第22話 獅子ノ座 オウジャ、獅子ノ座 ヒメ
「……めちゃくちゃ甘酸っぱい青春を期待してたんだけどさ。重くない?」
「そんなこと言われましても」
打ち合わせをしに来た事務所にて。シェスタさんがなんとも言えない表情で僕に迫り、その後ろでマナコさんがうんうんと頷く。
幸いというべきか、それとも不幸というべきか、僕の黒歴史が詰まったあのギャルゲーはそこそこの勢いで売れている。
ただ。来るレビューの悉くが「重い」、「きゃっきゃうふふを期待してるならやめとけ」など、惨憺たる有様であった。
シェスタさんやマナコさんもあのゲームをプレイしたらしく、重苦しい雰囲気が彼女らの周囲を漂っていた。
「嫁さんの自殺イベント、アレどうやってクリアすんだよ…。
そもそも正解の選択肢出ねぇじゃねぇか…」
「あ、好感度足りないと出ないらしいです。
調整が割とシビアなんで、僕みたいに何が最適解で何が相手の地雷か知ってないと初見ハーレムエンド無理ですよ」
「別チャートで行こうと思ったオレが馬鹿だった」
「ギャルゲーってこんな鬼畜仕様だったかしら?」
「僕らの殺伐とした青春を元に作ってるんで、どうしても鬼畜判定にはなるかと」
ヒロインロストとかあり得るゲームだし、ギャルゲーと名乗るくせして、かなり難しい部類だと思う。
モデルとなった人たちが本当に自殺しそうになったというのが、重苦しさに拍車をかけているような気もするが。
しかもヒロインロストに関して、一部を差し引けばデメリットがそんなになく、むしろロストした方が一点攻略しやすいと言う仕様にもなっているらしい。
アイツら、身を削りすぎじゃなかろうか。
…僕を馬鹿にするためならなんだってやる奴らだ。仕方ない気もするが。
僕がそんなことを思っていると。
どどど、と地響きのような音が、こちらに近づいてきた。
「「テラス先生ェェェエエエ!!」」
現れたのは、小柄なエプロン姿の女性と、これまた大柄なエプロン姿の男性。
猪すらも真正面から吹っ飛ばしそうな勢いでこちらに駆けてくる2人に、僕はコレでもかと目をひん剥いた。
「え、あの、ちょっ…ぐふぅっ!?」
「なんと天晴れな漢よ!!共に育った友人を失い、心に傷を負いながらも人を愛することを辞めなかったその姿!!
俺は激烈に感動したぁぁああああっ!!」
「あの、あの!カッコよかったです、テラス先生!!」
「ぐ、ぐぉ…。た、助けて…」
筋肉ダルマに鯖折りにされかけながら、僕はマナコさんたちに助けを求める。
シェスタさんが男性に「苦しがってるわ」と諭すと、彼は熱い抱擁を少し緩めた。
…どうせならやめて欲しい。
地球温暖化の原因の二割くらい担ってるんじゃなかろうか、と思うほどには暑苦しい。
「誰ですか?」と問うと、2人は即座にポーズを決め、声を張り上げた。
「初めまして!
俺はライブプラス4期生、彼女と夫婦チャンネルとして活動している『獅子ノ座 オウジャ』という者だ!!
実写とモデルを合わせ、料理動画を配信したり、夫婦でゲームをしたりしているぞ!!
料理研究家とVtuberを兼業しているから、献立に困ったら俺を頼ってくれ!!」
「初めまして。獅子ノ座 オウジャの妻、『獅子ノ座 ヒメ』です。
一応、ライブプラス4期生になるよ。
夫婦チャンネルでは耐久配信とか、結構過酷なチャレンジをやってまーす」
……普通、逆じゃないか?
見た目で人を判断するのは、撲殺されても文句が言えないほどによくないことだが、そう思わざるを得ない。
「…外見だけで判断すると、イメージ逆ですねぇ」
「妻はマタギでな!クマを素手で倒したこともあるのだぞ!!」
「暴走トレーラーを真正面から受け止めたこともあるよ!」
「僕、そんなヤバい人のハグ食らったんですか?」
ベアですら耐えきれないハグを、僕みたいなマッチ棒にかまさないでほしい。
なんで僕の周りには濃いキャラばかり集まるのだろうか。
…ん?待てよ?今の職場、それが深刻な奴らが行き着く魔窟もとい掃き溜めでは?
僕もその仲間だという事実から目を逸らしつつ、そんなことを考えていると。
慌てた様子のマネージャーさんが、こちらへと向かってくるのを見つけた。
「テラス先生、獅子ノ座さん!!
打ち合わせの時間もうすぐなのに、何やってんですか!?」
「「「……あ゛」」」
時計を見ると、打ち合わせまであと30秒。
ここから打ち合わせに使う部屋まで、軽く3分はかかる。
転職して久々にやらかした遅刻に焦り、僕は獅子ノ座夫婦と駆け出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…と言うわけで。今回は『殺伐惚気話』という企画をやろうかと」
「殺伐した恋愛してるのなんて、この事務所じゃ僕だけじゃないですか」
「せっかくの強みですし!」
「僕が可能な限り思い出したくない思い出を『強み』とか言うな」
こいつら、揃いに揃って僕の過去をなんだと思ってるんだ。
脳裏に浮かぶ黒歴史の数々に身震いしながら、僕はマネージャーに抗議を続ける。
「自分で言うのはアレですけど、僕みたいに闇の深い青春と張り合える程にインパクトのある惚気話って、そうそうないですよ?」
僕が言うと、2人の眉がぴくりと動く。
流石に失礼だったか。
僕が謝ろうとすると、それを遮るように、2人は勢いよく立ち上がった。
「テラス先生!あなたが闇の深い惚気をするというのならばッ!!
我々はその百倍煌めく愛を囁こうッ!!」
「あなた、愛は囁くものじゃないわ!大きく叫ぶものよ!!」
「……っ!?嗚呼、妻よっ!!
つまらん慣用句に囚われ、今にも身を裂きそうなこの愛を、小指の先ほども伝えられなかった俺を許してくれ!!」
「ええ、許すわ!だって私、全身全霊であなたを愛してるもの!!」
「ありがとう!俺も魂を賭けて、お前を愛し続けよう!!」
「……ああ、えっと。はい」
ひしっ、と抱き合う熱々夫婦を前に、僕は表情を引き攣らせる。
新婚さんであれば、この熱量も頷けるな。
そんなことを思っていると、マネージャーさんが深いため息を吐いた。
「結婚20年目でいまだに熱々なのはいいことですが、外では控えてください。
上の方のお子さんたちも、そういうのは気にする年頃でしょう?」
………え?に、20年?
不躾にも、僕は抱き合う2人をまじまじと見つめる。
うむ。夫の方は多少老け顔であるものの、どう見ても二、三十代にしか見えない。
僕が困惑を露わにしていると、獅子ノ座夫婦は胸を張り上げた。
「はっはっはっ、心配するな!
愛に生きる俺たちの子どもたちなのだ!!
この溢れんばかりの愛を注ぎ、愛を教え、愛を育んでいる!!」
「ふとした時に『愛してる』と言えない人生なんて、おかず無しでご飯を食べようとしてるようなものよ!!」
あかん、浄化されそう。
僕、この2人と惚気話で対決すんの?
勝てる見込みのない勝負を前に、非常に複雑な気持ちになりながら、僕は「よろしくお願いします」と手を差し出した。
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