レベル上げは大変です

「さてと、行くか!」


俺は川岸から離れると、助走をつけてジャンプした。川の幅は10メートルほど。地面を蹴った俺は、簡単に川を飛び越えた。


「ぬお!?おぉ!?ちょっ……」


そして俺はそのまま向こう側の川岸すら飛び越えて、後ろの木々に向かって落ちていく。


「ヤバ…」


使える力が大きい割に、体が軽いから体勢を保つのが難しい。俺は木の枝にぶつかるように着地した。


想像以上にジャンプできてしまった。トップアスリートですら走り幅跳びの記録は8メートルぐらいだったはず。だが人間より圧倒的に弱かった俺は、すでに15メートル以上は飛んでる。


「ははっ…こりゃすげぇわ」


俺はなにかモンスターがいないか、木の下を確認しながら枝を伝って森を探索していく。どうせなら食えそうなもんがいいんだが。少し森の中を探していると近くで物音が聞こえた。俺はすぐに木の葉に隠れる。


モンスターか人間か…。


ゆっくりと息を吸いながらあたりを見渡す。どこだ?モンスターの影は見えない。ただの風で木々が揺れただけか?


いや違う、いた!ここから斜め右の木になにか動くものが見えた。木の葉の中から動いたなにかを観察する。


とても長い何かが、木を捻じるように這っていく。土や木の幹などに同化する茶色い鱗。口から飛び出る太い舌。あれはおそらく、ダリアから聞いていた"大蛇"だ。


体長は最低でも三メートルはある。ゴブリンほどの小柄な体型ならきっと一飲みで食い殺せる。毒はないらしいが、あの口の中に隠されている牙に噛まれたら厄介だな。


俺は木を伝いながら大蛇の後ろへまわり込んだ。奴はまだこちらに気づいてない。大蛇は木の枝に絡みついている。俺は枝を飛び越え、一気に大蛇の真後ろまで近づいた。そして尻尾を掴み、そのまま地面に飛び降りる様に振り落とした。


あの重たそうな巨体を引っ張るのは難しいかと思ったが、思いっきり引っ張ったら意外と簡単に引きずり落とせた。


「シャアァァッ!!」


不意を突かれて俺にふるい落とされた大蛇は、長い胴体を曲げて俺の方を振り向くと、大きな口を広げて威嚇して来た。


口の中に見えた牙の大きさは、ゴブリンの手の平ほどあった。アレに首を噛まれたら即死だ。俺は警戒しながらも、動きを抑えるため尻尾を握りしめる。すると俺の爪が蛇の鱗を突き破り、弾力のある尻尾の肉に食い込んだ。


「お⁉おぉ?あれ?お前弱い?」


いや違う、俺が強くなっただけだ。

まさか少し強く握っただけで、蛇の大きく分厚い鱗を貫通させてしまった。確かに力は込めたけど、たぶん全力の半分とかだ。大蛇も自分の尻尾に爪が突き刺さったことが不快なのか、俺に噛みつくように口を開けてきた。


「シャアア!!」


「ここでガッツリ避けていくぅぅぅぅ!」


俺は大蛇の噛みつきをあっさり避けきった。

すると俺の手を振りほどくように尻尾を動かしていく。


「はははっ!ははっ!!なんだオメェ…まさかもう終わりか?」


力強く尻尾を左右に振って大蛇は抵抗するも、尻尾を”ガッツリ”食い込ませて固定した俺の両手からは逃げられない。むしろ抵抗するたびに俺の爪は大蛇の尻尾に深く食い込んでいく。傷口が広がるだけだ。


大蛇の力や重さも大分分かってきた。これなら簡単に持ちあげられる。


「おらーよっと」


俺は尻尾を掴んで後ろに引っ張りながら、そのまま大蛇を左にスイングするように木々に叩きつけた。


「シャア!!」


「おひょひょ」


俺に大蛇を投げつけられた二本の木は、破れる様に真ん中から折れてしまった。突然体が投げ飛ばされ、木々に激突した大蛇は驚きと痛みで短い声を上げる。


だが俺の手はまだ大蛇の尻尾を掴んだままだ。俺は間髪入れずに右に大蛇をスイングした。三本の木が吹き飛ぶ。さっきは打診で投げたが、今度は本気だ。


地面に倒れた大蛇を見る。大蛇の体はべゴべゴに折れ曲がっていた。上から見ても分かるぐらいに大蛇の背骨が三か所折れている。


大蛇の頭は無事だが、まったく動いていない。だがそれでも俺は手を離さない。蛇ってのは頭を切断しても生きているほど生命力が高い。ましてこんな異世界の蛇なんて信用できるか。


