第19話 目覚めよ、正義の魂!

「じゃ、ジャスティス・チェンジ?」

「この腕輪は何ですか?」

「魔力が込められてるのは感じるけど……」


 パルレに腕輪を付けられた3人が困惑している。

 くっ、まだタイミングが早かったか? もっと考える余裕がなくなるまで待つべきだったろうか?


「ま、まさかそれはあのジャスティスバングルだクモ!? もしもヴラドクロウ家に伝わる伝説の神器の力が解放されたら、さすがのスパイディ・ダーマ様でもかなわないかもしれないクモ!」


 そこにスパイディが8本の手足をわちゃわちゃさせて慌てるリアクションを挟んでくれた。

 よしっ、ナイスアドリブ! 日頃の演技練習が実を結んだなっ!


「そんなにすごい魔道具なのか、これ?」

「そうなのですっ! ジャスティスバングルに秘められた力は計り知れないもの! 正義の魂と交感することで、真の力を発揮します! さあ、いまこそ『ジャスティス・チェンジ』と叫ぶのです!」


 なおも不審げに腕輪を見るクレイ君一行を押し切るべく畳み掛ける。

 そう、それはジャスティスイレブンの変身アイテムだ。お抱えの魔道具技師に、半年がかりで作ってもらった代物である。本当はひとりひとりで発動時のキーワードが異なるのだが、そうすると工数が膨れ上がってしまう。そのため、泣く泣く共通のキーワードにした次第だ。


「くっ、もし『ジャスティス・チェンジ』と叫ばれたら一環の終わりクモ! よーし、こうなれば『ジャスティス・チェンジ』と叫ばれる前に決着を付けてやるクモ! 戦闘員たちよ、『ジャスティス・チェンジ』と叫ばれる前に一斉攻撃だクモ!」

『イーッッッ!!』


 スパイディが「ジャスティス・チェンジ」とやたら連呼してくれている。

 ふっ、さすがは昼間は商会で働いているだけはある。空気を読む力が抜群だぜ!


「なんだかわかんないけど、こうなりゃヤケクソだ! ジャスティス・チェンジ!」

「もう、やるっきゃないんでしょ! ジャスティス・チェンジ!」

「やるしかありませんね! ジャスティス・チェンジ!」


 3人の少年少女が、声も高らかに「ジャスティス・チェンジ」と叫ぶ!


 ――そのとき、不思議なことが起こった。

 ――3人の体を覆うかのように、さまざまなエフェクトが発動する!


 いや、まあ私の仕込みなんで不思議なことは別にないんだけど。


 トップバッター、クレイ君のエフェクトは炎だ。

 竜を思わせる紅蓮の渦が足元から発生し、ぐるぐるとその身を包んでいく。炎が通り過ぎたあとには、薄汚れた初級冒険名の姿はもはやない。血よりも赤い真紅のブーツ、指先まで覆うグローブ、ぴったりとした全身タイツ。そして火焔の意匠が施されたフルフェイスヘルメット。

 正義戦隊ジャスティスイレブン、リーダーであるジャスティスレッドの登場だ!


 お次はエイスちゃんだ。

 クレイ君とは反対に、頭の上からキラキラと輝く光の粒が振ってくる。光の粒は、エイスちゃんのスレンダーバディに霜のように張り付いていき、その姿を上書きしていく。青空、あるいは清流を思わせる透明感のある青。ヘルメットには波濤はとうのようなシンボルが備えられており、ただ穏やかなだけの水ではないことを伺わせる。

 ジャスティスレッドの相棒にしてツッコミ役、これがジャスティスブルーだ!

 ……原作では男性なのだが、そこは目をつむろう。


 トリを務めるのはリジアちゃんだ。

 足元の地面から緑が一斉に芽を吹き、伸びたツタがリジアちゃんのわがままバディに絡みついていく。そして細かく編まれたツタ同士が融け合い、若草色の戦闘衣へと変貌していった。ヘルメットに刻まれた意匠は葉を茂らせたツル。よくよく見ると小鳥が遊んでいるのがデザイナーの遊び心だろう。生命を守り、育む森を象徴する戦士であることがひと目でわかる素晴らしいデザインだと思う。

 これがジャスティスイレブンのほんわか良識派枠、ジャスティスグリーンである!


「な、なんだこの装備は!?」

「わかんないけど、力が湧き上がってくる!」

「これなら……戦える気がします!」


 変身とともにみなぎった力により、クレイ君たちの士気が上がっている。

 エフェクトに驚いている隙に《士気高揚》と《身体強化》の魔法を連打でかけまくったのだから当然だ。見た感じ、この種の魔法を使うタイプではなかったのでバレることはないだろうと踏んだのだが、読みどおりでよかったぜ。


「くっ、まさかジャスティス・バングルに適合するとは、ありえないクモ! ええい、やつらが力に慣れる前にやっつけるんだクモ! かかれクモっ!!」

『イーッッッ!!』


 スパイディの号令一下、戦闘員たちが一斉に襲いかかる。

 つい先程までの彼らだったならひとたまりもなかっただろう。しかし、いまの彼らは正義の力に目覚めたジャスティス戦士なのだ! 襲い来る戦闘員たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、あっという間に10名からいる戦闘員たちをなぎ倒してしまったのだ!!


 もちろん、受け身は完璧なので怪我の心配はない。

 ジャークダーの戦闘員教練でもっとも力を入れているものが受け身なのである。


「すげえ! こんな動きができたのははじめてだ!」

「嘘っ!? こんなに魔力操作がスムーズにできたことなんてなかったのに」

「普段よりも世界樹様の存在を近くに感じます!」


 3人ともみなぎるパワーに大興奮だ。

 よーし、冷静になる前に一気に畳み掛けてしまおう。私はスパイディに合図を送り、この演目に幕を下ろすよう伝える。スパイディは目顔でうなずき、「クーモクモクモクモクモ!」と高笑いしながら8本の手足を大げさに広げる構えを取った。


「いくらセイギネスの加護に目覚めたと言っても、この聖印がなければいずれ失われる力だクモ! せいぜい今だけは調子に乗っているがいいクモ!」


 スパイディが突き出した右手の先には、細い鎖につながれた円形のアミュレットがぶら下げられている。天秤を持つ女神をモチーフとした意匠は原作そのままだ。前世ではキーホルダーを自作したが、本職の彫金師に依頼して作った今世のものはやはり出来が違う。筋彫りに入れてある金色はプラカラーなんかじゃなく、本物の金なんだぜ!


 おっと、そんなことを考えている場合じゃない。

 クレイ君たちにあの聖印をきっちり取り返してもらわなくては!


「ああー! あの聖印が奪われたら、ヴラドクロウ家の守り神たるセイギネス様の加護が失われてしまいますのー! セイギネス様の加護がないとジャスティス・バングルもただの腕輪になってしまうのですわー! なんとしてもあれを取り返してほしいんですのー!」

「あれがこの力の源だって言うのか!? わかった、必ず取り返すぜ!」


 クレイ君がスパイディに向かって飛び込み、長剣を一閃させる。

 切っ先が鎖をかすめ、聖印がキンキンと甲高い金属音を立てて石畳に転がった。そこに緑のツタが伸び、聖印を巻き取ってリジアちゃんの手元に回収される。


「くそうっ、聖印が奪われてしまったクモー! 仕方がないクモ、今日のところはこんなところで勘弁してやるクモよ! 撤収だクモっ!」

『イーッッッ!!』


 こうして、蜘蛛怪人と全身黒タイツの男たちは若き冒険者たちに撃退され、夜の闇の中に姿を消すのであった。

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