第零話 永遠への旅立ち
Part1
エルマディーラ神聖王国。
大陸で最大の領土面積を誇るこの国の、王都近くにある小さな農村、ミクル村。
その村の片隅の民家の中の、質素なベッドの上に長い白髪の少女が一人。
「けほっ、けほっ……」
「クラリスちゃん、はい。お薬飲んで」
「んっ……」
「ゆっくり、むせないようにね」
少女、クラリスは母に促され、咳込みながらも苦い薬湯を喉の奥に流し込んだ。これまでも何度も彼女はこの薬を飲んでおり、苦味にも慣れたもので、顔を顰めながらも嫌がる様子は全く見られない。
「よしよし、ちゃんと飲めたね」
そして薬を飲み終えると、母はそう言ってクラリスの頭を撫でながら褒める。
「辛くなったらいつでも呼んでね」
「ありがとう、お母さん」
その後クラリスをベッドに寝かせて布団をかけると、最後にそう言い残して彼女の部屋を後にした。
向かった先は、この家の居間。椅子に座ってコーヒーを飲み、農作業の疲れを癒やすクラリスの父に、母は娘の前では出せなかった感情を吐き出す。
「もう限界よ!」
「ああ、分かっている」
「一番可哀想なのはあの子だって分かってるわよ。だけど、この村であの子を養っていくのはもう無理よ!」
二人は娘のクラリスを、目に入れても痛くない程に愛している。だがそんな彼らも、彼女をこれ以上育てていく事には限界を感じていたのだ。
「畑仕事の一つでも出来ればいいんだがなぁ……」
「村のみんな言ってるわ。この家の娘はお荷物だ、穀潰しだって。病原菌だなんて言う人もいる。このままじゃ私たちまで孤立よ!」
「それに食料だって無限じゃない。少食とはいえあの子に回す余裕もなくなってきているからな」
生まれつきクラリスは非常に病弱だった。とても非力で、息切れも早く、すぐに熱を出し、農作業をしようものならあっという間に倒れて騒ぎになった程である。
王都の医者に看せた事もあるが、原因は不明。現代医学では解明できない病を、クラリスはその身に背負って産まれてしまったのだ。
「来年の誕生日……。そう、あの子の来年の誕生日に……」
「待て、あの子に聞かれたら……」
「あの子、すごくいい子だから……きっと分かってくれるわ」
他の村人に白い目で見られながら、動けない娘を育てていく。それを十年以上続けていくうちに、愛しながらも彼らの中に芽生えてしまっていた。
クラリスに対する、抑えきれない殺意が。
だがその殺意に、怒りや憎しみは一切込められていなかった。
それから数カ月経った頃。
「私が、剣士に……」
「加護さえ受けられたら、きっと病気も治るわ。頑張ろう、クラリスちゃん」
「うん、頑張る」
「そうしたら外の世界にも、どこにだって行けるから……」
王都から送られてきた勅命。
各地の村や街から若者を集め「加護の剣士」として旅立たせる。最終目的は世界を脅かす巨悪にして魔なる者共の王「魔神王」の討伐。
その加護の剣士となる若者の徴集に、ミクル村から一人の若者を送るよう命が下った。
そこに送り出す一人の若者に、村の会合でクラリスが選ばれたのだ。
「まずは剣を振る練習からしよっか」
「剣を、振る……」
旅立ちに向けた訓練として、まずは素振りから。その為にクラリスは軽量化されたショートソードを手にするも、柄を握って持ち上げるだけでふらついているような有様だ。
「やっぱりあの子に剣士なんて無理よ。すぐに死ぬだけだわ」
それでも必死に素振りをするクラリスに聞こえない距離で、小さな声で母は夫に向けてそう口にする。
「だけど村の皆はもうそのつもりだ。労働力にならない上に病気持ちのクラリスを外に捨ててしまいたいんだろう」
「なんであの子ばかりがこんな目に……!」
他にも村にいる若者の中で、何故最も身体が弱いクラリスが選ばれたのか。それは考えるまでもなくわかることだった。これまで向けられていた白い目が答えだろう。
クラリスが選ばれたのは、クラリスが邪魔だったから。そして、送り出して村に最も損がない人間がクラリスだったからだろう。
「せめて……せめて最期くらいあの子の自由に、外の世界で死なせてあげよう」
「ごめん……ごめんね、クラリス……」
父も母も、クラリスが外の世界で、魔物と戦って生きてゆけるとは思っていなかった。きっと、すぐに殺されてしまうだろうと。
救いの手を差し伸べる事すらできない己の不甲斐なさと、最期まで救いのないクラリスの人生に。母は涙を流しながら、ひたすら謝る事しかできなかった。
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