おきものと美人の珍道中(記)

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第一部 昇格審査の旅

序章第1話 出会い

 それは、まさに置物おきものだった。はたから見れば、鈑金鎧ばんきんよろいを纏った騎士にも見えただろう。しかし所々が錆びており、廃墟のオブジェにふさわしいといった風体か。両手剣の柄を支えに立っていたそれは、どこからどう見ても置物であった。

 ただ一つ、違った点と言えば。

 身震いと共に動き出した。両手を剣から放し、上半身を左右に動かす。何かを探るように。まるで見慣れぬ土地に放り込まれたかのような動きをした。しかし、その容姿にも拘らず発する音は少なかった。まるで裸の様に。

 次に、両の手を交互に見やる様な仕草をした。 ……と言うのも、その鈑金鎧には首がなかった。いや、頭はある。だが胴体部の襟の部分コルゲットが顔の下半分を埋めるような造りをしているので、人体で言えば鼻から下が胴体に埋まるような形なのだ。

 その為、頭はあっても首がないのだ。……話を戻そう。その鎧は、やがて何かに気が付いたのか項垂うなだれたかのように、座り込んだ。少しして、立ち上がった。

 そして支えにしていた両手剣を握りしめ、どことも知れずに歩き始めた。

 がちゃり、がちゃりと音を立てながら……。


「冗談キツイっての!」


 その日十度目の悪態をつきながら、レスリーは扉を開けた。

 かつてはあったであろう国の城砦跡じょうせきあと、挑み始めて三日目の出来事である。彼女に仲間はいなかった。いつも単独行ソロで攻略していた。

 そんな彼女が悪態をついていた訳は、彼女の背後に累々と倒れた魔物の群れ。

 そう、物量である。個々の能力はともかく、物量が異常なのだ。死霊の類ではなく、大ネズミやら蝙蝠の類は当然、それ以外の魔物やらの群れを相手取っていたのだ。

 朽ちているとはいえ、視界を埋め尽くさんとばかりの量を見れば、誰でも恐怖を覚えるだろう。それに加えて城砦内部にある罠もまだ生きていた。それらを避けたり嵌ったりすれば、誰でも悪態をつかずにいられないだろう。

 ましてや二日も続けばいかに休養を挟んでも疲弊も増して、判断も鈍る。


「……何もない。外れ? まあいいわ」


 レスリーが飛び込んだ部屋は城砦の一室の様だ。あるのは金にもならないガラクタと、テーブルなどの調度品。取りあえず一回りして、罠の類が無い事を確認すると、入ってきた扉を閉めた。ひとまずの安全を確保した形である。

 テーブルの天板を一払いすると、背負っていた荷を下ろした。その中から小瓶を二本取り出すと、一気に飲み干した。

 レスリーが飲み干した小瓶には毒素を中和する成分が入った薬剤と、薬草や果実から抽出した、疲労物質を分解する酵素を含んだ薬剤が入っていた。安くはないが、高い程でもない。

 だが冒険者なら、複数本持っているのが好ましいと訓練所や先達の冒険者からは教えられる程度の物だ。しばらくして、薬が効いてきたのか疲弊も和らいだレスリーは壁にもたれた。もたれながらも、崩れていた壁から外の様子を窺う。


「こんな事ならもう少し、裏を取るべきだったわね……」


 外の様子を見たレスリーは呟いた。陽は天にあり、外は森林と、遠く離れて平原が見える位だ。小高い山に造られたのであろう城砦の外は、かつて人間が治めていたとは思えないほどの自然地帯だった。幸い、妖異だのの類は見えなかった。

 代わりに野鳥の群れが飛び去って行くのを見つけたぐらいか。視線を建物の外から戻し、改めて部屋の中を見回した。まず上、そして足元を。人間、正面は見えても背後や上下は案外見落としやすい。

 昔話に出てきたある帝王が、後の盟友へそう助言をするほどだ。昔話の続きでは、その後の戦で武勲を挙げたと聞く。幸い、上に何も仕掛けはなかった。針だらけの天井ではないし、何かが吊るされたわけでもない。

 足元も薄暗く埃っぽい臭いはあったが、別に何か隠し扉の類もなかった。

 一通り調べ終わったレスリーは、かばんから一枚の羊皮紙を取り出した。『情報書』と書いてある。


「──オーレン辺境伯領へんきょうはくりょうの北にある、城砦跡の探索。探索中に物品を見つけた者は、その全てに加え、報酬として金貨三袋を与える──か」


 旨すぎる話だと思ったのだ。レスリーはここにたどり着く前に、先駆者のなれの果てであろう骸骨や残骸、焚き火の後を大小様々と見つけた。それらを改め、冒険者としての供養を行い先へ進んだのだ。

