Part5

 夜が明け、昼が近付いてきた頃。

 

「よーし、いよいよだ。洞窟を越えるぞー!」

「「おぉーっ!」」


 ついに洞窟の前に辿り着いたレオン一行は、突入を前にして拳を上げながら叫び、気合を入れた。


「お、おー……」

「照れてるかっわいー!」


 その後に続いて、クラリスも照れながら握った拳を上げる。


 恥ずかしそうな彼女をミミィが茶化すが、一方でレオンは思わずクラリスから目を逸らしてしまう。もはや彼は、クラリスが何か可愛らしい仕草をする度に意識して、直視できなくなる程に惹かれてしまっていた。


「どうしたの……?」

「な、なんでもないよ。行こうか」


 そのクラリスに声をかけられ、レオンは気を取り直すと慌てて洞窟の中へと向かっていった。


 加護の剣士であり、チームのリーダーでもある自分が、女の子一人を意識して惚けていてどうすると。戒めるように自分に言い聞かせながら。


「俺は前衛、リックが後衛でミミィを守るぞ。クラリスはミミィの隣について上を警戒してくれ」

「う、上……?」


 洞窟内でのフォーメーションも、魔法使いであるミミィを守る形の配置だ。そして暗い洞窟の中で視界を作る灯りも、ミミィが火の魔法で灯している。

 だがクラリスは、その中での自分の配置に疑問を抱く。レオンとリックに守られる形でミミィの隣につけられたのだ。


 もしや戦力外なのかと不安に思うクラリスだったが、これもしっかりと考えあっての事だ。


「いるんだよなぁ、天井に張り付いてるモンスター。大王グモとかさ」

「一応俺も見てるけど、見逃しがあるかもしれないからさ。頼んでいいかな」

「うん、わかった」


 洞窟の中では、上も安全とは言えない。壁や天井に張り付いて移動するモンスターもいるからだ。クラリスの配置は、そんな天井のモンスターからミミィを守る最後の壁ということになる。


