人間


あれから数時間がたった。俺は木の上に隠れながらモンスターたちが死体によってくるのを待ち伏せしていた。この間だけで巨大蜘蛛を三匹殺している。あいつらは共食いもするようだ。木の枝を登って空を見上げると、空はオレンジ色に染まっていた。真赤な太陽が西の地平線へと消えていく。東の空は次第に光を失い、紫色へと霞んでいた。

 

「ナトゥミエスツ?」

「アイ…スカンディア」

「ディア」


俺は下から聞こえた来た”言葉”に体が止まった。

モンスターの鳴き声ではない。意味は分からなくても分かる。捕まえている女たちが話していた言葉と同じアクセント。


人間だ!!

しかも複数人…。

俺は音を立てないようにゆっくりと木の葉の中に隠れると、枝と葉の隙間からあたりを見渡す。


すると俺のいる場所から右方向、先ほど大蛇を振り回して木々をなぎ倒した場所に人間たちが居た。数は三人。俺が木々をなぎ倒したことで生まれた小さな空間で三人は当たりを物色している。


人間たちは身を守る鎧を着ている。見た目は典型的な鉄兜に、鉄板のアーマー、革とコットンでできた衣服だ。俺の里が捕まえた女たちも似たような防具を身につけていた。だけど不自然な点が一つだけあった。冒険者たちの体から微かに白い煙が湧いている。俺は目を凝らして冒険者の体を見つめた。


あれか…。


冒険者たちの風貌をよく見ると、帯剣してある右側の反対側にピストルがあった。三人の冒険者の腰に二つ。後ろに一つずつある。おそらくあの煙はピストルに火を付けるための火縄の煙だ。いつでも着火させて撃てるようにしているんだろう。


「ハビル!ザディストゥルデタ!」

「ミカム?ストゥディア?」

「ヤァプ」


そんな冒険者たちの一人が声を上げた。他の二人と違って幾分か若い。声を上げた男が小走りで林の中に消えていく。そしてすぐに二人のもとへ戻ってきた男の手には、俺が殺した大蛇の首が握られていた。


まずいっ。

大蛇の頭が見つかってしまった。

すぐ向こうの川岸に巨大蜘蛛の死骸もたくさん放置してあるし、近くに誰かいると思われちゃうな…どうしよう…殺るか?いや、殺れるか?


俺がどう動くべきか迷っていると、冒険者たちは剣を引きに抜くと川岸の方へ向かってきた。俺が隠れている木の下をゆっくりと通っていく。


だめだ……殺るなら夜だ。夜なら人間の視界を奪えるし奇襲も出来る。それに付近に居る冒険者があの三人だけかは分からない…北の里から奪ったのも含めてこちらには六人の女がいる。ほかの里にも人間の女がいるとしたら、人間側からしたらかなりの女が行方不明になっているわけだ。


この川の向こうに俺たちゴブリン族が生活していることを知っているのなら、ゴブリンたちに攫われた可能性も人間側のなかにはあるはず。


だとしたらたった三人だけで捕虜の救出に向かうか?いくらゴブリンが相手でもだ。雑魚とはいえ、すでに実害は出ているんだ。この森から安全に捕虜を救出するためにも三人だけで来るとは思えない。


もっともこの三人が救出部隊の斥候でなければの話しだが。ただ普通の冒険者にしろ今は戦う時じゃない。あの冒険者の強さもまだ分からないしな。少なくとも大蛇や大蜘蛛がいる森の中で死なない実力はあるはず。


一対一なら勝機はあっても、このレベルの敵を複数人相手したことはまだない。それに死ななくとも出来るだけ傷も負いたくない。俺の里には治癒魔法を使える奴も、回復ポーションのようなアイテムもない。ダリアの話しでは人間がそんなアイテムを使っていると聞いていたが…。


木葉の隙間から川岸を覗くと、冒険者たちは俺が残した巨大蜘蛛の死骸を前に騒いでいた。するとまたあの若い男が何かを見つけたのか、地面に腰を落とした。


あっ⁉しまった!!

