第24話「魔女とパワーワード」

 兵士たちは、主にマリスではなくシィラの方に攻撃を集中させている。

 マリスと、ぱっと見では戦闘力がないように見えるルシオラの周辺は完全な空白地帯だ。


「お前たち! その小娘が魔女だというのはハッタリだ! 有り得ぬ! なぜなら、だからだ! その小娘は魔女ではない!

 法騎士と伯爵令嬢は可能な限り無傷で捕らえよ! ただし、魔女を騙るその小娘は死んでも構わぬ!」


 そこは死んでも構わないのはシィラだろ、とマリスは思った。兵士たちも同じことを思ったようだ。無傷で捕らえるということは、怪我をさせないよう手加減して無力化する必要がある。一般的に考えて、実力に相当の差がなければそんなマネは出来ない。そしてマリスが見たところ、シィラの実力はここの兵士を束にしたとしてもなお相当上だ。そんな相手にと戦うのなら、生死不問でも命がけになるだろう。生かして捕らえるなんて夢のまた夢だ。


 シィラに群がる兵士たちは絶望的な表情だが、一方でマリスらを遠巻きにしていた兵士はやる気を漲らせている。戦闘力のないルシオラを無傷で捕らえるのは彼らであればそう難しいことではないだろう。そばにいるのが魔女を騙るテンパった女だけならなおさらだ。

 ただし、それは伯爵の言葉が真実であれば、だが。


「……ひどいな。せっかく人が覚悟を決めて告白したってのに。まあ、テンパった勢いだったのは認めるけど。

 そんなに信じられないなら、私の私による私のためだけの魔術を披露してやるとしようか! 『柔らかくなれ肉ブライン・ニック』!」


 短杖を一振り。マリスは魔術を発動した。

 これはかつてマリスが開発した、対象の肉を柔らかくする魔術である。


 魔術や法術を発動する際のキーとなるワードを、専門用語で『パワーワード』という。熟練者ならば必ずしも口に出す必要はないのだが、その場合でも口に出した方が効果が高まることがある。

 既存の魔術であればすでに決まったパワーワードがあるため、それを使うことになる。『カオス・イレイザー』や『ワールウィンド』がそれに当たる。

 対して新しく開発した魔術であれば、そのパワーワードは開発者が自由に設定することができる。これは以前に書物で読んだ、肉を柔らかくする伝統的な手法から着想を得て開発した魔術だ。塩を溶かした水に肉を浸け、塩分と水分の作用で筋肉を柔らかくし、食べやすくする手法が古くから行われているという。それを膨大な魔力を使い一瞬で強引に行うのがこの魔術である。


 通常は解体された食肉に行う手法なのだが、魔術であれば解体されていようがいまいが関係ない。対象の筋肉に一瞬で塩水を浸透させ、筋肉の元となる成分を破壊し、食べやすいように組み替える事ができるのだ。


「な、なんだそのパワーワードは! 文献にはない魔術だぞ!」


「ハッタリだ! 閣下があいつは魔女でも何でもないっておっしゃってただろ!」


「そん──」


 騒ぐ兵士たちだが、その途中で糸が切れたかのように次々と倒れていった。

 まあ筋肉がぐにゃぐにゃになっているだろうし、おそらく血中の塩分濃度も急上昇しているはずなので動けなくなって当たり前だ。

 声すら出せないようで、食堂は一気に静かになった。


(やっぱり魔力を持たない人間相手なら簡単に決まるな。生きた魔物が相手だと体内魔力に抵抗されてうまくかからない事があるからなあ……)


「とりゃあ──あれ?」


 ちょうど拳を振り上げていたシィラも戸惑っている。

 適当に、ではあるが対象を食堂内の兵士全員にしたため、シィラに群がっていた兵士たちも全員無言で倒れてしまったからだ。彼らはシィラを取り押さえるのは無理だと絶望していたようなので、その精神だけをマリスが救ってやった形になるだろうか。肉体の方は知らない。


