第17話 視察行

 翌朝、リラダンは朝食の席でジョゼフィーヌに説く。

「危険です。今からでも遅くはありません。視察は断りましょう」

 ゼクターまでついてきた女中頭のマーサがジャムの器を運んできた。

 ジョゼフィーヌはビスケットにたっぷりとジャムを乗せながら首を横に振る。

「そんな一片の手紙で予定を変更するなんて。私を視察に出さないようにするための策略の可能性だってあるわ」

「甘いものを摂りすぎでは?」

「大丈夫よ。ちゃんと頭を使ってるから。ここ働かせるには糖分が必要なの」

「分かりました。話を戻しますが、少なくとも視察の予定が外に漏れています」

「ということは市長も一役買っているということかしら?」

 ジョゼフィーヌが視線を部下の一人に向け、黒髪であまり特徴のない顔をしたシェルゼンが即座に否定した。

「市長には常に監視をつけてあります。不審な動きはしていません。放火事件が解決せず憔悴しているようです。主だった部下であれば、今回の視察にジョゼフィーヌ様を同行するよう誘導するのは可能でしょう」

 ジョゼフィーヌは頷く。

「いずれにせよ、一度同意したことを覆すほどのことではないわ。事前に警告があるのだから用心もできるでしょう。この先ずっと閉じこもるわけにもいかないでしょうしね。この活動を始めた時から狙われることは覚悟しているわ」

 そして蕩けるような笑みを浮かべた。

「それにあなたが居れば心配はいらないでしょ。リラダン」

「信頼を寄せて頂けるのは嬉しいですが、過大な期待は負担になることもお忘れなく」

「よく覚えておくわ」

 リラダンは情報収集を担当するシェルゼンを見て、お互いにやれやれという顔をする。

 ただ、ジョゼフィーヌの言う通り、遅かれ早かれ敵は全力で排除しようとしてくるのも確かだった。

 ガイダル候の一味の人員も限られるであろう地方においてすら、危害を加えようとするのを防げないのであれば、王都でジョゼフィーヌを守ることなど覚束ない。

 ましてや事前の警告を受け取っているのであれば警戒のしようもあるのだった。

 今回の外出は不審火の容疑者の尋問が主な目的なので、ジョゼフィーヌが面会する相手に遠慮する必要は無い。

 刃物などを携帯していないかの所持品検査を過度の負担にならない程度に実施することができる。

 リラダンが側に控えていれば四、五人に同時に襲われても対処できる自信もあった。

 それでも本来業務ではないことに首を突っ込もうというジョゼフィーヌにリラダンは一言言わずにはいられない。

「わざわざ閣下が出向くほどの事件とは思えませんが」

「そう? 私は裏に結構大きなことが控えていると思うのだけど?」

「どういうことです? 確かにキタイの間者が後方をかく乱するために付け火をしているという噂はありますがそれだけのことではないのですか?」

「いつも言っているように意見を言ってくれることは歓迎するわ。私にだって見落としはあるでしょうし、唯々諾々と従う奴隷が欲しいわけじゃないから。もちろん、最後の判断はわたしがするけどね。この件は私が介入する意味があると思うわ」

「犯人に心当たりでもあるのですか?」

「この話を聞いたときから一つの仮説はあるの。でも、折角だから現地に行ってからにしましょうか」

「もったいぶらずに言ってください。ひょっとすると警備するのにも関係があるかもしれないのですから」

 表情を変えるリラダンにジョゼフィーヌは頬杖をしていない方の手の指を振って笑った。

「こういうのはもったいを付けた方が有難みが増すのよ。そうね。ヒントをあげるわ。なんで今まで放火の現場を押さえることができなかったのか? 攪乱目的なのに人気の少ない村の灌木とか、朽ちた小屋とかあまり価値もなさそうなものを狙ったのか? こんなところかしらね」

「その得意げな顔を見ていると自分で謎を解く気が失せてきました。私は警備に専念します」

 リラダンは早々に放棄する。

 それを見てジョゼフィーヌはつまらなさそうに唇を尖らせるのだった。


 ゼクターを出発した一行は二日後に現場の村に到着する。

 リラダンは動かせる人数を全て連れてきていたので、市長側を除いても二十名を超えていた。

 騎兵を先行させて見通しの悪いところを全て確認させている。

 あまりの警戒ぶりにゼクトの部下たちは道中での狙撃は諦めざるをえなかった。

 それ以前に不審に思われないように撤収するのさえ苦労をする。

 なんとかやり過ごすと別のプランに切り替えることにした。

 放火容疑をかけられている少年は村長の家で拘束されている。

 尋問も村長の家で行われるので、その場所を中心に狙撃をできそうな場所を探して、一軒のおあつらえ向きな空家を探し出していた。

 金で雇った男にその家を借りさせている。

 周囲の目を欺くために蜂に蜜を採取させるためと称していた。

 この辺りでは珍しい養蜂に興味を持ちそうな相手は刺されると脅して人払いをしている。

 暗殺者は仕事の合間に機会をうかがっていた。

 村長の家につくとリラダンは随行者で人垣を作ってしまう。

 馬車から降りて建物に入るまでの間、外からはジョゼフィーヌの姿が見えなかった。

 出迎えた村長たちは先行したシェルゼンの手によって身体検査を施されている。

 女性についてはマーサの手も借りたが、立場上、マーサもその手の作業には慣れていた。

 仰々しい挨拶の言葉を口にする村長にジョゼフィーヌは威厳を保ちつつ柔らかく応対する。

「不審火が続いたのでは落ち着かないでしょう。そういう不安を取り除くのも私の務めです」

「長官様には大変感謝をしとりますです。ただ、捕まったあの子は母一人子一人の孝行者で、とてもこんな大それたことをしでかすようには思えんのです。どうかよろしくお願いします」

 人の良さそうな村長は頭を地面に付けんばかりにして頼み込んだ。

 ジョゼフィーヌは好意を抱く。

 事なかれ主義の人物なら口をつぐんでいるだろう。

 少年がつれてこられる。

 市長とその部下が代わる代わる尋問した。

 少年は自分はやっていないと否定する。

 一人が脅した。

「正直に言わないとでこぼこの床の上で膝の上に重い石を載せて座らせるぞ。大の大人でも悲鳴を上げるんだ。死ぬほど痛い思いはしたくないだろう」

 少年は涙ぐむ。

「でも、ぼくはやってません」

「じゃあ、どうしてお前の家の近くの木が燃えたんだ。勝手に火がつくはずはないだろう。そもそもなんでそのときにあの場に居た」

「何か物音を聞いた気がして確かめに見に行っただけだよう……。何度も言っただろ」

 少年を退出させ、目撃者にも聞き取りをした。

 火が出たとき、少年が近くに居たのは間違いという。

 少年の母も呼び出したが、床に頭をこすりつけて許しを乞うばかりだった。

「あの子はそんなことをする子じゃありません。ただ、もし気の迷いで愚かなことをしたのだったら、その責めは母親のこの私に」

 誰かに責任をおっかぶせて平然とするような芸当ができる人間ではない市長は困り果てる。

 黙って聞いていたジョゼフィーヌはあっけらかんと言った。

「次は現場を見たいわ」

 

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