第27話 ネームドゴブリン・ゴリの回想
『よう、みんな久しぶりだな……。俺はゴブリンキングのキンさんから名を名付けて貰ったネームドゴブリンのゴリ……。ここでは、知られざるゴブリンの生態について少し話をしよう』
ゴリは、ヒナタから貰ったバナナをミルクと混ぜて作ったバナナミルクを飲みながら指を3本立てる。
『ゴブリンには、3種類のゴブリンが存在する。ここでいうゴブリンは、ハーフゴブリンやゴブリンの上位個体、ホブゴブリン、ゴブリンキング、ゴブリンクイーンのことではない。一般的なゴブリンとネームドゴブリン、そして、亜種ゴブリンのことだ……。おっ? 亜種ゴブリンってなんだと思っただろ?? 焦るなって、まだ話は始まったばかりだ……』
ゴリはお手製のバナナチップスを軽く摘まみ、よく咀嚼して食べると、バナナチップスを摘んだ指を美味そうに舐める。
『まあなんだ……。一般的なゴブリンというのは、膂力と生命力が強いのが特徴で、それ以外なんの取り柄も持たない数だけの雑兵だ。まあ、こいつ等についてはどうでもいい。問題は残り2種類のゴブリンについて……。ネームドゴブリンは、上位個体に名を与えられ進化した特殊スキルを持つゴブリンの総称。そして、亜種ゴブリンは、魔力を持つ生き物がゴブリンの魔石を体内に取り込むことにより進化したゴブリンの総称だ……。俺も若い時、一度だけ戦ったことがあるからわかるが、アレはゴブリンの中でも別格……。下手をしたらネームドゴブリンである俺より強いかも知れない存在だ。噂をすればほら……。丁度2体、新たな亜種ゴブリンが生まれたみたいだぜ?』
ゴリが城塞都市マカロンに視線を向けると、雲が黒く渦巻くのが見える。
『ホブゴブリンのホブさんがあの集落に人類の裏切り者として送り込んだ、亜種ゴブリン候補は2体。おっと、そんなことを言ってる場合じゃなかったな……』
ゴリは、バナナチップスを豪快に口に放ると、それをバナナミルクで流し込む。
そして、襲いくる城壁の巨人の攻撃をバックステップで交わすと、巨人の足に優しく触れた。
『ヒート』
そう呟くと、ゴリが触れた場所を起点に黒い炎が発火し、巨人の足が燃え上がる。
ゴリの炎は込められた魔力が尽きるまで消えぬ炎。
ゴリの炎により延焼した城壁の巨人が動き炎を撒き散らす度、炎で周囲が焼かれていく。
『グケケケッ! 俺に触れたら火傷じゃ済まないぜ! しかし、ヒナタが気になって様子を見にくれば、中々、面白いことになっているじゃあないか』
城壁の巨人。
あれは、あの集落の長が使うスキル。
『ボブさんが手間取る訳だ。あんな化け物を複数体相手取るのは、流石の俺でも少し手間取る。まあ、手間取るだけだがな……』
城壁の巨人の足下に移動すると、ゴリは手に持っていた棍棒をフルスイングし、炭化し、脆くなった城壁の巨人の片足を砕く。
バキベキバキョ!
