第15話「令嬢の体調と運命」

 マリスという、シィラが連れてきた少女がルシオラの言葉を信じてくれたかどうかはわからない。

 しかし彼女は小さくではあるがしっかりと頷いてくれた。

 今はそれで十分だ。そう、ルシオラの身体も言っている。


 貴族でありながら法術適正が皆無のルシオラだが、幼い頃から自分が不思議な体質であることに気がついていた。


 例えば父が率いる領軍がインサニアの森から溢れた魔物たちを食い止めるため、壊滅的な損害を受けた時。ルシオラはかつてない腹痛に襲われ、父を見送ろうとしたまさにその時、意識を失い倒れてしまった。それを心配した父はほんの数分だけ自分の出立を遅らせることとなった。その結果、父は魔物たちの最後の反撃に巻き込まれずに済み、事なきを得た。父の供回りの兵士から聞いたところによると、もうあと数十メートル前方に布陣していたら生きては帰れなかったという。その数十メートルの差は出立時間の遅れのせいで出来たものだった。

 例えば母の友人に招待されたお茶会に参加した時。やはりルシオラは体調を悪くし、寝込んでしまった。心配した母もルシオラと共に茶会を欠席することになったが、その旨を記した便りを持たせた行商は母の友人の領に差し掛かるところで、土砂崩れに巻き込まれ行方不明になってしまったという。もし体調を崩さなければ、ちょうどルシオラたちの馬車がそこを通っていた頃だろう。


 そのようなことが何度もあり、ルシオラは自分の体調と悪い運命との間に密接な関係があるのではないかと考えたのだ。

 話しても家族の誰も「偶然だろう」と取り合ってはくれなかったが、ルシオラは不思議な確信を抱いていた。信じてもらえるとは思えなかったので、家族に一度だけ話して以降は誰にも言ったことがなかった。


 今回の縁談もそうだった。誰にも言うつもりがなかった上に気を失うほどの痛みではなかったので黙っていたが、代わりに馬車を牽く馬たちが体調を悪くしてしまった。そのせいで引き返すことになり、ディプラデニアから離れるにつれて体調が良くなっていくことで今回もそうだったのだとわかったのだ。

 帰り際にはこの賊たちに襲われることになったが、ルシオラは全く何の不安も抱いていなかった。体調は快調だったからだ。思った通り、馬車の車体以外には誰も傷を負うことなくアルゲンタリア城へと帰り着くことが出来た。


 そして一人前の見習い法騎士を名乗るシィラと出会った時。

 これまで「体調が良いな」と感じていたのは全て勘違いで、単に「体調が悪くなかっただけ」の状態だったと思い知ることとなった。生まれてこの方、感じたことが無いほどの清々しさを覚えたからだ。

 それはシィラが連れてきた協力者、マリスと出会った時も同じだった。例えるならば、ただでさえ体調が良い朝に、体内の老廃物を一度に全て放出した直後のような開放感と言おうか。貴族令嬢であるルシオラははっきりと口に出すことはしないが、ともかくそういう心地よさを感じたのだ。


 ゆえにルシオラは二人を信じた。二人にくっついて直接賊の調査に同行したのもそれが理由だ。同行しようと決めた時、爽やかな風が吹いた気がした。逆に同行せずに城に残っていたら、おそらく体調を崩していただろう。そんな予感もした。


 この街道に掘られた墓穴についても同じである。これはこのまま、適当に蓋をするだけにして放置するべきだ。それがルシオラの体調を健全に保つために必要なことなのだ。



 さておき、この街道にこのような大規模かつ統制の取れた賊が現れたのは、冷静に考えるとかなりおかしい。

 今ルシオラ自身がマリスに言った通り、この街道は現在交通量が落ちている。

 となるとこの盗賊たちは、人通りが少なくなったこの街道でわざわざ網を張り、ルシオラの乗った馬車をピンポイントで襲ったことになる。しかもお金がかかりそうな矢を使って。

 明らかに普通の賊ではない。

 現状明らかになっている事実だけをつなぎ合わせて考えるならば、彼らの目的はルシオラかノーラかトミーの、命か身柄ではないかという結論になる。

 その三人で考えるなら、一番可能性が高いのはルシオラだろうか。曲がりなりにもアルゲンタリアの領主の娘なのだ。


「──賊の皆様の目的はわたくしですね?」


 すると、今にもシィラに墓大穴へと落とされそうになっていた、賊の頭領がびくりと身を震わせた。

 これから話を聞く予定だった他の賊たちも目を伏せている。


「なに!? お嬢様を狙うなど……。おい貴様ら! なぜお嬢様を狙った! 誰に頼まれたんだ!」


 シィラから頭領を奪い返し、ノーラが尋問を再開した。

 しかし頭領は真一文字に口を閉じ、何も語ろうとしない。

 墓大穴に落とされるところだったことから、頭領も何も話さなければ自分たちがここで命を奪われることは覚悟しているはずだ。にも関わらず口をつぐむということは、自分の命より重い秘密を抱えているということ。


「……忠誠、でしょうか」


 頭領はその目も固く閉じ、何も反応しようとしない。先ほど反応してしまったミスを悔いてのことだろう。何を言ってももはや何の反応も返すまい。

 しかしルシオラにはなんとなくこれが当たっていることがわかった。彼らはおそらくその忠誠心によって、自らの命と引換えに秘密をあの世へ持っていこうとしている。

 それだけの忠誠を向けられる者となればそう多くはない。

 ルシオラが初めて城を出てから今日までに名前が出た人物の中で考えるならば、候補は二人しかいない。

 ルシオラの父アルジェント伯爵か、縁談相手のディプラノス伯爵だ。そしてその場合、それぞれの領軍の兵士が賊に扮していることになる。

 アルゲンタリア領軍は全員が城に詰めているわけではないが、城に来たことがない兵はひとりもいない。ルシオラもその全てを目にしたわけではないものの、これだけの人数がいてひとりも見たことがないというのは考えにくい。

 つまり彼らはアルゲンタリア領軍の兵ではない。

 となると。


「もしかして、ディプラデニアの領軍の方々だったり?」


 頭領は反応しない。

 しかし、頭領以外の縛られた賊たちは明らかに動揺する様子を見せた。

 どうやら大当たりのようだ。

 ルシオラの極めて狭い世界の中に黒幕がいてよかった。何しろ選択肢は実質ひとつしかなかったのだ。全く知らない遠くの領地の貴族である可能性もあったことも考えると、ある意味運が良かった。いやディプラノス伯爵が黒幕だとしたら、そんなところに嫁がされそうになったのは十分運が悪い。

 縁談に向かう道中でのあの体調不良はこのことを示していたのだろう。




 ★ ★ ★


近所の貴族を自分のパパとディプラノス伯爵しか知らない令嬢。

その知ってる人(二人)の中から消去法で挙げただけ。


連邦に何人貴族がいると思ってんだ適当に名前挙げて当たるわけないやろガハハ(

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