俺のナイフ!

くそがっなにやってんだお前!


早くも俺があのモンスターたちを殺した痕跡を見つけられてしまった。でもそれだけじゃない。俺が巨大蜘蛛を叩きつぶした時にできた、小さなクレーターにも気が付いたようだ。


人間たちは周囲を見渡しながらヒソヒソと話し始めた。この状況をどう判断するのか迷っているのだろうか?同じ冒険者の痕跡か、それとも――。

近くにゴブリンの集落があることを知っていれば、ゴブリンの中に大蛇や巨大蜘蛛を殺害できる強敵がいるとの考えに至るだろう…。


そうなった場合、もし救出部隊を派遣する気なら人間側は警戒してより多くの準備と、戦力を連れてくるかもしれない。


あの冒険者がどんな意図でここまで来たのかは分からないが、どっちにしろ俺の痕跡が人間に見つかってしまった時点で、俺に時間は味方しない。


人間たちは話をまとめたのか、そのまま森の方へと戻ってきた。そしてまた俺が隠れる木の下を通り抜けていく。空を見ると気が付けば薄紫色へと移り変わっていた。最近は少しずつ気温も涼しくなってきている。季節の変わり目、太陽が沈むのも早くなってきている。


なにか探索系のスキルはもっていないのか。

だとしたらより奇襲しやすくて良いだがな。


人間たちは先程の大蛇の頭を見つけた場所までもどると、背負っていた荷物を地面に置いた。三人は俺が折った丸太に腰を掛けると、荷袋からなにかを取り出した。


あれは…ランタンか?鉄製の小さな笠に包まれたガラスの筒が見える。ランタンを取り出した男はその中になにか小さな物を入れた。


石か?


どこか見覚えのある紫色の水晶。それをランタンの中に入れると、ランタンが突如と光り出した。あれが噂の魔道具ってやつか…ゴブリン曰く人間が使っていると未知の道具…銃も同じ魔道具だとゴブリンたちは言っていたが。あれが本物の魔道具か。


しかし…やっぱりあの石に見覚えが……あぁ!!思い出した!あれ、マリクリが掘った洞窟に埋まってる石と同じだ!!まさか……人間がこの森に執着するのもそれが原因か⁉人間が態々ドラゴンの縄張りまで来る理由なんてそれしかない…。


この森に眠ってる地下資源を求めているのか?もしそうだとしたらどっちみち厄介だぞ…アイツら人間は地下資源の為ならどれだけ人が死んでも戦争するからな。多くの生物はその日を生きるために必要なリソースしか消費しようとしない。だが人間はそれ以上に自分たちが”豊か”になれるために行動する。


だが、人間たちはこの川の付近で夜を明かすつもりのようだ。大蛇と巨大蜘蛛を殺した存在が、すぐ近くにいる恐れがあるのにも関わらず。ここから推測するにこの冒険者たちには、大蛇や巨大蜘蛛を簡単に討伐できる能力があると見ていい。自分たちが勝てない敵を殺せる存在が、近くにいる場所で野営などしないはず。


そしてこの三人の近くに味方はいない。正確には人間側が利用できる拠点が近くにないんだ。例えもうすぐ夜になるとはいえ、近くに拠点があって、なおかつ魔道具によって光源を確保しているなら、多少のリスクがあってもモンスターに囲まれた森で真夜中を過ごすより、拠点まで強行したほうがいいはず。


でもこの川の近くで野営をすると決めたということは、この周辺にこの川以外で利用できる水源がないわけだ。だってこの周辺は井戸を掘れば地下水を確保できるのだから。人間の拠点に井戸がないとは思えない。


つまりこいつらを襲っても、援軍はやってこない。そして拠点の遠くから少人数でやってきたと言うことは、やはり斥候の可能性が高いかな?


