第18話「令嬢からの依頼を見習い騎士が受けた結果」

17日の予約投稿の日付を間違えていた関係で、本日は正午にも投稿しております。

ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。

こんなことにならないよう、12月は話数と日数が同じになるようにしていたのですが……。

再発防止策については後ほど検討いたします。


 ★ ★ ★




 シィラがマルコスの私兵を蹴散らした後を、トミーの操る馬車が悠々と駆けていく。

 蹴散らされた私兵たちが騒いで馬車を止めようとするが、大声を出すのは他ならぬマルコスによって諌められた。

 おそらく、大勢で騒いで城の他の人間に察知されるのを防ぐためだろう。ルシオラの身柄さえ押さえることができればいくらでも揉み消す自信があったのだろうが、その前に城の者に広く知られてしまえば領主デイヴィスの耳にも入ってしまう。それを恐れてのことだろう。

 であれば、今回の件はマルコスの独断で確定だ。独断で本家の娘を断罪するなど普通に考えて有り得ない話なので、普通でない事情があるのだろう。

 その事情こそ、ルシオラを生かしてディプラノス伯爵へ送ることに繋がっているのかもしれない。


(となると、先の縁談も本当にマルコスおじ様の暴走だった可能性が出てきますわね。分家の話など相手方のディプラノス伯爵が聞くはずがないと思っていましたが、もしディプラノス伯爵の方からマルコスおじ様へ持ちかけたものだとしたら話は違ってきますわ。そしてその縁談を当主であるお父様に内緒で進めたということは、もしやマルコスおじ様の『普通でない事情』とは……)


 アルジェント家を裏切りディプラノス家の傘下に入る、という計画に違いない。ルシオラの身柄を手土産にして。


 しかしそうだとしても、なぜディプラノス伯爵がルシオラの身柄を欲しがっているのかがわからない。

 以前に父デイヴィスから聞いた話では、伯爵は辺境を治める貴族として恥じることのない立派な人物であるという。さらに家族を大切にしているとのことで、亡くなった元妻の忘れ形見であるロゼッタ嬢を溺愛しているとか。

 マルコスに言われた縁談も元妻を立てるため後妻ではなく第二夫人でという話だった。同格の貴族同士では本来ありえないほど失礼な話だが、先を見据えた同盟をアルゲンタリアとディプラデニアで組むためだと言われれば、単なる貴族家の娘のひとりに過ぎないルシオラでは納得するしかなかったものだ。


 そんな人物が娘と同じくらいの年の女性の身柄を欲しがるというのは少々腑に落ちない。


(まだ何か、裏があるのかもしれませんわね。マルコスおじ様の事情には……)


 激しく揺れる馬車の中でマリスに腰を抱かれながら、ルシオラはにこにこしながら考えていた。

 にこにこしていたのは体調がすこぶる良かったからである。

 つまりこの、城に戻った際のマルコスの陰謀からの逃避行は、ルシオラの運命にとってプラスに働く状況だったということだ。


(やはり、シィラ様とマリス様はわたくしの運命にとって重要な方ということですのね。これほど体調が良い日々を送れるだなんて。もうトミーの帽子が落ちただけでも笑ってしまいそう)


 もちろんそれは例え話であり、実際にはそのようなことはしない。トミーの帽子の下は禿頭なので、それを笑うのは人としての倫理観に欠ける行為だと言えるからだ。さすがのルシオラもそのくらいの分別はあった。


「──お嬢様がた! アルゲンタリアから抜け出したのはいいんですが、どちらへ向かえば!?」


 そんな余計なことを考えていたせいだろうか。


「……んふ」


 トミーの声を聴いただけで笑ってしまった。これは良くない。自制と自省の必要がある。


「ルーシーちゃんが楽しそうで何より! んで、どこ向かうの?」


 突然、シィラの声がした。


「……シィラ、キミ確か、馬車の前を走ってなかった? なんで木窓から顔出してるの? もしかして、走ってる馬車に飛び乗って片手で外壁に張り付いて片手で木窓開けたの? 悪いんだけど、もうちょっと人間らしい行動とってもらってもいい?」


