第2話 記憶が戻って即内乱!?

「お嬢様、ご立派な態度でしたよ。普通、あんなことをされてはもっと取り乱されていてもおかしくはありません。それにしても、あのバカ王子ときたら……」


 屋敷へ帰る馬車の中で、侍女のパルレがしきりに話しかけてきた。

 私よりも2つ歳上なのだが、小柄で幼い顔立ちをしており、なんだか妹のように思えてしまう愛らしい女の子だ。きっと先ほどの事件で私がショックを受けていると思って、慰めてくれているのだろう。


「気を使ってくれてありがとう、パルレ。でも、少し考えたいことがあるの。集中させてもらってもいいかしら?」

「あっ、ごめんなさい、お嬢様。あたし、ついペラペラと……」

「いえ、かまわないのよ。あなたの真心は本当にうれしいわ」

「お嬢様……」


 パルレは唇をかみ、つぶらな瞳にぐっと涙を溜め込んでいる。

 なんとなくリスを連想させてかわいい。頭をナデナデしてやりたくなってくる。


 あ、いやいや、いまはそれどころじゃない。まずは記憶と現状の整理だ。


 ひとつ。

 私はどうやら前世・・の記憶を持っていたらしい。その前世は、いまの世界よりもずっと文明が進んでいて、私はそこでごく普通の会社員として暮らしていた……と思う。自分の名前を含め、細かいところはどうも判然としなかった。なんというか、ずっと小さいころの思い出がふっと蘇ったような感覚だ。


 ふたつ。

 この世界は前世で私が遊んだことのある乙女ゲーム……タイトルはなんだったっけ? まあ、タイトルはどうでもいいんだけど、それにそっくりだった。そして、私はそのゲームの登場人物のひとり、イザベラ・ヴラドクロウである。

 さまざまな分岐はあるものの基本的に・・・・敵役、いわゆる悪役令嬢というやつで、ゲーム中盤の婚約破棄イベントを経てからはどんどん闇落ちしていく。さきほどさっさと話を切り上げて夜会をあとにしたのは、居残るほど状況が悪くなるだろうと思ったからだ。


 みっつ。

 私はいわゆる「特オタ」と言われる趣味を持っていた。略さずに言えば特撮オタクである。怪獣ものも変身ヒーローものも好きだが、一番好きなのは戦隊ものだった。ヒーローたちも格好いいが、それ以上に個性豊かな悪役たちに魅了されていた。

 特撮オタクの女子はそもそも少なく、そのうえ悪役の方が好きだなんてもはや珍獣を超えてツチノコ並みのUMAだ。ひとりさみしいオタ活に疲れ、少しは周りに合わせようとあまり興味のない乙女ゲームに手を出してみたのだが――それがいま役立っているのだから人生(前世?)というのはわからないものだ。


 よっつ。

 これが最大の問題だ。

 悲しいことに……怖ろしいことに……信じられないことに……。


「この世界っ、特撮ないじゃんっ!!」

「おっ、お嬢様!? お気を確かに!」


 思わず叫んでしまった私に、驚いたパルレが声をかけてくる。

 ううっ、ごめんよ、パルレ。心配させるつもりはなかったんだ。でも、私にとってはね、とっても重要なことなんだ。特撮がない人生なんて考えられない。日曜の朝に起きたら一体何をすればいいんだい? 1週間を生きる糧を、どこで補給したらいいんだい? 私にとって、特撮のない人生なんてキュウリのないかっぱ巻きのようなものなんだよ……。


 と、もちろんこんなことをパルレに言えるはずもなく。


「ごめんなさい、パルレ。うわ言よ。少しうとうとしてたみたい」

「あんなことがあったばかりなのに眠れるだなんて、さすがはお嬢様! ヴラドクロウ家の長女だけはありますね!」

「え、ええ。おや、そろそろお屋敷につく頃ね」


 こんなかんじでごまかした。

 屋敷に近づくと、塀の中から何やらガシャガシャと金属がぶつかり合う音が聞こえていくる。大勢が集まっているような、そんな雰囲気だ。


 嫌な予感がした私は、馬車が止まるのも待たずに飛び降り、屋敷の門をくぐった。

 そこに待っていたのは、鎧に身を固めた騎士たちとその従士が数十人。そして、白銀に輝く鎧を身にまとい、馬にまたがって演説を打っているお父様の姿だった。右手に掲げる家宝の魔剣が、ごおおごおおと間欠的に炎を吹き上げている。


