第12話 求ム、幹部候補生!

「おう、イズの嬢ちゃんにパルの嬢ちゃん、よく来たな」

「いつも事前の約束もなく申し訳ございませんわ」

「日時を決めると足が付きやすくなるっつったのはこっちの方だ。気にすんない」


 その日、私たちは裏町にあるニシュカの屋敷を尋ねていた。

 事前のアポイントメントはなしだ。ニシュカの言う通り、定例の会合などを設ければ足がつきやすくなる。ヴラドクロウ家と黒百足くろむかで、そしてなによりジャークダーとの関係はトップシークレットなのである。


「ニシュさん、今日のお土産です!」

「おお、いつも悪りぃな。最近じゃあこいつらまでパルの土産を楽しみにしてる始末だぜ。まったく、恥ずかしいったらありゃしねえ。おっと、この匂いはジンジャークッキーかい?」


 ニシュカはパルレが差し出したバスケットをうれしそうに受け取る。

 護衛の部下たちにあんなことを言いつつも、自分が真っ先にクッキーをつまんでいた。3枚もいっぺんに食べて口が乾かないのだろうか?


「ジンジャーって言ったら南方の名産ですし、ニシュさんも懐かしいかなって」

「ははは、こんな洒落たもんはなかったけどな。切った果物を生姜汁で煮るのがせいぜいだったぜ」

「へえー、それも面白そうですね。今度作り方を教えてください!」


 パルレはいつの間にやらニシュカとすっかり仲良しになっていた。

 なにこのコミュ強……こわい……。ぶっちゃけ、最初の交渉もパルレに任していたらもっとすんなりいってたりしなかっただろうか?


「それで、イズの嬢ちゃん。今日は何の用だい?」

「そうね。まずは街の様子から聞かせてくださいますか」

「おう、ジャークダーのおかげさんでずいぶん稼がせてもらってるぜ」


 む、ジャークダーのおかげで稼いでいるとはどういうことだ?

 お父様が関わってる貿易の方で稼いでいると言うならわかるけれど……。


「お城やら貴族街でさんざん暴れてくれてっだろ? それで衛兵どもがみんなそっちに駆り出されたからな。いろいろ商売がやりやすくなってんだよ」

「それって……犯罪がやりやすくなったということですか?」


 それはまずい。私は明るく楽しく悪の秘密結社経営をしたいのだ。それで治安が悪化してしまったのではさすがに寝覚めが悪すぎる。

 青い顔をした私に、ニシュカが苦笑いしながら応えた。


「ちげぇちげぇ。もともとうちのシノギの柱は飲み屋と博打、それに娼館なんだよ。王家直属の兵士どもは行儀が悪くってなあ。金も払わず飲む打つ買う。気に入らねえことがありゃ難癖つけてお縄にしちまう。賄賂どころかみかじめ料まで取るやつもいた。やつらがいなくなってつくづくせいせいしてるぜ」


 なるほど、そういうことだったのか。

 乙女ゲームでは平民街の様子なんてほとんど描かれなかったから、下っ端の兵士たちがそんな悪さをしているなんて想像もしてなかった。


 ちなみにニシュカとの出会いのきっかけとなった人身売買は、半分ボランティアみたいなものなんだそうだ。帰る家があるものは人さらいから助けたという体裁で実家から謝礼をもらい、行くあてのないものはニシュカの経営する店で働かせる。

 ほとんど儲けもないのになぜそんなことをしているのかと聞けば、「あっしのシノギってことにしとかねえと、勝手をしやがるやつらが出るからな」とのことだった。


「しかし、それでは悪さをするものが現れたときはどうするのですか?」

「ん? なんだ、お嬢ちゃんは聞いてないのかい? ヴラドクロウの旦那が手ぇ回してくれて、私兵で巡回をしてくれてるんだ。みんな行儀がいいし、飲み屋にも娼館にもしっかり金を落としてくれるから助かってるぜ。これで博打もやってくれりゃあ言うことなしなんだがな!」