攫った女を救出する前の下調べか、地下資源のためか。だがどっちにしろ邪魔になるゴブリン族の殲滅は視野にあるはず。


俺が考えにふけっていると辺りの森は真っ暗闇になっていた。ゴブリンである俺はそれでも目が見えるから大丈夫。人間たちの方を見ると、いつの間にか用意した小さな焚火の前を囲って、食事をしていた。


焚火の中には金属製のポットのようなものが並べられていた。なにか複雑な独特の匂いがする。たぶん料理の匂いだ。ずっと肉の丸焼きと芋虫しか食べてなかったから完全に忘れてしまっていた。


アイツらを殺したら久しぶりに人間の食事を楽しもうか。俺は定期的に仮眠を取りながら冒険者たちの様子を確認していく。基本的にこちらには聞こえない小さな声で会話をしているが、時々笑い声も聞こえてきた。


ずいぶんとリラックスしているようだ。楽観的なのか、それともそれだけ心に余裕があるのか。後者だと見て対処するべきだな。じゃないと逆に俺が楽観視していることになる。


冒険者たちに囲まれていた焚火の光は次第に小さくなっていく。満月も闇に覆われた森の上で、寂しく一人で輝いていた。


この場にあるのはあの小さなランタンの光だけ。冒険者のうち二人はすでにテントの中に入り込んだ。順番で見張り役をするのだろう。


俺は冒険者たちの気が緩むときまで待ち続けた。



「……やるぞ…絶対に…」


夜明けより少し手前頃、見張り役の冒険者は丸太に背を預けながら、首を何度も前に倒していた。鉄兜も脱いでいる。完全に寝ている。油断している。殺すなら今だ。俺はゆっくりと木の枝を伝って、眠っている冒険者の真上まで移動する。


そして――木の枝から落下した俺は、そのまま男の脳天直下に拳を叩きつけた。


頭蓋骨が粉砕し、筋線維が破折し、背骨が埋没する。

冒険者の頭は一瞬で胴体に埋まった。


「ヘム!ナアッ⁉エヌムゥ!!」

「ゴイム⁉


だが今の衝撃音で完全に冒険者に気づかれてしまった。テントの中で眠っていた二人の冒険者たちが一斉に飛び出してきた。


「ちっ!」


俺はすぐに飛び出してきた方の右側――すでに剣を抜いていた男の方へ詰め寄った。リスクはある。武器をまだ抜いていない方を襲う方が殺せる可能性は高い。でも片方を殺している間に、攻撃される可能性があった。


それを一瞬のうちに判断した俺は、剣を俺に突き刺そうとしてきた男の胸を殴りつけた。ドンっと鈍い音と共に俺の拳が男の胸にのめり込んだ。胸の中が弾ける音がする。眼を見開いた男の口から血が噴き出した。


「ナア⁉」


俺は膝をついた男の頭を掴み、肩に足をかけると、反対側に居た男に飛びかかった。剣を抜いて振りかぶろうとした男の上半身に抱き着くと、俺は男の眉間を両手の拳で思いっきり挟み込んだ。


巨大蜘蛛の頭を木っ端みじんにする俺の筋力で挟まれた男の頭は、ピーナッツのように凹んで目の玉を吹き飛ばした。穴という穴から血を吹き出して男が倒れる。


「うびっ⁉うびびびびび⁉⁉」


するとここに来て12回目のレベルアップが訪れた。体中に電撃と熱が走る。全身の筋肉にありえないほどの刺激を感じる。


「ふー…ふー…やったか?」


俺はなんとか立ち上がると地面に倒れた冒険者たちを確認する。恐らく死んでいる。しかしあれだな…戦闘中にレベルが上がったら大変だ。複数の敵と戦うときは単独は避けた方が良いかもしれない。


でもとりあえず奇襲は大成功だ。

これで終わりだとは思わないし、今後について色々考えて準備する必要ある。でもひとまずはこれで良いはずだ。


あとは持てる物は全部掻っ攫って里に帰ろう。

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