第6話 どうしても聞かせたくて
――キン、キン
金属がぶつかり合う音がラボの奥から鳴り響く。
ラボを守るのはこのラボ唯一となった戦闘用ゴーレム、ゴーレムⅠ。
そしてそのゴーレムⅠと戦っているのはジャイアントオーク。
普通のオークより一回り大きいジャイアントオークは恐らく人間から奪ったものであろう剣を全て大振りする。
リルであれば余裕で躱し、リントであるならその筋力によって余裕で受け止めるであろう一撃をゴーレムⅠはひたすら受け続けていた。
「損傷……甚大。使用可能兵装……僅か。魔力供給量……微量。状況……絶望的」
ゴーレムⅠは攻撃を受けつつそう分析する。
ゴーレムⅠが本来のスペックを出せていたのであればジャイアントオークなど敵では無かったであろう。
元々ゴーレムⅠは試験的な意味も込めてハイスペックに造られており小国であれば一機で殲滅できると彼のマスターが確信する程の兵装も持っている。
だがゴーレムⅠが戦い続け既に二百年が経過している。
装甲はボロボロでいつ剥がれ落ちても可笑しくない。
兵装を転送するための魔力も殆どない。
長きに渡る本格的なメンテナンス不足のために最近では思考パターンも上手く纏まらない事すらある。
「継続。戦闘……続行します」
だがそれでもゴーレムⅠは諦めはしない。
如何に手足の部品がショートしようと立ち上がるつもりでいる。
あまりに機械らしくない思考にゴーレムⅠは自分が壊れているのではないかとサーチしようとするがキャンセルをする。
「動揺。……これが心」
この思考の振れ幅がエラーでないとすればこれはあの客人に教えて貰った心ではないかとゴーレムⅠは思考する。
何故彼の創造主であるマスターが心を持たせたかはゴーレムⅠにも分からない。
マスターはゴーレムⅠに理由を教えはしなかったし彼自身も当時は心についてよく分かってはいなかった。
だがマスターがする事に無駄は無かったとゴーレムⅠはログを見直す。
故にこの心と言うシステムも必ず必要になるはずであるとゴーレムⅠは結論づける。
(思考。……不思議な人間)
突然としてゴーレムⅠは会ったばかりである与人の事を考える。
当初はただの侵入者であったが短時間で自分にほんの一部であるが心について理解させ何故かメンテナンスを買ってでた異世界の人間。
時間にすれば僅かであるがその時間は人との交流など無かったゴーレムⅠにはとても新鮮であった。
故にゴーレムⅠは唯一の客室に居るであろう与人も守る気でいた。
唯一の客人であるため、そうプログラミングされているためなど理由は様々であるが実際はゴーレムⅠが与人を死なせたく無かったのである。
――だがそんな思いとは違い敗北は近づこうとしていた。
ガキン!!
「!?!?」
ジャイアントオークの一撃がゴーレムⅠにとって非常にまずい頭部に当たってしまう。
硬く造られてはいるが精密なパーツが多い頭部はメンテナンスが不十分な現在では最も危険な箇所であった。
現にゴーレムⅠは膝を屈して動けない状況になってしまう。
「機能停止。……再起動までの時間算出……四分」
自分にとって痛恨の痛手となる時間を算出したゴーレムⅠはそれでも可能な限り起動システムの再起動を速める。
それは人間的に言えば悪あがきに等しい行為であったがそれでもゴーレムⅠは諦めたくなかったのである。
彼のマスターに託されたモノを守るためにそのような選択をするわけにはいかなかったのである。
――だがそんな彼をあざ笑うが如くジャイアントオークは宝物が大事に仕舞われている部屋への入り口に近寄っていく。
「!! 警告。それ以上進むな。繰り返す、それ以上進むな」
だがゴーレムⅠの警告も空しくジャイアントオークは止まらない。
もしかすれば先ほどの戦闘でこの部屋を守っていたのに気づいたのかも知れない。
ジャイアントオークに知性があるかどうかも不明であるがそのような事はゴーレムⅠにはどうでもいい事であった。
「選択。自爆の選択肢を考慮」
このまま彼のマスターの宝物がジャイアントオークに蹂躙されるぐらいであればと例え僅かな魔力であろうと道連れに出来る選択をしようと自爆のシークエンスを進めるゴーレムⅠ。
「任務続行不可。……申し訳ありませんマスター」
ゴーレムⅠが自爆の最終決定のコードを読み込もうとした時であった目の前を何かが通った。
その物体はジャイアントオークに当たりその動きを止める。
ダメージにもなっていないようなものであったが不快に思ったのかジャイアントオークは後ろを振り向く。
そこには投球フォームのまま固まっている与人の姿があった。
「不明。……どうして」
ゴーレムⅠは驚きでそう口にするほか無かった。
(や、やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
ジャイアントオークが見つめる中で与人はそう思わざるをえなかった。
本来であれば小さなガレキを体に投げつけ気を逸らすのが与人の計画であった。
だが思っていた以上にノーコンになってしまいよりにもよって頭部に当たってしまいしかもそれに動揺して隠れるのも忘れてしまった。
(どうする!? どうする!? あれってオークだよな! 知ってる奴よりデカいけど! だったら『スキル』も通じないし!)
