第20話 第六感

 教会に併設された孤児院。

 エナとナーヴァがこの教会の元神父、ゲスノーに誘拐されたことを聞いたヒナタは掌を強くにぎりしめる。


 子どもたちの話によると、ゲスノーはヒナタに対して決勝戦で負けることを要求してきたらしい。

 決勝戦で負ければ、エナとナーヴァに課された借金は返済できず、借金奴隷となる。

 奴隷となった者の末路は悲惨だ。買い戻すにしても返済金額以上の金がかかるし、そもそも買い戻せるとは限らない。

 教会もゴールドメッキ商会の手に渡り、子どもたちは人身売買の恐怖に怯えながら生活を送ることになる。


「俺はどうしたら……」


 このことは誰にも相談することはできない。

 打開策はないかと考えを巡らせていると、テーブルの上に置かれた書類が目に付いた。


「これは……」


 ヒナタが手に取ったのは、教会からの提案書。

 書類を手に取り目を通すと、そこには教会側がエナとナーヴァの借金を肩代わりする旨が書かれている。

 この提案書の内容を実現させるためには、商業ギルドで手続きを行う必要があるようだ。

 しかし、勝手に手続きを進めることはできない。手続きを進めるためには、エナかナーヴァからの委任状が必要となる。


 どうするべきか考えあぐねていると、孤児院の扉を叩く音がした。


「すいません。近隣の住民から通報がありましてお話を伺いたいのですが、誰がいませんか?」

「――うん? この声は……。モーリーさん?」


 書類を片手に立ち上がり扉を開けると、そこには東門の門番、モーリーの姿があった。


「ヒナタ……? ヒナタじゃないか、なんでヒナタが教会に? ああ、そういえば、教会にお世話になっているんだったな。話が早くて助かる。近隣の住民から子どもの泣く声がすると通報があったんだ。すまないが話を聞かせて貰えないか?」

「はい。もちろん、それは構わないのですが……」


 背後に視線を向けると子どもたちは首を振る。

 その表情からエナとナーヴァが攫われたことは話さないでほしいという気持ちが見て取れた。

 ヒナタは子どもたちの気持ちを汲み取ると、モーリーに向き直る。


「この教会のシスターであるエナさんとナーヴァさんが帰ってこないことを不安に思った子どもたちが泣いてしまったみたいなんです。お騒がせして申し訳ございません」


 ギリギリ……。

 ギリギリではあるが、エナとナーヴァがゲスノーに誘拐されたことは言っていない。

 モーリーには、人を見る力がある。それは、門番を長年勤めてきた経験という名の力。観察眼といっても過言ではない。そんなモーリーに下手な嘘は通じない。

 だからこそ、ヒナタは話すことのできるギリギリを見極め、モーリーに打ち明けた。

 ヒナタの話を聞き、モーリーは頷く。


「……なるほどな。シスター2人が行方不明か。話はわかった。その2人については、こちらで捜索しておこう」

「ありがとうございます。それと、2人が失踪したことと関係あるかわからないのですが、少し相談に乗って貰えませんか?」


 手に持っていた教会からの提案書を渡すと、モーリーは神妙な表情を浮かべる。


「これは……。それで、相談とは?」

「はい。実は……」


 察しのいいモーリーのことだ。

 教会からの提案書。これを読んだだけで大体のことを理解したはず……。

 この場に来てくれたのが、モーリーで本当に良かった。


 ヒナタはモーリーに頭を下げてお願いする。


「力を貸して下さい。彼女たちを助けたいんです」


 現状、ヒナタが頼れるのはモーリーをおいて他にいない。


「なるほどな……」


 モーリーは教会からの提案書を読み返すと、ヒナタの肩を叩く。


「……わかった。微力ながら力になろう。これは私が預かっても構わないか?」


 ヒナタが教会からの提案書を持っていても有効に活用することはできない。


「はい。よろしくお願いします」


 再度、深々と頭を下げると、子どもたちも頭を下げる。


「「「お願いします‼︎」」」


 ポカンとした表情を浮かべるモーリー。

 モーリーは歯を見せ笑うと、子どもたちに問いかける。


「君たちはシスター、エナとナーヴァが好きか?」


 突然の問いかけにポカンとした表情を浮かべる子どもたち。しかし、質問の意図を理解すると、子どもたちは口々にエナとナーヴァへの気持ちを打ち明けていく。


「好きだよ? 好きに決まってるじゃん」

「私たちを拾い上げてくれたのがエナ姉とナーヴァ姉だもん」

「毎日を楽しく過ごせるのはエナ姉とナーヴァ姉のお陰、嫌いなはずないじゃん」


「そうか……」


 子どもたちの回答を聞き、モーリーは軽く目を瞑った後、はっきり目を見開き大きな声で言う。


「なら絶対に助けなきゃだな。この地を治める領主一族、マカロンの名に誓おう。エナ、ナーヴァの両名は、私たちが必ず助ける。だから安心して待つといい。ヒナタも明日の決勝戦、頑張れよ」