 ニシュカは広い肩を揺らして「あっはっはっ」と豪快に笑う。

 うちの家中は博打を禁止してるからなあ。戦場では博打がきっかけで兵同士のいざこざが起きることが珍しくない。それを防ぐための決まりだ。

 それにしても、ニシュカの気質はお父様そっくりだ。一緒にやってる貿易も順調なようだし、きっと気が合っているのだろう。


「例のれ歌もずいぶん流行ってるぜ。『イローグルイの色狂い。そのくせ種無し、甲斐性なし。平民女にたぶらかされて、貴族女に愛想つかれた。ご立派なのはお顔だけ。中身はすかすか、叩けばコーンと音がする』ってなぁ。あっしがすっかりおぼえちまうくらいだ。そのへんのガキまで節つけて歌ってるぜ」


 うーむ、即興で考えた詩……というか、狂歌がそんなに流行っているとは。

 前世でいうと、バズっているってやつだな。そんな経験はしたことがなかったから、なんだか妙に気恥ずかしくなってきた。

 まあ、それはともかく、いちばん大事な用件がまだ終わっていない。なんとか収獲があるといいのだが……。


「それで、例の件はいかがでしょう?」

「ああ、アレのことか……。悪りぃが収獲はなしだな。あっしも試してみたが、あんなごてごてしたもん着てまともに動けるやつなんていねえよ」


 ニシュカの視線の先には、スタンドにかけられた複数の鎧――いや、着ぐるみがある。

 左から蝙蝠怪人バット・バッデス、蜘蛛怪人スパイディ・ダーマ、深海怪人ダイオウ・テンタクルスだ。いずれもお抱えの甲冑師に特注して作ったこだわりの逸品である。正義戦隊ジャスティスイレブンが戦う最初の3体であり、あっさり倒されてしまうのだが、造形の完成度は非常に高い。ちなみに変身ヒーローものも含めた特撮のお約束のひとつとして、最初の怪人はコウモリとクモをモチーフとしていることが多く、これは特撮黎明期に流行していたアメコミ発祥のヒーローをあえてモデルとしており、アメコミなんかに負けるかという当時の特撮業界の気概を――


「嬢ちゃん、嬢ちゃん? そんなにショックだったのかい? 気をたしかに持ってくれよ」


 はっ、しまった!? また特オタの血が脳内で暴走していた。


「い、いえ、大丈夫です。ちょっと考えごとをしてしまいまして」

「そうかい? 大丈夫ならいいんだが……。それはともかく、なんでこんなもんにこだわるんだい?」

「それはもちろん悪の秘密結社と言えば怪人だからです。戦闘員を率いるのは怪人でなくては。それよりなにより、見てくださいよこの美しいフォルム。そして質感。まるで現実に存在していてもおかしくなさそうな――」

「えっと、お嬢様。またよくわからないことを口走ってますよ?」

「はっ!?」


 いかんいかん、またしても特オタ早口ムーブを発動するところだった。

 ここは表向きの理由をちゃんと話さなければ。

 私はごほんと咳払いをして、ニシュカへの説明を再開する。


「ジャークダーの活動は、いわばイメージ戦略なのです。まず、画一的な衣装で揃えた戦闘員で貴族、平民に印象付けます。次に美しい……じゃなくて、奇抜な姿をした怪人が現れる。インパクト抜群だとは思いませんか?」

「そりゃあ、こんな格好したやつが出てきたら、それこそ『夜の種族』が出てきたんじゃねえかって話題にもなるだろうけどよ。使えるやつがいねえんじゃしょうがねえだろ」


 むうう、ニシュカの言葉は完全に正論だ。

 いくら理想を掲げても、実現できないのではしょうがない。原作再現を諦めて、ダウングレードして動きやすい衣装に変えるべきだろうか……。


 私は肩を落としながら、とぼとぼとニシュカの屋敷を後にするのだった。

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