混乱する頭の中で必死に打開策を考える与人であるがそう簡単に浮かぶ訳も無くジャイアントオークが徐々に与人に近寄って来る。
(え? ちょっ! 近づいて来てるけど! どうする!? どうする!? ……えぇいどうにでもなれ!)
そう思って与人はジャイアントオークに接近し腹部に手を当てる。
「……」
「……」
その時間はとても静かな時であった。
ジャイアントオークを意味不明そうに与人を見つめ。
与人はその視線を感じひたすら冷や汗を掻いている。
そしてジャイアントオークは得物である剣を大きく振り上げる。
「や、やっぱり無理だったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう叫びながら与人は辛うじて振り下ろされた剣を回避する。
その後も剣を振るうジャイアントオークであったが全て大振りであるため素人である与人も紙一重で回避を続けられていた。
「死ぬ! 本当に死ぬ!」
だがそんな事を分析する余裕すらなく与人は無様に避け続ける。
「オイ! 聞こえてるかゴーレムⅠ! 聞こえていて動けるならここから逃げろ!」
「……返答。聴覚機能に問題なし、されど撤退という選択肢は当機にはあり得ない」
「破壊されるぞ! それでもか!」
「回答。マスターが残したモノを守れるのであればそれも当然。寧ろ何故客人がここにいるのかが不明」
「それは! ああ、もう面倒くさい! いいからコレを聴覚機能を最大にしてよく聞け!」
と言って与人は例のスマホをいじり、あるアプリを起動する。
《あ~、テステス。聞こえているかなゴーレムⅠ》
「驚愕。その声は間違いなくマスターの声です」
ゴーレムⅠは平坦な声でありながらどこか驚きを含んだ声で自身のマスターの声であると断定する。
それによって歓喜の感情がゴーレムⅠにあふれ出す。
《最初に言っておくがこれはボイスメモという機能で……まあつまりは音声を記録しただけのアプリだから》
「……落胆。ですが何故マスターはこの様なモノを」
ゴーレムⅠが知る限りではボイスメモという機能は無かった。
となれば急遽必要になって作られたとみて間違いないと考えていた。
《うん。察しがついているかも知れないけど、今現在進行形で僕は危機的状況にある。具体的に言うとドジをして『グリムガル』の兵士に追われている》
「!!」
思わず助けに行こうと機体を動かそうとするゴーレムⅠであったが続くマスターの言葉にそれは挫かれる。
《ハハ、君の慌てる様子が目に見えるようだけど残念。僕の体力だともうすぐ捕まるのは目に見えている》
「! マスター」
この記録がいつのモノにせよ既にマスターは『グリムガル』に捕まっている。
その事実と今まで経過した時間を考えればマスターがどうなったかは分かり切った事であった。
《けどね、そんな事はどうでもいいんだ。何より気になるのはゴーレムⅠ、君だよ》
「……? 当機?」
思わぬ展開に混乱するゴーレムⅠをよそにマスターは語り続ける。
《君は頑張り屋だから僕の命令を愚直に守ってそうだな。……二百年ぐらい頑張ちゃったりするかも知れないね》
「正解。さすがはマスター」
自分の事をよく理解しているマスターに称賛を送るゴーレムⅠであるが疑問は膨れ上がる一方である。
《まあ、何年経っているにせよこのボイスメモを聞いているならゴーレムⅠ。君に命令した全てを今ここに解除する》
「!! マスター! 何を!!」
理解出来ないでいる思考とは裏腹に自身のマスターの声を認識したプログラムは命令を次々に解除していく。
「困惑。どうしてマスター」
《今、君はどうしてこんな事をするのか分からないだろう。うん一言で言えば君のためだ》
「当機の……ため?」
《僕は『スキル』の限界を試すために同志たちと共に君を心を持つものとして生み出した。その後も造り出したけど一番心というシステムが馴染んだのは君だった》
「……肯定」
ゴーレムⅠから見ても他の四機の心は乏しく上手く行ってないように見えた。
《だから君の心の発達の為に……まあ一番は僕の暇つぶしのために沢山の事を話した。君に関係ある話もない話もね》
「……」
そう彼のマスターと一番会話したのは自分だと言えるほどの会話をしてその全てをログとしてゴーレムⅠは残している。
