手に入れた力

「ふっ…ふふ」


ああいかんいかん。また笑みが零れてしまった。

先頭を進む俺は周りの仲間たちにバレないように直ぐに口元を固く結んだ。


まさか一回目のレベルアップでスキルを獲得できるなんて思わなかった。気づいたらこんな世界に飛ばされて、人間じゃなくてゴブリンに生まれ変わった時はもう終わりだと絶望したものだったがな。


まぁこれぐらい良いことが無くては割に合わないけど。


それにしても俺が手に入れたスキルはなかなか面白そうなものだった。スキルの名前は”融合”というものだ。このスキルはどうやら、自分よりレベルの低い同種に対して、その対象者に触れながらスキルの名前を詠唱すると、その触れた対象者と融合できるようだ。


だが人格は俺が主軸となっており、融合する相手の人格や記憶と融合するわけではないようだ。ここまで聞くとどちらかと言えば吸収ではないかと思えるがな。だが異なる生物とは融合できない。つまり人間と融合して人間とゴブリンのハーフになることはできないわけだ。


ちなみに話は少し変わるが、人間とゴブリンが交配したばあい、生まれてくるのは必ずゴブリンになる。人間とゴブリンの間にはハーフは生まれない。


俺の母親も人間だ。


さて話をスキルに戻すが、融合の一番の強さは対象者と融合すると、融合後の身体能力が己と対象者の合計値になる。そして融合した対象者がスキルを持っていたさい、それを一つだけ新たに引き継げるのだ。


「ふっふふふ」


また笑いが漏れてしまった。でもしょうがないだろ。こんなぶっこわれスキルを手にしたら誰だってこうなるさ。


ボスから聞いた話では、生き物にはステータスというものがあるらしい。そしてそのステータスを見ることの出来るスキルもあるようだ。


まぁゴブリンは頭の良い個体であっても、数字を十までしか覚えられないため、大半のゴブリンは自分のステータスを見る機会があっても正しく認識することはできないけどな。


問題はレベル1と2において、身体能力の差は大した差ではない。それでも単純な力比べをすればレベルが1でも高い方が勝つ確率は高いが、もとのステータスに差があればレベルが上がったところで負ける場合もある。ゴブリンなんて種族はまさにそうだ。


だがここで重要なのはレベルの上がった俺は、集落の大半を占める世代交代したばかりのゴブリンの全てと融合する事が出来ると言うこと。


そしてレベル1と2では大した身体能力の差はない。つまりゴブリン一体でも融合すれば俺は身体能力が二倍になるということだ。


ゴブリンは圧倒的に弱い。人間を相手にした場合はそいつのレベルや装備でもかなり変わるが、それでも確実に勝つとなれば十体は必要だ。五体で半々といったところか。それでも大量に銃を持っていたら五体だけはほぼ勝てない。


近づく前に一発でアウトだ。


だが塵も積もれば山となる。低レベル低ステータスのゴブリンであっても、何体とも融合していけばこの森の主であるドラゴンにも勝てるかもしれない。


今はまだ夢物語でも、いつかはきっと――。


そんな可能かどうかも分からない夢を抱きながら森の中を進んでいくと、開けた場所にたどり着いた。ここは台地の麓だ。台地の高さはおよそ100メートルぐらいはある。そんな台地が南北に数十キロにわたって森を立ちふさがっているとのことだ。


台地の目の前には木の枝と葉っぱ、泥でできたボロイ小屋がいくつも建っている。


小屋のはずれには小さいが、俺が始めた芋の畑もある。


小屋の数は全部で20程。人口は60人ほどだ。これでも周囲のゴブリンの集落では結構な数だ。俺が作った弓やイモ畑のおかげで、食糧を安定して供給できるようになったからか、先週もまた新たな家が建った。


集落の中央には大きな石で囲まれた焚火場がある。


そして集落の奥には台地に築かれた洞窟があるのだ。

ここがボスの住居だ。


もともとこの洞窟は小さな壁の割れ目であったらしいけど、ボスのスキルである土魔法で少しずつ拡張していったと聞いた。洞窟は深く入り組んでおり、長さはとても長く、少なくとも1km以上はあると思う。


この洞窟にはいくつかの部屋と、集落の食糧庫、そして捕まえた人間の女を収容する場所がある。ここに住めるのはボスを除いて俺のようなリーダー格だけだ。


それでも敵が集落を攻めてきた際は、みんなでこの洞窟の中に立てこもって撃退する。


こんな便利な魔法があるなら外の集落も立派な家に作り替えてあげてもいいのではと思うけど、怒られたくないし、そんなリスクを負ってまで仲間に情はないので口にすることはない。


俺は広くて快適な部屋に住めるのでそれでいい。なんならこの集落の中で俺の部屋が一番きれいだからな。ゴブリンに生まれ変わったからか、排泄物の匂いを嗅いでも何ともないが、それでも嫌な気分にはなる。


ボスも配下のリーダー格もみんな好き勝手洞窟の中で排泄するが、俺は日光浴がてら、必ず外で排泄する。ゴブリンは別に日光を浴びなくても体調を崩すことはないが、もと人間である俺はなんとなく気分がすぐれない。