 納得したクラリスは、こくりと頷くとそれ以降注意を天井へと向ける。


「止まれ」


 瞬間、レオンの声と共に皆の動きが止まる。


「上、何かいる」

「おいおい、こっちもだぜ」

「うわ、きもっ」


 一行に突き刺さる数多くの視線、視線、視線。


 いつの間にか何かの生物が一行を囲み、獲物を狙うような目で注視していた。


「オオイモリの群れだ、囲まれてるぞ」


 人間ほどの大きさの、巨大なイモリ。その群れだ。


 レオン一行はすぐさま武器を手に取り、臨戦態勢を取る。


「で、どうするリーダー」

「勿論、強行突破だ!」


 全てを相手にしていてはきりがない。そう判断したレオンの指示に従い、一行は遮る敵を打ち払いながら群れの中を駆け抜けていった。






「やっぱり出てきたぞ、大王グモだ!」


 そうしてイモリの群れを突破した後、次に現れたのは巨大グモだ。こちらもやはり、人間に迫るほどの大きさがある。


「毒はないけど糸で動きを封じてくる。気をつけ……」


 このモンスターの厄介な点は、吐き出す糸にある。この糸で獲物の動きを封じて捕食するのだ。


 レオンは糸攻撃に注意を促すが、既に手遅れだった。


「ひゃっ!?」

「クラリスちゃんやられてるけど!?」

「やば、ば……」


 クラリスが真っ先に狙われて糸を受けてしまい、地面に縛り付けられてしまった。


 粘着力の強い糸はがっちりと身体に張り付き、身動きを取れなくしてしまう。

 束縛から逃れようとする度に糸は複雑に絡みつき、衣服はずれて脱げかけたズボンの下からは下着……ではなく、見えてはいけない秘密の部分が露わになってしまっていた。


「く、クラリスを守るぞ! ミミィはクラリスの糸を切ってくれ!」

「はーい!」


 見てしまった見てはいけない姿を頭の中から追い出そうと半ば自棄になりつつレオンとリックが庇うように前衛に立ち、ミミィが糸の切断を試みる。


 男二人は冷静さを失っている様子なのもミミィは把握済み。クラリスの糸の処理をしながらも、危なければフォローに入れる態勢には入っている。


「足手まといで、ごめん……」

「しょうがないしょうがない!」


 二人が大グモに立ち向かう中、ミミィは魔方陣を描いた札に息を吹きかけ魔法の火を出し、励ましの言葉をかけながらクラリスを縛り付ける糸へと当てる。乾燥すれば粘性が失われる為だ。


 そうして糸が切れた頃、クモもレオンたちに倒されて、一行は先へと進む事になる。






「こいつがヌシか」

「ビッグスライムか。バカでかいな」


 薄暗い道を進んだ先で、ついに洞窟の主が姿を現した。


 不気味な一つ目を見開いた、液体とも固体ともつかないような、見上げる程の大きさの巨大生物。ビッグスライムだ。


「ミミィ、デカイの一発頼んだ!」

「頼まれた!」


 ここに来て、守られてばかりだったミミィがようやく戦闘に参加。酒を染み込ませた布を投げて灯りを移し、杖先を覆う革のカバーを外して槍のような先端部分を露出させると、その先で地面に大きく魔方陣を描き始めた。


「残りでミミィが魔方陣を完成させるまで守るぞ!」


 レオン、リック、クラリスはミミィが魔方陣を完成させるまでの護衛。つまりは時間稼ぎだ。


「かかれ!」


 作戦が決まると、三人は各々の武器を手にビッグスライムへ向かって駆け出した。


「あっぶねぇ!」


 スライムから放たれた液体をリックが避けた瞬間、後ろからジュッと音が聞こえた。液体を浴びた岩石が溶けていたのだ。


「こいつ、刃が入らねぇ!」

「すごい弾力……」

「俺たちは時間稼ぎだけでいい!」


 強力な溶解液に注意しながら武器を振るい攻撃する三人だが、スライムの弾力を前に刃はまるで通らない。


「頼んだぞミミィ……!」


 武器による攻撃が効かない以上、頼れるのはミミィの魔法だけ。ミミィならなんとかしてくれる。そう信じて、レオンは小さく呟いた。


「炎の精霊よ。夜の静寂を照らし、人の世を紡ぐ光の主よ。今、その力をここに示せ!」


 その頃、魔方陣を完成させたミミィは詠唱しながらナイフで指先に切り傷をつけ、魔方陣の中へと垂らす。


 瞬間、一滴だった血は魔方陣全体へと広がって満たし、赤い光を放った。


「全員離れろッ!」

「メガ・フレアッ!」


 レオンの合図と同時に、全員後退。


 前に味方がいなくなった瞬間、ミミィが振るう杖に応じて巨大な火球が放たれる。

 火球はスライムへと直撃すると火柱を上げながらその身を焼き尽くし、スライムの殆どを構成する水分を奪い尽くして即死させてしまった。


「相変わらずすっげぇな」


 ミミィの魔法の圧倒的な威力に、リックはそんな言葉を漏らす。


 凄まじい程の威力だが、魔法使いとしてはこれでも平均的だ。発動まで時間がかかり、それまで完全に無防備というリスクがあるものの絶大な威力を発揮し、一発逆転を狙う事ができる。

 弱い相手と戦う時には何もできないが、強敵との戦闘においては決定打となる。それが魔法使いの役割なのだ。


「お疲れ、ミミィ」

「ありがとっ!」

「凄かった……」

「えへへ……」


 活躍を褒められて、照れるミミィ。


 このチームの誰も、ミミィを足手まといだとは思っていなかった。確かに守られてばかりだが、守られる事で最強の力となるのだから。魔法使いとは、冒険者の中でもそんな役割なのだ。

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