《そうしている内にね。……言葉にすると恥ずかしいな。君は僕にとって一番の宝物になったんだ。部屋に仕舞っている例のモノよりも、ね》
「!! 言語化不可」
それはゴーレムⅠにとって世界を揺るがすような衝撃であった。
彼の思考パターンが止まりかけるのを知ってか知らずかマスターはまだ話を止めない。
《君の衝撃を受けている姿を見れないのは残念だが、それはこのボイスメモを届けてくれた者に託すとするよ》
「……」
ゴーレムⅠは未だ息絶え絶えの状態になりながら、避け続ける与人を視覚情報に捕らえる。
《どんな『スキル』を持っているにせよ、『神獣の森』でウロチョロしてるなら僕と同じ異端児なのは違いないから君を受け入れてくれるはずだよ》
「マ、スター」
《とにかく、君が幸せである事を僕は祈る。それでも受け入れられないと言うのであれば……命令として聞いてくれ自由に生きろゴーレムⅠ》
「マス、ター」
ゴーレムⅠは思考が定まらない。
何もかもがグチャグチャで言語化機能すら正しく機能しない。
もし彼がこの感情の名を知っていたとするならこう表していたであろう。
悲哀と。
《おっと残念だけど隠れていたこの場所も見つかったらしい。僕にも意地があるからね、出来る限り逃げて困らせるつもりだよ》
「……」
《じゃあ直接言えないのは寂しいけどここでお別れだ、達者でゴーレムⅠ。僕の本当に大切なモノへ。……追伸、メンテナス方法は予備に書き記したものがスマホに入っているのでそれを参考に》
「……さようなら、マスター」
「ゼェ、ゼェ……。もう、無理」
ゴーレムⅠが見てみれば地に這いつくばった与人に向かってジャイアントオークが剣を振りぬこうとしていた。
「!! バーニア起動!!」
それを理解すると迷いなくゴーレムⅠは動けるようになった体で非常用のバーニアを起動させジャイアントオークに体当たりをする。
ジャイアントオークの中では倒したと認識していたのか避ける事無く体当たりが当たり壁にめり込む。
その隙に延びている与人を回収して反対側に移動する。
「あ、ありがとう」
「陳謝。こちらこそ、無理をさせて申し訳ありません」
「あ、あいつは?」
「推察。……残念ながらまだのようです」
ゴーレムⅠの言う通り壁にめり込んではいるが藻掻くのが見て取れるためどうやら生きているようだ。
「クソ! やっぱり逃げるしか……」
「考察。あなたにはこの場を打開する策があるのでは?」
「はい?」
「追想。あなたが最初に行った行為は逃げるのでも攻撃するのでも無くただ触れるという行為でした。つまりは『スキル』の使用条件が対象に接触する事であり、そしてこの場を打開するだけの力を持った『スキル』であると推定されます」
「そ、それは……」
「提案。その『スキル』は当機に使用可能でしょうか?」
「……」
ゴーレムⅠの申し出に目が泳ぐ与人であったが意を決して話し出す。
「確かに俺の『スキル』はこの場を打開するかも知れない。けどこの『スキル』前例がなさ過ぎて詳細がよく分かっていない」
「要約。つまり」
「何が起こるか分からないから、その……データとかログとか飛ぶかも」
「即決。考えるまでもありません」
そうゴーレムⅠにとっては考えるまでもない。
確かに自分にとって大切なデータやログはある。
だがそれと引き換えに自分自身を守れなければ、こんな自分を宝物と呼んだマスターに申し訳がない。
「決断。『スキル』の使用を、早く」
見ればもう既にジャイアントオークは壁から抜け出そうとしている。
「わ、分かった」
そう言って与人はゴーレムⅠに触れ『スキル』を強くイメージする。
するとゴーレムⅠは光輝き出し徐々に人の体になっていく。
だがそれに反応したのか壁から抜け出したジャイアントオークが与人たちに向けて迫り剣を振るう。
しかし剣は何かによって弾かれジャイアントオーク自身も大きく後退する。
そして光の中から少女が現れる。
「出力……四割で安定。使用可能兵装……同じく四割。損傷……軽微。戦闘実行可能と判断、これより客人を……否定」
「私の新たなマスターを守ります」
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