「ガルク!また獲物を取ってきたか!」


「流石狩り組のリーダーだ!」


集落に居た居残り組たちが一斉に俺を囲み始めた。今じゃ俺は時のヒーローって感じだな。それもそのはず。あのイモ畑も、この集落に井戸を掘らせたのも、スカスカの小屋を粘土を塗って風が通らなくしたのも、この居残り組を作ったのも俺の案や進言があったからだ。


俺が生まれてくるまでは、ボス以外のゴブリンたちは全員が狩りをするために外に出ていた。でもゴブリンの中にも強い個体と弱い個体がいる。そして弱い個体は当然に狩りに出かけて死ぬ確率は高いし、生き残っても狩りが成功する確率は低い。だったら弱い個体は居残り組にして、芋の栽培やその他の雑用をやらせればよいと思ったのだ。


最初この話を持ってきた時はボスは穀潰しはいらないと難色を示したが、俺は居残り組にいわゆるマッサージの手解きを教えて、ボスにマッサージをすることでボスを落とした。


今ではイモ畑や家の建設だけでなく、ボスへのマッサージも居残り組の大切な仕事の一つだ。


「まあな。すまんけどどいてくれ。早く血を抜かないと肉が臭くなる」


「ああ!すまねえな」


「他の奴らももう今日は解散だ!あとはダリアと俺で解体する」


俺の命令に狩り組の面々は嬉しそうに泣き声を上げながら、四方に散っていった。もうすでにある者は家から酒を取り出して、賭博を始めている。


「さてと、ボスが好きな心臓と脳味噌を取ったらみんなに分けよう」


「ああ」


ダリアは俺に返事をしながら、黒曜石のナイフを取り出すと大猪の首を切り裂いていく。首から滴り落ちる血液を俺は素焼きの壺に入れていく。獲物の血を飲めるのはボスやリーダー格だけだ。これを果物酒と割って飲むのがボスのたしなみだ。


いうなればゴブリンが作るワインってところだな。


大猪を解体した俺は、心臓を細かく切り裂いて猪の頭蓋骨の中に入れていく。そして脳味噌と一緒に食べるのがボスの好みなのだ。


ボスが好む部位を渡すのも、食糧を献上する役目を持つ狩場のリーダーの務めだ。


「ボス。献上品を持ってきました。若い大猪の心臓と脳味噌の和え物でございます」


「うむ、よく持ってきた」


俺が台座に座るボスの前で膝を折り、猪の頭蓋骨を持ちながら両手を手前に差し出すと、ボスの大きな手の平が大猪の頭蓋骨を握りしめる。


ボスの体長は俺たちの二倍もある。人間よりも大きいガタイだ。普通のゴブリンならワンパンで内臓を弾いて即死させれる力を持ってる。


ボスに立てつくヤツはみんなそうやって処刑されて行った。そいつらの大半は酒に酔ってのことであったが、ボスは容赦しなかった。俺が生まれて半年の間にも既に六人が処刑されている。


生まれてすぐにその光景を見た俺はこれまで酒を飲んだことは一度もない。


ボスはその大きな口で大猪の頭蓋骨を丸ごとかみ砕いた。


ボリボリと骨をかみ砕く音と共に、ボスの口から俺の手前に猪の脳汁が滴り落ちていく。人間のころであればゲボ吐いて発狂もんだが、今の俺には食欲がそそられるだけだ。


性奴隷にされている人間をみても何とも感じないし、なんならリーダーに選ばれてから俺も暇つぶしに使っている。俺がリーダーになったのはちょうど一月前。その間にも6体の子供が生まれているため、もしかしたら既に俺の子供もいるかもしれない。


もう完全に人間の頃の倫理観は欠如してしまっている。そしてそれに対しても俺は不安も後悔も感じていない。


俺は正真正銘、ゴブリンに生まれ変わったのだ。


「ボス、先程の狩りでレベルが上がりました」


「そうか、よくやった」


この集落ではレベルが上がった場合は必ずボスに報告する義務がある。レベルの高さによってはリーダー格に任命させることもあるからだ。


「それなのですが…力試しに隣の集落を攻めてみようと考えております。少しだけ里を開けることを許してはいただけないでしょうか?」


「お前一人で攻めるのか?お前は俺の為によく働いている。お前をみすみす失うようなことは許さん」


意外にも俺はボスに信用されている様だ。まぁここまで集落の為に貢献したんだ。当たり前と言えば当たり前か。


「あくまでも力試しです。危なければすぐに戻ってきます。それに私が生まれる前に隣の集落は我らを襲ったと聞きました。失った同胞を弔うためにも戦いたいのです」


頭の弱いゴブリンだったらなんとなくそれっぽいことを言っていれば、大体は説得できる。ボスも俺の話を聞いて悩み始めた。


「うーむ…奴らに討ち取られるほどの弱者のために、お前を失ってはな…」


「私は死にません!ボスに任せられた務めを全うするのが私の使命です!私を信じて頂けないでしょうか!」


俺の言葉についにボスは折れたようだ。


「良いだろう。だが三日以内に里には戻ってこい」


「分かりました。必ず里に戻ってきます」


俺は深々くと頭を下げながら笑みを浮かべた。




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