「よいか、皆の者! ハレム王家が嫡男イログールイは、我が愛娘イザベラに耐え難い侮辱を行った! これは我が娘の誇りを傷つけるばかりではなく、このヴラドクロウ家300年の歴史に泥を塗るものである! いくら王家と言えども許しがたい暴挙と断言せざるを得ない!」

『応っ!! 応っ!! 応っ!!』

「よって、我らはこれより、あの傍若無人のイログールイに、剣槍けんそうを以ってその過ちの代価を支払わせる!」

『応っ!! 応っ!! 応っ!!』

「我が家中に、王家に弓引くことを恐れる腰抜けはいるか!?」

『否っ!! 否っ!! 否っ!!』

「では、いまよりイログールイを討ち、その首級を王宮に放り込んでやろう! いざ出陣っ!!」

『うぉぉぉおおおおおおお!!!!』

「やめてぇぇぇええええっ!!!?」


 いままさに走り出そうとする騎士団の前に飛び出した。

 突然現れた私を見て、軽やかに下馬したお父様が駆け寄ってくる。もう五十を過ぎているのに、全身甲冑のまま走る姿に衰えは一切感じられない。ヴラドクロウ家は単に大貴族と言うだけでなく、武門としても名高いのだ。その領袖りょうしゅうとして恥ずかしくない武者振りである。


 って、そんなことに感心している場合じゃない。


「おお、イザベラ。いま帰ったか。さぞ悔しかったであろう。イログールイめの首を土産に持って帰るからな。いまは屋敷でゆっくり体を休めるがいい」

「ちょっ、婚約破棄の件はわたくしの口からちゃんと説明差し上げるつもりでしたのに、なんで先に知ってますの!?」

「何しろ一大事だからな。分家のものが早馬を飛ばして知らせてくれた。なあに、50に満たぬ手勢を気にしているのなら心配するな。行軍中に加勢が合流する手筈になっておる」

「手回し良すぎないっ!?」


 そうだ、すっかり意識から飛んでいたが、うちにはいくつもの分家や陪臣ばいしんがいる。

 夜会で起きたあの事件をいち早くお父様に知らせるものがいてもおかしくはなかったのだ。


 しかし、ゲームでこんな急展開あったっけ……?

 思い出せない、思い出せないが、このまま出陣を見逃せばバッドエンドのひとつ、【内乱エンド】になることは目に見えている。王都は火の海になり、弱ったところを隣国に侵略されるのだ。どう考えてもろくなことにはなるまい。


 私は慌てて舌を繰る。


「こ、このままイログールイを討っては誇り高いヴラドクロウ家の名に逆賊の汚名が着せられてしまいますわ」

「それは覚悟の上だ。しかし、怯懦きょうだの家とそしられるよりも、誇りを守った謀反者となることをご先祖様たちも望むであろう」


 あっ、ダメだ。完全に覚悟完了しちゃっている。

 焦った私は、とりあえずハッタリを口にする。


「じっ、じつはわたくしに秘策がありますの! 出陣はそれを聞いてからにしてくださいませんか?」

「むう、当のお前が言うのだ。わかった、聞こう。その策とやらを申してみよ」

「あっ、悪の秘密結社を作って王家に策略をしかけるのです!」

「悪の秘密結社……? なんだそれは?」

「詳細はここでは申し上げられません! 一度、屋敷の中にお戻りください!」


 お父様は、白髪の混じりはじめた顎髭を指先でしごきはじめた。

 よし、これは考えごとをしている仕草だ。話を聞いてもらえそうな手応えを感じる。


「よし、詳しい話を聞こう。皆の者は戦闘態勢のままここで待機だ!」

『応っ!!』


 こうして、記憶が戻って即内乱的な事態はなんとか避けられた。

 あとは……執務室につくまでになんとかもっともらしい作戦をひねり出さなければ!

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