俺は尻尾を掴んだまま左回りで移動すると、もう一度大蛇を振りかぶった。またも木々が三本折れる。さらに俺は大蛇を振りかぶっていく。俺は最後のスイングと共に大蛇の尻尾から手を離した。四本の木々が折れた先には、ベッコベコに潰れた大蛇が地面に倒れていた。


「おほほ、しゃっあ!」


俺は拳を握りしめながら声を上げた。所詮はモンスターなんぞ肉体が強いだけの野生生物だ。大蛇だって相手が自分の尻尾を離さないなら、尻尾を動かして相手の動きを止めて噛みつくか、絡めて絞め殺せばいいものを。


同時に複数のことを考えながら行動することができない、知能の低い野生動物でしかない。純粋なパワーで勝てるならどうとでもなかったな。


って油断するのは禁物かね?でも野生モンスターを相手にするときは、レベルの差とスキルの有無さえ気を付けておけばいいだろう。ただこれが人間だと話は変わってくるけどな。


装備やアイテム、人数、経験や熟練度、その人間が属している共同体などなど、人間を相手にするときは、数値化しにくいような背景にも注視する必要がある。これは人間だけに限らず、ゴブリンなどある程度知能の高い社会性生物でも同じだ。


俺は動かなくなった大蛇に近づくと、後ろから座るように大蛇の頭を抑え込んだ。それでも大蛇は全く動かない。俺は腰から短刀を取り出すと、勢いよく大蛇の眉間に突き刺した。


若干の抵抗はあったが、まるでバターのように短刀が奥まで突き刺さった。一瞬だけ大蛇の体がピクッと痙攣する。俺は短刀を左右に捩じってとどめを刺す。投げ飛ばした時点で死んでいたかもしれないが、こうでもしないと安心できない。


とどめを刺した俺は大蛇を仰向けにすると、首元に刃を突き立てて切り裂いていく。この短刀は人間から奪ったものだ。鉄製だから丈夫で鋭い。俺が少し力を籠めれば固い鱗と分厚い筋線維も簡単に切断できる。


頭をぶつ切りにした俺は、切断した首の断面からナイフを通して腹を裂いていく。三メートル以上はある大蛇の胴体をスルーっと切り裂けたのは気持ちよかった。


「よし!」


内臓を取り出して、大蛇を二枚おろしにした俺は、大蛇の切り身を引きずりながら川の方まで移動する。そして大蛇の切り身を川に浸し、血を洗い流せばもう食えるだろう。


大蛇の刺身の完成だ。

刺身といっても一つで三メートルもある巨大な刺身だけど。

生でもゴブリンなら平気で食べれる。


俺は半透明に澄んだ大蛇の肉にかぶりついた。


「あっ…うめぇな」


なんか鳥?と白身魚の中間って感じだ。

触感はそのまま鳥の生肉だけど。

それでも芋虫や非常食の糞よりはましだ。


比べるのもアレだが、ゴブリンの生活は甘くないんでね。まだ生まれたばかりで狩りが出来なかったときはよく食わされた。今思えば、産まれたばかりの子供に芋虫と糞しか食わせないってどういうことだ?


産まれてきたゴブリンの半分ほどは生後一週間のうちに死んでしまうが、貧相な食事を与えていることが原因じゃないか?だってゴブリンは免疫は結構高い方だ。これまで見てきた中で、病気にかかったやつらなんて見たことがない。人間のように不衛生が原因で死んでいるとは思えん。


もし里の食糧不足が解決出来たら、子供たちの栄養管理は徹底させよう。しかしそうなってくると、余計にこの川の近くにある西の里が欲しいな。だがそのためにはあのオーガを殺す必要がある。でもそのためにはもっと融合かレベル上げが必要だ。


「もうお腹いっぱい…」


俺は掴んでいた蛇の切り身を手放した。腹はラーメンとビールが好きな中年オヤジのように前に膨れ上がっている。でも大蛇の肉は二枚に下したうち、片方の半分も食べきれてない。


小さいゴブリンが食べるには多すぎる。夕食の分はともかく、残りの部分は捨てるしかない……いや、待てよ?この大蛇の肉を餌にモンスターを引き寄せれば良いんじゃないか?


レベルは上がれば上がるほどに、上がりにくくなる。高レベルのモンスターを倒せれば別だが、レベルを上げるには多くのモンスターを殺すしかない。でもモンスターがどこに居るか分からないのに、この広い森の中で一日中動き回るのは非効率だ。

それに迷子になっても困る。


だったら地面に餌を蒔いておいて、木の上で待っていればいい。というかここに置いておこう。川岸に置いておけば水を飲みに来たモンスターも狙えるし、西の里のゴブリンもこの川の水を使っているはずだ。


融合し損ねたゴブリンを狩る絶好の機会だ。


俺は川岸の近くの木々に隠れながら、時間を潰すことにした。




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