第28話 リーガルバトル・スタート!

 議会裁判とは、その名の通り議会で開催される裁判である。

 この国にも一応裁判所はあるが、それは平民同士の係争を解決するためのものだ。裁判所は貴族が平民を統治するための行政機関に過ぎない。小さな街であれば、裁判所を置かず領主が直接裁量を下しているのがほとんどだ

 要するに、「三権分立? なにそれおいしいの?」状態なのである。


 とはいえ、貴族同士でも当然揉め事は発生する。

 そんなときはどうするか。いちいち戦争なんてしていたら国力が消耗するだけだ。


 そこで生まれたのが、議会裁判という制度である。

 告訴人と被告人とが招集された貴族議員たちの前で討論を交わし、どちらの主張が正しいかを多数決によって判定するのだ。乱用されると議会の機能が停止してしまうため、議員5名以上の連名でなければ提訴できない。


 だが、王家の場合は異なる。

 王家は単独で議会裁判を開催する権利を持っているのだ。裁判権は国の持つ最高の権力のひとつと言っていい。完全ではないにせよ、それによって王家は貴族への優位をひとつ握っているというわけだ。


「ではこれより、裁判を開始する」


 木槌の高い音が、広い議場にコーンと響き渡る。

 それまでどよめいていた貴族たちが、一斉に背筋を伸ばした。木槌の主はセントリオン公爵家の先代当主だ。真っ白なひげをサンタクロースのように生やした好々爺である。

 セントリオン公爵家は中立派貴族の中でもっとも強い勢力を誇る。そして引退した身ということも相まって、王党派と議会派のいずれにも肩入れせず、公正な立場から議事を進められることから、議会ではもう十年以上議長職を任せられている人物だ。


「まずは告訴人、イログールイ・ハレム。演壇に上がって主張を述べなさい」

「承知しました」


 セントリオン閣下に呼ばれ、イログールイが議場中央に進んだ。

 もともと座っていた席の横にはネトリーが座っており、「がんばって!」などと小声で応援している。特別に召喚されたものでなければ平民は議場に入れないのだが……おそらくイログールイがわがままを通したのだろう。


 議場は半円のすり鉢状になっており、左右には陪審を務める貴族たちが座っている。向かって右側には王党派貴族、左側には議会派貴族が座るのがなんとなくの慣習だ。この世界でも、いつか右翼や左翼なんて言葉が生まれるんだろうか。


 正装したイログールイは、原稿を手元で広げ、二、三度咳払いをして読み上げはじめた。


「この私、イログールイ・ハレムは、被告アレクサンドル・ヴラドクロウ並びにその娘イザベラ・ヴラドクロウをこれから述べる3つの罪によって告発する」


 ここで言葉を切って水を一口。

 さすがに声が震えていたりはしないが、緊張しているようだ。おいおい、未来の王様がこれくらいのことで緊張していたら身が持たんぞ。


「まず第一の罪。被告人は、『悪の秘密結社ジャークダー』を名乗るものを組織し、王家並びに忠心あふれる貴族たちに嫌がらせを繰り返した。被害件数は馬車への嫌がらせが――」

「異議あり、ですわ。告訴人は当家がジャークダーなるものを組織したことを事実として主張を進めています」


 私は右手を上げて、議長に宣言した。

 ふふふ、これ、一度でいいからやってみたいことだよね。前世じゃ司法取引が済んだ出来レースだったから、「異議あり!」なんて言う機会はなかった。


 ……って、司法取引ってなんだ?

