第12話 二人の過去

 俺たちは存分に愛しあった。今この一瞬を大切にする。あんな体でこれまで数え切れないほどの苦しみを味わってきただろう。望美さんが言った『今を楽しもう』という言葉はとても俺にとっては今までにないくらい何かを彷彿させた。そして俺は望美さんと一緒に風呂に入り、話をする。


「望美、一つ聞いていいか?」

「ん?どうしたの?」

「その傷、どうしてそんなに。」


俺は聞いてはいけないであろうことを聞いた。望美さんの地雷をわざと踏む。それでも知りたい。望美さん含め咲希の過去を。


「私にこの傷をつけたのは、私の父親なの。」

「えっ。」


俺は思ってもいないことを言われた。


「私の父親はね、DV男でさ。必ず父親には敬語で話さないといけなくって、そうじゃないと殴られて、蹴られて。挙げ句の果てに包丁で体に傷をつける。お母さんに対してはもっと酷かった。それで私が小学6年生の頃には自分の娘、つまり私たちにも暴力は勿論のこと、刃物でのおどしは日常茶飯事になっていったんだよね。それでも、その頃、まだ小さかった咲希だけは守らなきゃって、私とお母さんで必死に咲希を庇い続けた。そのせいで、お母さんと私の体は傷だらけ。手当てなんて誰もしてくれないし、させてもくれない。血だらけになったお母さんの姿なんか何度見たか分からない。でもそんな時に私たちの味方になって戦ってくれたのは、私たちのお父さんつまり颯太のおとうさんだった。」

「父さんが?」

「そう。私のお母さんが金遣いも荒い父親のために働いてたんだけど、その時に職場が一緒の男の人が相談に乗ってくれてるって、お母さんはそのことを話す時だけは笑顔だった。結局、私が中学生になってすぐの時に、颯太のお父さんが警察を連れて家に来たの。父親はその時、いつものようにお母さんを殴っててさ。そこを現行犯逮捕された。私たちは病院に運ばれて、そこで手当てをしてもらいながら、警察の事情聴取。その時も颯太のお父さんは一緒にいてくれた。病院でのお金もそこからの生活のお金もほとんど出してくれた。私たちは頭が上がらなくって。」


俺は知らなかった。俺が中学校に上がった時に、一時的に祖母の家に預けられていた。なぜかは知らなかった。教えてくれなかったし、知るつもりもなかった。しかしそんなことがあったなんて。


「私とお母さんが必死に守った咲希は結局一箇所だけ切られたけど、それだけで済んだ。だけど私は物凄くショックだった。私のせいで咲希の大切な体に傷をつけちゃったってね。ちゃんと守ってあげられなかったって。でもね、ある日を境にそんなこと考えるのやめようって思った。」

「ある日を境に?」

「そう。それはね、颯太のお父さんに会った時。」

「俺の父さんに会ったとき?」

「私のお母さんはすぐに父親と離婚した。その時から支えてくれてた颯太のお父さんと付き合うことになったからって紹介されたの。その時に言ってくれた言葉が私を変えた。『今を楽しもう』ってね。」


そういうことだったのか。ようやくわかった。なぜ望美さんがあれだけ『今』を大切にするのかを。父さんの一言だったのか。望美さんが作る笑顔の裏にはもしかしたら悲しみや苦しみなどハッピーなことは一つもないかもしれない。それでも咲希のことを大切に思っているから、咲希の前だけでは笑おうとしてたんだ。


「だからね、私の座右の銘は『今を楽しむ』なんだよ。」


そして俺はこう切り出す。


「俺は咲希が大好きです。それはわかってると思います。だけど、俺は望美さんのことも好きです。あなたは咲希にとっても、俺にとっても大切な存在です。俺は二度と望美さんと咲希にそんな目には遭ってほしくない。俺は望美さんにも幸せである権利があると思います。咲希を幸せにしたいと思っているのなら、望美さんも幸せでいてください。もし咲希の前だけでも無理して笑顔を作っているならだ、どうか俺の前では自然体の望美さんを出してください。俺はそれを全て受け入れます。だってあなたの笑顔は咲希の笑顔でもあるから。」


望美さんがこの家に来た瞬間から咲希は今までになく笑顔が増えた。本当にお姉ちゃんが好きなのだろう。しかし、その咲希の笑顔には望美さんの存在が欠かせない。その望美さんが辛いを思いをするのは絶対に間違っている。


「ありがとう。颯太のおかげで私の人生がこれから幸せになるよ。」

「いや、そう言ってもらえるなんて嬉しいです。」

「でもさー、私まだ颯太自然体ではいれないなー。」

「なんでですか?」

「その敬語、やめてほしい。父親のせいでトラウマなもんでね。」

「そうだったね、ごめん。」


望美と咲希のために俺は努力をしなければならない。それは当たり前のこと。それ以上のものをこの二人には捧げようと思う。父さんが島崎家を守ったように、俺もこの二人だけでも幸せにしたいと心の底から思った。



 俺たちはお風呂を出て、リビングに向かうと、そこには凄い目つきで俺たちを睨みつける咲希がいた。


「ちょっと。颯太。お姉ちゃんとなにしてたの?それにお姉ちゃん。颯太となにしてたの?随分と楽しそうな声が聞こえたけど。」


どうやら咲希はわかっていたようだ。さてどうやって弁明しよか。

俺と望美は二人で冷や汗をかきながら、見つめ合った。

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