 マリスはシィラには少しきつい言い方をする。ルシオラにはそれが少し羨ましい。歯に衣を着せぬ様子はいかにも仲が良いように見えるからだ。

 いや、マリスはシィラが連れてきた助っ人だ。彼女らの仲が良いのは当然かもしれない。

 どこから連れてきたのかはタイミングが合わなかったので聞いていないが、シィラと初めて会ってからマリスを連れてくるまでの時間を考えると、広めに見積もってもアルゲンタリアのどこかからだろう。そんなところにこれほどの法術の使い手がいれば、アルジェント家が把握していないはずがない。例え法騎士団、東方教会の手駒だったとしてもだ。その場合はマルコスがマリスに気づいているはずだが、そういう様子は見られなかった。まあ彼は海千山千の貴族であろうから、気づいていて敢えてそれを表に出さなかった可能性もあるが。

 マリスがアルゲンタリアの人間でないとしたら、シィラの足の速さを加味して少し広げるとしても、あとはインサニアの森くらいしか──


(──まさか、マリス様は、森の? 先代様のお名前は家庭教師から聞きましたけれど、当代様はあまり人間とは関わらない方針だとかで、お名前までは……)


 自分とノーラを抱き寄せて馬車に飛び乗ったときのことを思い出す。

 法術で身体強化をしたからだと思っていたが、あれは噂に聞く魔女の魔術だったのかもしれない。ドタバタしていたので気が付かなかったが、そういえば法術とは違った力を感じたような気もする。


(……いえ、マリス様がどこのどなたであれ、今はわたくしに協力してくださっている。それだけで十分ですわ。あとは、もう少し仲良くなれれば宜しいのですけれど)


 ルシオラは考えるのを止め、マリスとシィラの会話に混ざることにした。


「突撃された人が飛ぶよりは、だいぶ人間らしいのではないかしら」


「まあ、それは……いやどうでしょう。シィラ今鎧着てるでしょ? その体重を片手で支えてるってまあまあ人間としてやばいと思うんだけど」


「おっと乙女に体重の話はご法度ですぜ! 確かに同じくらいの体型の女子と比べるとほんの少しだけ重めですけども!」


「あのう、すいやせんが、結局どこに向かえばいいんですかね!?」


 明らかに話が脱線し始めたからか、御者のトミーから再度の問い合わせである。

 しかしそう問われても、アルゲンタリアから出たことがなかったルシオラには、そこを飛び出した以上行くところなどない。

 ノーラもトミーも天涯孤独な身の上だと聞いている。彼女らの実家を頼ったりもできない。というかつい先ほどアルゲンタリアの門を破って外に出てしまっているので、今更戻るのも難しい。


 どうしたものか、と考えていると、車内のマリスからも視線で問いかけられた。

 マリスが本当にインサニアの魔女であるならば、森の中にあるという『魔女の庵』に匿ってもらうのがいいのかもしれないが、正体を明かしていないマリスがそれを許すとは思えないし、こちらから言い出せることでもない。

 体調は相変わらず絶好調なのでおそらく問題ないのだろうが、正直八方塞がりだった。


 すると、ルシオラの沈黙を解答なしだと判断してか、車体に張り付いているシィラから提案があった。


「もしかしてルーシーちゃん行き先に迷ってる感じ? だったらちょっと、あたしの任務の方を先に片付けさせてもらっていいですかね?」


「任務? シィラの任務って、森に出た賊の調査だか討伐だかでしょ? じゃあもう終わってるじゃない」


「ちっちっち。何勘違いしてるんだ、マリスちゃん。あたしの任務はまだ終了してないぜ!」


「は?」


「調査の結果、賊の親玉がディプラノス伯爵だってわかったんだから、次は『伯爵の討伐』があたしの任務だよ!

 だから目指すはディプラデニアの中枢だぜ! トミーさんよろしく!」


 まだ良いって言ってないんだけど、とルシオラは思ったが、たしかにマルコスの件も含めディプラノス伯爵については調査が必要かもしれない。


 一行の乗る馬車は進路をディプラデニアに向けた。

 今度は馬の体調も、ルシオラの体調も悪くはならなかった。




 ★ ★ ★


文中の「帽子が落ちただけで笑う」は「箸が転んでも笑う」の代替表現です。

ライス(ライスとは言ってない)はありますけど箸はない世界観なので。

あらすじにも書きましたが、あくまで日本語にしたときにあんまり違和感がないようにしているだけなので、実際は違うこと言ってると思います。すぐには思いつきませんけど、例えば「タモアンチャンでメタテがツォンテモック」とか。

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