 ううむ、どうも飲みすぎで潰れてからこっち、わけのわからない記憶が突然浮かんでくることがある。お酒って怖いなあ……。今後はほどほどにするよう本気で気をつけよう。


「異議を認める。告訴人は、被告人が『悪の秘密結社ジャークダー』を組織したという根拠を先に示しなさい」

「ちっ、そんなのは説明するまでもないじゃないか」

「告訴人は不規則発言は慎むように」


 あっ、イログールイのやつ、舌打ちしやがった。

 あいつは無駄にプライド高いからなあ。自分に対してへつらわないセントリオン閣下が気に入らないのだろう。一度議会がはじまれば、議長は身分の別なく公正な態度を示さなければならないと王国法で定められているのに……。法律の授業ちゃんと聞いてなかったんかい。


「仕方がない、説明しよう。まず、ジャークダーの最初の事件は去年の風待月かぜまちづきだ。そのさらに3ヶ月前の花見月はなみづき、一体何があったかおぼえているだろう、イザベラ!」

「えっ!? 私……じゃなかった、わたくし?」


 あ、いかん。

 急に名前を呼ばれたから思わず素が出てしまった。

 これで返事をしたら私まで不規則発言で怒られてしまうんじゃないだろうか?

 どうしたものかとセントリオン閣下に目線を送る。


「かまいません。被告人は告訴人の質問に答えなさい」

「承知しました、議長閣下。ええと、去年の花見月ですから……」


 私は顎に手を当てて少し考え込んでしまう。

 この1年余り、ジャークダー周りで忙しくて怒涛のような日々だったからなあ。去年のことがまるで10年前のように感じられる。ええと、花見月……花見月……前世でいうなら3月くらいだな……けっこう重大なことがあったような……。


「おい、イザベラ! とぼけるのもいい加減にしろ!」

「あっ、いま思い出しそうだったのに! 急に大声出さないでくれます!?」


 一生懸命考えているところにイログールイが怒鳴り声を上げたので、せっかく思い出しそうな手応えがあったのに頭から吹き飛んでしまった。


 議場には失笑が広がっている。

 もう、イログールイのせいで恥かいたじゃん。セントリオン閣下まで顔を押さえて肩を震わせているぞ。神聖な議会でコントをさせないでくれよ。


「というか、こんな謎掛けのような真似に何か意味はありますの? 殿下の方から正解を言ってくださればスムーズじゃありませんか」

「なっ、おまっ、本気で言っているのか!?」

「わたくしは何もおかしなことを言ってないと思うのですけれど」

「ふざけるなよ、イザベラ! 僕をどれだけ馬鹿にすれば気が済むんだ!」

「静粛に」


 木槌がコーンと音を立てた。

 セントリオン閣下はどうやら笑いをこらえきったらしい。


「告訴人イログールイ・ハレム、被告人の主張はもっともだ。告訴人の口から何があったか答えなさい」

「ぐっ……!」


 イログールイが顔を真っ赤にして、こちらを睨みつけてくる。

 なんだよ、逆恨みかよ。お前が裁判の場でいきなりクイズ大会をはじめたせいなんだぞ。巻き込まれて恥をかいた私の方が被害者だ。


「告訴人、早く答えるように。昨年の花見月に何があったのかね」

「……婚約を……した」 


 イログールイは腿の横で拳を握りしめながら小声で何かを言っている。


「告訴人、もっと大きな声で答えるように。議員全員に聞こえなければ公平な裁判ができません」

「僕がっ! イザベラとの婚約を破棄したっ! これで聞こえただろ!」


 ヤケクソ気味の大声が響くと、議場は爆笑の渦に包まれた。

 被告人待機席にいるお父様まで腹を抱えている。


 あー、そっか。

 そういえばプロジェクト・ジャークダーはあの婚約破棄からはじまったんだなあ。きっかけとしては重要だったはずなのに、事件そのものはかなりどうでもよくなっていたからすっかり忘れてしまっていた。

 さすがに悪いな、ちょっとごめんなさいしておくか。


「言われてみれば、そんなことがありましたの。重大なことなのに、うっかり忘れてしまって申し訳ございませんでしたわ、殿下」

「んなっ!?」


 私が丁寧なカーテシーでイログールイに謝罪を告げると、イログールイは絶句し、議場は再び爆笑の渦に包まれた。

 な、なんでや。ウケなんて狙ってないぞ!? 素直に謝っただけやんけ!?

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