 そして待ち受けていたのは魔物やらなんやらの大群。それで二日も費やした。それを思い出して、苦い顔をした。

 さて、今日は三日目。何が待つ? レスリーは鞄から更にもう一枚の紙を取り出した。丁寧に折りたたまれてはいたが先に出した物より古いようで、所々痛んでいた。

 二日目の終わりに見つけた地図だ。


「これは多分、地図よね。……とすれば、この辺りかしら?」


 広げた地図に隅々まで目を運び、一点を指した。『小会議室』と記されている。その近くに『武具庫』『監視所』と並んでいた。レスリーは指を動かし、『武具庫』を左指で丸く描いた。廊下を通して隣。ここなら何かありそうに思えたのだ。

 顔をにやけさせ、顔を地図から上げた。その時……がちゃり。


「──?!」


 がちゃり、がちゃり。鎧を着た者が発する足音だ。レスリーはとっさに鞄を引っ掴み、テーブルの下に隠れた。足音は徐々に大きくなっていく。どうやら近づいている様だ。レスリーは腰に差していた物を握りしめた。

 蝶番がきしむ音を立てながら、扉が開いた。足音はなおも続き、レスリーが隠れたテーブルの前で止まった。

 足が見えた。鎧の具足だ。その瞬間、レスリーの頭に冷たいものがよぎった。それより先に身体は動いていた。彼女がいた場所に鈍器のような物が振り落とされていた。飛び出したレスリーは相手を見やった。

 相手の様相から、全身鎧を纏った騎士の様にも見える。だがしかし、その身から漂う雰囲気に禍々しさを感じた。その手に握る獲物は戦棍メイス、その全てがどす黒く汚れていた。

 間違いない、こいつはここの守護者ガーダーだ。レスリーはそう確信した。


「よりによってこんな所で……」


 レスリーは握りしめていた物──片手斧を構える。業物わざものと呼ばれる出来の斧だ。だがしかし相手は戦棍、こちらは片手斧。正味の話、分が悪い。何しろ獲物の大きさが違うのだ。当りどころが良くても重傷、そうでなかったら即死。

 仮に懐に潜っても、今度は鎧のどこに叩き込むかのとの勝負になる。それらを素早くまとめて考えられなきゃ、冒険者はできない。両者はじりじりと、動き始めた。大きく動いた時が分け目。体格差から、体当たりでどかすのは無理だ。

 なにがしかの術で攻撃する手もあるが、この距離では唱えるより先に戦棍に潰される方が早い。

 相手も相手で、こちらの様子をうかがっている様だ。初撃を回避する辺り、今まで仕留めた者共より技量は高いと見たのだろう。逃走経路は二つ。崩れていた壁から外に飛び出すか、入口から逃げ出すか。

 前者は登攀の技術がなければ落下死は免れず、後者は戦棍を避けられればと言う前提が付いてくる。

 レスリーは相手の腕を見た、もう少し詳しく言えば、相手の腕部装甲の隙間を見た。鎖が見える。しかし網目は細かく、錆色が浮き出ていた。……上手くいけば、避けるだけでなく相手の腕を切り落とせるかもしれない。

 そうすれば、わざわざ壁をよじ登る選択を選ばずに済む。

 ──決まりだ。懐に潜り込み、腕を切り落とし、入口から逃げる。そして体制を整えて倒す。そう行動に移そうとした矢先の事だった。


『──!!』

「今だ!」


 守護者は戦棍を横薙ぎに振ろうとして、背後から異なる物音に気付いた。レスリーはその隙を逃さんと踏み込み、左から隙間を縫うように足を運んだ。その直後、物凄い勢いで直進する物体を見た。両手剣を腰だめに構えた甲冑が突っ込んで来る。新手か。

 レスリーは切りかかるのを止め、そのまま相手の懐をすり抜け、横へ飛んだ。直後に鉄と鉄のぶつかる音が鳴り響く。

 起き上がったレスリーが見ると、守護者は腹から刃を生やしていた。その背後には剣の柄を握った甲冑。甲冑──鈑金鎧は剣を抜こうとするも、深々と刺さって抜けない。

 二、三度柄を捻ったりして繰り返しても抜けない事に業を煮やしたのか、鈑金鎧は守護者の首と剣の柄を握り直し、一気に持ち上げた。レスリーはあまりの出来事に呆けるしかなかった。

 守護者は暴れていたが、鈑金鎧が守護者を地面に叩きつけると、それきり動かなくなった。

 それと同時に刺さっていた両手剣をようやっと抜き取る。鈑金鎧はしげしげと両手剣の様子を見ているようであった。レスリーには気付いていない。逃げるにも、接触を図るにも好機ではある。