城壁の巨人の足を砕き、笑みを浮かべるゴリ。しかし、数瞬後、足を砕き倒したことを後悔することとなる。
『あ、ヤベッ……』
そう呟くと同時に、倒れゆく城壁の巨人。
その先には、倒れゆく城壁の巨人に慌てふためく同胞の姿があった。
『『――ゲギャアアアアアアアアッ!!』』
――ズウウウウウウンッ!(城壁の巨人が倒れる音)
戦場に響くゴブリンの悲鳴。
多くのゴブリンを巻き込み倒れ込む城壁の巨人。その光景を目の当たりにしたゴリは自らの頬を軽く掻く。
『あー、なんだ……。城壁の巨人の質量を利用した捨て身の攻撃。流石は集落の長だな。やることが中々にエゲツない』
実際には、ゴリが周りの状況を確認せず、城壁の巨人を倒したからこうなった訳だが、ゴリは自分のせいでこうなったと認めない。
『俺は悪くない。うん。俺は悪くないぞ。あー、流石の俺も同胞を盾にされちゃあ、手も足も出ないぜ』
その同胞も外にいるゴブリンはほぼすべて今の一撃で城壁の巨人の下敷きとなった。すべての責任を敵に押し付けると、周囲に上がった炎を消し去り、脱兎のごとく逃げていく。
(――証拠隠滅。黒い炎が消え去れば、誰も俺がやったとは思うまい……)
元より戦況はこちらの方が圧倒的に不利。ネームドゴブリンやホブゴブリンが戦線に駆り出されていないのだから当然だ。
『グケケケッ! 逃げるが勝ちってね。ヒナタのことは気になるが仕方がない。死んでいたら死んでいたで
ユニークやホブゴブリンは、新しい同胞の誕生を察知することができる直感に近い能力が予め備わっている。
(――しかし、今回誕生したのは、ゴブリンの亜種……。ゴブリン・シャーマンとゴブリン・ジェネラルか……)
ホブゴブリンのボブが城塞都市マカロンに送り込んだ人類の裏切り者は2人。その両方がハーフゴブリン化している。
そして、ハーフゴブリンが亜種ゴブリンに進化するためには、ゴブリンの心臓たる『ゴブリンの魔石』。そして、思わず絶望感を抱くほどの『恐怖心』または身を焦がすほどの『復讐心』といった感情が必要となる。
(――グケケケッ! まあいい。集落の長以外に恐怖心を植え付けることができる野郎が他にもいることには驚かされたが、亜種ゴブリンが2体も生まれるとは実にめでたい。ゴブリン・ジェネラルがあの集落を落としたらヒナタを呼び出し、存分にバナナを食べさせて貰おう)
心の中でそう思うと、ゴリはゴブリンの森に向かって走り出した。
◆◇◆
「『おや……? これは……』」
黒く渦巻く雲に、重苦しい空気。
マスの体がビクンの跳ねると、全身を卵型の闇のベールが覆い隠す。
(こ、これって、拙いんじゃ……)
ヒナタがそう思うのも束の間。闇のベールに亀裂が走ると、中から亜種ゴブリンに変貌したマスが姿を現した。
「『ほぅ……』」
目の前で亜種ゴブリンに進化を遂げたマスの姿を見て、テールスが息を吐くと、マスは手に持った剣を振り上げる。
マスが手に持つ剣は、進化の過程で生まれた剣。
『ゴブリン・ジェネラル……』
マスは亜種ゴブリン化した自身のことを、そう認識すると、口を三日月状に歪める。
そして、剣を振るうと、黒い斬撃がテールスを襲う。
「ヒナタ君!」
「『うっ⁉︎』」
『第六感』によりゴブリン・ジェネラルに進化したマスが攻撃を仕掛けることを予知したモーリーがヒナタを押すと、ヒナタのいた場所に黒い斬撃が走る。
ズザンッ!(斬撃で大地が割れる音)
耳を劈くような轟音。
斬撃の走った場所に視線を向けると、そこには大きく深い裂け目ができていた。
その光景を見て戦慄するモーリー。
そんなモーリーの姿にマスは笑みを浮かべる。
『――ゲゲゲッ! 力が……! 力が溢れてくる! これがゴブリン化……。素晴らしい。素晴らしい‼︎』
戦況は一変した。
思わずそう考えてしまうほどの存在感を発するマスの姿に、モーリーは顔を引き攣らせ汗を流す。
通常のゴブリンは、人並外れた生命力や膂力を持つ代わりにスキルを持たない。
しかし、ゴブリンの上位種や亜種、ユニークに関しては話が別だ。
特に、ゴブリン化によりスキルが進化した存在は別格。
人間であった時、持っていたスキルがもう一段階進化する。
『魔眼……』
マスがゴブリン化する前のスキル『魔眼』は、相手の魔力量を測るただそれだけのスキル。
