」と、腕を組む。意地でも部屋の中へは入れないつもりだろう。



今は何を言っても無駄だろうと、令嬢は大人しく自分の部屋へ戻るのだった。




その日の夜、食事の時間になり何度呼んでも出てこないのを訝しんだ使用人が、ドアを壊して開けたところ、背中をナイフで一突きされ、血を流し倒れていたミシェルが発見された。





密室の中、ミシェルは何者かによって殺されていたのだ。

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