 こうなっては全てやり直しだ。改めて装備を確認する。かばんは持ってきたが、中身が全部整っているとは限らない。鈑金鎧はまだ両手剣を見ているようだった。幸い、武具庫には近い。上手くいけば気づかれずに入りこめるだろう。

 レスリーはゆっくりと足を動かし始めた。


(何だか知らないけど、味方って訳でもないだろうし……)


 武具庫へゆっくり進むレスリーだが、扉まであと数歩の距離で止めざるを得なかった。新手の守護者が現れたのだ。しかも数が多い。どう言う事だろうか? 確かに守護者がいる事は知っていたが、こんな短時間で現れるとは思ってもみなかった。

 レスリーは武器を構えつつ考えた。もし守護者が複数いるなら、ここで引き返すのは得策ではない。だが……あの鈑金鎧が味方になるか否か、そこが問題だった。

 鈑金鎧も物音に気付き、周囲を見渡す動作をした。そしてレスリーの姿を見つけると、足元の亡骸と交互に見る仕草をした。何かを確認している様子であった。しばらくそれを繰り返すと、両手剣を背の鞘に納め亡骸が握っていた戦棍を奪い、レスリーの元へ駆け出した。


(気付かれた、こうなったらやるしかない!)


 レスリーは鈑金鎧の接近を許すまいと、何やら文言もんごんを唱え始めた。呪文の類だ。いくらか言葉を紡ぎ、呪文が形を成そうとした矢先、鈑金鎧が戦棍を地面に押し付け、がりがりと音を鳴らしながら軸にしてひるがえった。

 そのままレスリーから数歩の距離で背を向け、停まる。レスリーはよくわからなかったが、鈑金鎧から漂う雰囲気は守護者のそれとは違っていた。まるで彼女を護らんとしているようであった。

 その様子に思わず、詠唱を止めたレスリーは口を開いた。


「……あなた、まさか私を護る気?」


 相手から言葉はなかったが、頷く様子からして通じてはいる様だ。戦棍を二振り程して両手で構え、守護者の集団とレスリーの間に立ちはだかる。集団はそのまま、鈑金鎧に接近してくる。先頭の一体が鈑金鎧に襲い掛かる瞬間だった。

 鈑金鎧は先頭の一体を左足で蹴とばし、相手がよろけたその隙に戦棍を上から叩きつける。金属音と何かが潰れる様な音が鳴り響き、動かなくなった。

 鈑金鎧は続けて襲い掛かる相手に戦棍を叩きつけたが、相手の鎧がへこむと同時に戦根が折れる。それを手放した鈑金鎧は、自身の体を相手の胴体に叩きつけ力任せに投げ飛ばす。

 戦棍を無くした鈑金鎧は背負っていた両手剣を抜き放つと、投げ飛ばした相手に叩きつける様に斬りかかる。どうやら突き刺すのは先の失敗から止めたようだ。

 両手剣による一太刀で守護者にとどめを刺すと、両手剣の代わりに相手が握っていた武器を奪う。またも戦棍であった。錆びついている箇所があるようで、状態はいいとは呼べなさそうだ。それを両手で構え、鈑金鎧は残りの守護者に相対する。

 見たところ、先に倒したのを除けば残りは二、三体位に見えた。続けて襲い掛かる矢先、戦棍を横薙ぎに振るい牽制する。距離を取りつつ様子を見ていた守護者が、一斉に飛び掛かった。

 それを見たレスリーは思わず尻餅を付き悲鳴を上げそうになるが、そんな暇はなかった。守護者は一斉に跳躍し、空を舞って攻撃を浴びせようとする。だが、そう易々と当たってくれないらしい。

 戦棍を構え直した鈑金鎧は、その場で回転しつつ戦棍を振り回す。すると、遠心力で加速された戦棍によって守護者達は吹き飛ばされてしまう。それでも尚向かってくる守護者に対して、今度は戦棍を投げつける。

 見事に命中すると、それに驚いたのか守護者の動きが一瞬だけ止まる。その隙を逃す訳もなく、鈑金鎧は左肩を突き出し突進ショルダータックルする。守護者と衝突するが、その勢いのまま押し込み続ける。

 やがて守護者を壁に叩きつけて動きを止めると、そのままもう一度体当たりを食らわせて止めを刺した。それを隙と見たか最後の一体が果敢にも挑むが、結果は同じであった。

 両断され倒れ伏す守護者の首元を踏み潰すと、両手剣を手に取りこちらを見やる。どうやら、これで終わりという事らしい。何とも呆気なく終わった戦闘だったが、レスリーにとっては十分すぎる程の衝撃的な光景ではあった。

 鈑金鎧はそのままゆっくりとレスリーの元へ歩み寄り、片手を差し出した。

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