「……な……なんだこれは……! き、貴様、何をした!?」


 食堂の中で、マリスたち以外では唯一立ったままの伯爵が、青ざめた顔で叫んだ。

 対象にしたのは兵士だけなので令息も無事なはずなのだが、と思い見回してみると、兵士と並んで仲良く床に倒れていた。何故か令息も魔術の対象に入っていたらしい。もしかしたら、初対面時に鎧を着ていたせいかもしれない。


(あー、これ私の認識に左右されちゃう感じなのかな。なんとなくここの令息って兵士っぽいよねって思ってたから対象に入っちゃった、とか? うーん、対象の取り方については改善の余地があるな……。今まで明らかに食肉として捌かれたモノ以外に使ったことなかったからわかんなかったよ。まあ、次回以降気をつけよう)


「ジェラルド!? しっかりしろ! ジェラル──ひぃ!?」


 伯爵は兵士だけでなく大事な息子まで倒れていることに気づき、抱き起こそうとする。が、抱かれた令息はぐにゃりと伯爵の腕をすり抜けて床に再び落ちてしまう。そのあまりに異様な感触に、伯爵は悲鳴をあげた。人間と言うより、人間の形をした水袋か何かを持ってしまった感覚だったのだろう。ただの水袋ではなく、自分の大切な家族がそうなってしまったとしたら、まあ悲鳴のひとつも上げるかもしれない。

 たった今さっきまで、他人の大切な家族であろうルシオラの命を使うとか何とか言っていた男にしては、随分とダブルスタンダードなことではあるが。


「何をした、と聞かれても、たぶん正確に答えても理解してくれなさそうなので言わないよ。ただ結果だけ言うと、今倒れた人たちには私がオリジナルの魔術をかけました。効果は見ての通りです。たぶんだいたい死にます。生きてたとしてもそのうち死にます。

 急に攻撃してきたのと、せっかく覚悟を決めて魔女だってカミングアウトしたのに信じてもらえなかったので、両方を一度に解決する手段を取ってみました。これで私が魔女だってわかってくれたかな。魔女が例外なく黒髪だと信じていたのは貴方の勝手だけど、例外ってのはある日突然現れるから例外なんだよ。それまでに例があるなら例外とは言わんでしょ。

 あ、ルーシーちゃん。実は私……魔女だったんです。黙っててごめんね……」


 なんかなし崩し的になってしまったが、ようやくルシオラに打ち明けることができた。

 これで次に自虐ネタで盛り上がることがあったらマリスも気兼ねなく参加できるはずだ。


「……実は、もしかしたらそうではないかと考えておりました。魔女と領主、そして教団は非常にデリケートな関係にあります。ですからマリス様がそのことを黙っていらしたのも理解できます。マリス様の方から打ち明けていただいて、とても嬉しいです。

 でも、よろしかったのでしょうか。マリス様のインサニアの森に隣接しているのは、我がアルゲンタリアだけでなくここディプラデニアも同じなのですけれど。ええと、つまりですけど、今客観的に状況を分析しますと、マリス様が魔女という身分を明かした上でディプラデニアの次期領主をたぶんだいたい死なせてしまった、ということに」


「あー。まあでも、それはどのみちそうするつもりだったし、聞かれちゃまずい人たちには全員だいたい死んでもらうつもりだから問題ないですね」


「そうなんですのね。あ、わたくしには敬語もなくて結構ですわ。シィラ様にはそうしてらっしゃるのでしょう?」


「え、あ、じゃ、じゃあそうするね……。ありがとうルーシーちゃん」


「これからもよろしくお願いしますわ。マリス様」


「……おお……ジェラルド……どうして……」


「えっと、それであたしはこの振り上げた拳をどこに下ろせばいいのかな……?」




 ★ ★ ★


魔女はやべーとか言うけど言葉ばっかりでどのくらいやべーのかこれまであまり描写してきませんでしたが(冒頭の猩猩の戦闘力も不明なので)、だいたいこのくらいやべーというお話でした。


クリスマス・イブということで、皆様は恋人と、あるいは家族と、あるいは友人と、あるいはひとりで、チキンか何かを召し上がっているところでしょうか。もしかしたらこれからお召し上がりになるのかもしれませんね。

マリスの開発したこの魔術があれば、そんなチキンもほろほろと(食欲が減退する魔術)

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