第46話 似た者同士

早朝の空気の中でひときわ大きく聞こえる靴音に、アネットは目当ての人物が来たことを知って顔を上げる。優雅な物腰と柔和な笑みに惑わされる者も多いが、アネットには彼が静かに怒っていることに気づいてしまった。


(それは、やっぱり私とセルジュ殿下が似ているからかもしれないわ)


大部分の性格は異なっているのに、クロエに関する事項については、アネットとセルジュの思考回路は非常に似通っている。言い換えればお互いの行動が読みやすいということだ。大切な者への心の傾け方、要するに執着の仕方が同じなのだろう。


「困ったね。君はクロエの大切な妹なんだ。こんな時期に不要な憶測を招きたくはないんだよ」


セルジュの口調は穏やかで眉を下げたまま微笑む様は困っているようにも、仕方がないなと寛容さを示すような眼差しでもある。だが彼は王族であり容易に本当の感情を表に出すことはない。


「私も困っておりますわ。お姉様が大切な方のために心を痛めておられるようですから」


ひやりとした空気が漂うのは早朝だからではない。アネットもセルジュも笑みを浮かべているが、目の奥は互いへの不満を訴えるかのように冷ややかだ。


「君がそれを言うのかい?今回の件は確かにクロエにも迂闊なところはあったが、根本的な要因は何か気づいていないわけではないだろう?」

「……殿下のおっしゃるとおり、エミリア様については私が不注意でしたわ。申し訳ございません」


エミリアの本心を見抜けなかったことにアネットは忸怩たるものがあった。


(大人しい素直な子だと思っていたのに、見誤ってしまった)


感情を素直に表現するエミリアを貴族子女らしくないと思っていたのだが、あれが全て演技なら女優になれるレベルだろう。エミリアへの警戒を緩めたために彼女の意図を見抜けず、クロエに迷惑を掛ける羽目になった。

後悔と悔しさに丸めた拳に力を入れるアネットを見て、セルジュは嘆息を落とす。そこ呆れのような響きを感じ取ってアネットは思わずセルジュを見つめた。


「気づいてないか。本当に君たちはよく似ている。だからこそ擦れ違うのかもしれないが、近すぎて見えないんだろうな」


冷やかな眼差しが緩み、いつものセルジュに戻る。何故クロエを護ってやらないのかと詰問しようとしていたのに、そんな状態ではアネットも遠慮せざるを得ない。思考回路は同じはずだが、どうやらセルジュにはアネットに見えない状況を把握しているようなのだ。


「トルイユ子爵令嬢は思ったよりもずっとしたたかで厄介な存在だが、本当の問題はそれではないんだよ。クロエが夏以来、もっと言えば君の誕生日からずっと君に罪悪感を覚えていることに気づいていなかったね?」

「罪悪感?お姉様が、どうして……?」


誕生日はクロエから素敵なブローチをもらい、二人きりでお茶の時間を過ごした幸せな一日だったはずだ。リシャールからも希少本をもらって、アネットは自分が珍しくはしゃいでいた記憶がある。

クロエだってそんなアネットに優しい眼差しを向けていたはずなのに、何故罪悪感を覚えることになるのだろう。


「クロエはね、君が侯爵令嬢として扱われていないことを心苦しく思っていた。シアマ伯爵令息が君に贈ったプレゼントを見て、自分との格差を改めて理解したのだろう。貴族社会の中で家長の言うことは絶対であるけれど、クロエはそのことを申し訳なく思ってこれ以上君がそんな扱いを受けないように護ろうとしていたんだよ」


セルジュの口調は柔らかく、どこか幼子に言い聞かせるような優しいものだったが、アネットは泣きたいような気持ちになった。


(あの時の会長のプレゼントが、お姉様をそんな気持ちにさせていたなんて……)


単純に相性の問題かと考えていたのだが、それがクロエにルヴィエ家の姉妹格差について再考させるきっかけになるなど思いもよらなかった。

近すぎて見えないと言ったセルジュの言葉が、アネットの中に落ちていきクロエの最近の行動がようやく納得できたように思える。


「……お恥ずかしい限りですわ。お姉様のことなら一番理解していたと自負しておりましたのに……」


そうしてようやくセルジュの苛立ちの理由も理解した。クロエの葛藤に気づかずにアネットは不用意に交友関係を深め、結果その相手からクロエの評判を傷付けられてしまったのだ。セルジュからすれば、何をしているんだと文句が言いたくなっても無理はない。


「まあ君も色々拗らせているから仕方がないかもしれないけどね」

「拗らせ……それは——もう過ぎたことですわ」

思わぬ指摘にアネットは素っ気なく答えたのだが、セルジュは生温かい眼差しを向ける。


「君は時々年齢以上に大人びた思考をするけれど、こういう分野では年相応という気がするね。大切なことはきちんと相手に伝えなくては駄目だよ」


何もかも見透かしたような瞳からアネットは目を逸らす。セルジュの情報網は広く、学園内では貴族子女の動向を探るために、何人かの部下を配置させている。リシャールから聞いたのかもしれないが、あの時の出来事をセルジュが知っていても不思議ではない。


「これ以上みっともない真似はいたしませんわ。それよりもセルジュ殿下はどうしてお姉様をそのままにしておくのですか?殿下のお立場は理解しておりますが、お姉様が不安そうになさっているのに、殿下らしくありませんわね」


権力で圧力をかけることは良くないが、それにしてもセルジュの性格とクロエへの想いを知っているだけに今回の態度は腑に落ちないのだ。


「僕のクロエへの気持ちは変わらないよ。そうだね、そういう意味でも君とクロエは似ているんだが、いつか君も理解できるようになるだろう」


秘密めいた微笑みにセルジュがそれ以上語るつもりはないようだ。それでもアネットは縺れた糸が少しほどけたような気がしていた。

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