しかし、ゴブリン化したことにより、そのスキルは視た者の魔力を操る力に様変わりする。
『ゲゲゲッ……! 人間にしては中々の魔力だ……』
モーリーの魔力量を視たマスがそう呟くと、マスはモーリーに指を向ける。
『お前のお陰で多くの同胞を失った。決めたぞ。お前……。ハーフゴブリンになれ……』
ここには、多くのゴブリンの死体が散乱している。
そして、死んだゴブリンは一定の時間が経つと、体が魔素に変わり空気中に溶けるように消えていく。
本来、ゴブリンを除く生き物は魔力を持たない。
にも拘わらず、なぜ人間が魔力を持っているのか……。それは、空気中に溶け込んだ魔力の素となる魔素を体内に取り込んでいるためだ。
アレルギー素因を持つ人の体の中に魔素が入ると、魔素に対し、抗体がつくられる。
それが、ゴブリン以外の生き物に与えられた魔力とは違う生体エネルギー、ルミナス。しかし、その抗体たるルミナスも魔素がある一定量に達すると反転し、ハーフゴブリンへと体を変える元となる。
「――う、ぐぁああああっ!?」
マスに指を指された瞬間、頭を抱え苦しみだすモーリー。
マスが周囲の魔力をモーリーに集中させているのだから当然だ。
ニヤリと笑うマス。
「――貴様の好きなようにはさせんよ」
すると、どこからともなく声が響き、マスの頭上に手のひら状の影が射す。
「ハードリクトッ!」
ズドォォォォンッ‼︎
ハードリクトによる巨人の一撃。
一瞬早く気付いたマスが頭上に向かって、剣を振るうと、黒い奔流がハードリクトの巨人を襲う。
(す、凄い……)
まるで、バトル漫画のお約束のような展開にヒナタは思わず語彙力のない言葉を心の中で呟く。
2人の攻撃が交差した結果、舞い上がった土煙……。土煙が晴れると、そこには、剣を片手に平然とした面持ちのマスと、腕の欠けた巨人の姿があった。
「ほう。中々、やりよる……」
『お褒めに預かり幸いだね』
歴然とした力の差を確認したマスが剣を振い追撃の一手を仕掛けると、片腕を失った巨人が大きく膝を上げるのが見えた。
(あ、あれは……。まさかっ⁉︎)
そう思ったのも一瞬のこと。
「この辺り一帯のことを気にしている余裕はなさそうだ……」
そうハードリクトが呟くと、巨人の足が大地を穿つ。
――ズウウウウンッ!(大地が割れる音)
大地が割れ地下洞窟へ落ちていくマスと、体勢を崩し、崩れゆく巨人。
そんな巨人の姿を見て、マスは大きな声を上げる。
『ハードリクトッ! 貴様ァァァァ‼︎』
「お前の相手は後ほどしてやる。瓦礫の下で暫し待て」
ハードリクトがそう呟いた瞬間、巨人が瓦礫へと変わり、マス目掛けて落ちていく。
『ク、クソォォォォ!』
瓦礫に呑まれたマスが怨嗟の声を上げる中、崩落の危機から免れることができたヒナタの前にハードリクトは降り立つ。
「すまないな。私の読みが外れたようだ。まさか、マスが亜種ゴブリンに転じようとは……」
ハードリクトにとっても今回のことは想定外。
「外にいるゴブリンは軒並み討伐した。後のことは私に任せて、お前たちは逃げなさい。危険はないはずだ。少なくとも、ここよりは……」
それほどまでに危険な相手なのだろう。
そう呟くと、ハードリクトか表情を曇らせる。
「親父は……。親父はどうするんだよ……」
ハードリクトは、マスが埋まる大地に視線を向けると、モーリーたちをその場に残し、ゆっくり歩き出す。
「……私は城塞都市マカロンの領主としての役割を果たす。安心しろ。奴は私が片付ける。命を賭してでもな……。だからお前も領主の息子としての責任を果たせ」
(亜種ゴブリンとは、それほどまでに危険な存在なのか……)
ハードリクトの決意を目の当たりにしたヒナタは、心の中で生唾を飲む。
「……わかった」
そう呟くと、モーリーはヒナタの体をお姫様抱っこで持ち上げた。
(へっ?)
意味がわからず、心の中で呆然と呟くヒナタ。
「ヒナタを安全な場所に送り届けたら必ず戻る。親父、それまで死ぬんじゃないぞ」
そう言うと、モーリーは脱兎の如く駆け出した。
そんな中、その様子を心の中で見ていたヒナタは……。
(え……。ええええええええっ⁉︎)
モーリーのタックルを受け気絶したテールスの姿を心の中から見て絶叫を上げた。
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