 そう言うと、モーリーは颯爽と去っていく、


 決勝戦で負けることを要求されている以上、ヒナタがエナとナーヴァの抱えた借金を肩代わりするのは難しい。

 だが、ヒナタに対して親身になって接してくれたモーリーであれば、きっと力になってくれるはずだ。


「よかった……」


 そう呟くと、ヒナタはその場にへたり込んだ。


 ◇◆◇


「――コリー、いるか?」


 教会併設の孤児院を出たモーリーは、ヒナタから受け取った提案書を手にそう呟く。


「……はい。ここに」


 コリーは裏路地から姿を現すと、モーリーに向かって頭を下げる。


「これを……」


 モーリーは手に持っていた書類をコリーに手渡す。

 コリーが手渡されたのは、教会側がシスター2人の抱えた借金を立て替える旨が書かれた書類。

 教会からの提案書を受け取り内容を確認したコリーは目を見開き顔を強張らせる。


「これは……」

「ああ、ゴールドメッキ商会が手を回したようだ。どうやらあの土地の地権者であるシスターに借金を背負わせ、教会の土地を手に入れようとしているらしい」


 元神父、ゲスノーがあの教会にいた頃、教会の地下で行われていた孤児の人身売買にゴールドメッキ商会が関わっていたらしいというのは専らの噂だ。

 証拠こそないが、ゲスノーの脱獄に関わっていたという噂もある。


(――人身売買に使っていた地下空洞は埋め立て使えなくしたと報告があったが、その埋め立てを確認したという役人は行方知らず……。そして、その埋め立てを行ったのはゴールドメッキ商会……)


「商業ギルド経由で教会と連絡を取りこの提案書の内容を有効にしろ。私の第六感がそうするべきだと言っている。間に合わないようであれば、私の私財を以って借金の肩代わりしても構わん」


 モーリーの保有するスキルは、『真実の眼』と『第六感』の2つ。

 真実の眼は、真を見抜き、偽りを罰するスキル。第六感は、未来の道標を視るスキル。

 モーリーの言葉にコリーは目を見開かせる。


「……まさか、第六感が働いたのですか?」


 モーリーのスキル『第六感』は、モーリーの人生において重要な出来事と直面した時、初めて発動するスキル。


「ああ、そうだ……」


 モーリーがこのスキルに目覚めたのは10歳の誕生日。その日、モーリーは目蓋の裏に複数の未来を視た。

 視た未来は、誕生日を迎えた日に毒殺される未来。そして、毒殺に抗う未来。

 モーリーは、第六感のターニングポイントとなった人を味方に加えることでこれを回避した。

 そう。家族を人質に取られ、モーリーを毒殺するよう脅されていたコリーを味方に付けることで……。


「それで? あなたは一体なにを視たのですか?」


 そう尋ねると、モーリーは真剣な眼差しをコリーに向ける。


「……滅びを、マカロンが滅ぶ未来を視た」


 その言葉を聞き、コリーは息を飲む。


 モーリーが視た未来は、ゴブリンの軍勢に襲われ滅ぶマカロンの未来と、いつもと変わらぬマカロンの未来。

 滅ぶ未来にヒナタの姿はなく、もう一方の未来に笑顔を浮かべるヒナタの姿が視える。


「一つ言えることがあるとすれば、滅ぶ未来にヒナタくんはいなかった。逆に、もう一方の未来には、楽しそうに笑うヒナタくんとシスターの姿があった。つまり、ヒナタくんを助けることこそマカロンを救うことに繋がる。コリー、彼を助けるぞ」

「はい。わかりました」


 モーリーの言葉を受け、コリーはすぐに行動に移す。


「私は商業ギルドへ向かいます」

「ああ、よろしく頼む。私はこれからやらなければならないことがあるからな……」


 モーリーの視た滅ぶ未来に、ゴブリンを手引きする軍務卿とゲスノーの姿があった。


「ゴールドメッキ商会だけの話ではない。軍務卿も絡んでいるのか……」


 決勝戦には、軍部の推すハーフゴブリンが出場する。

 そして、そのハーフゴブリンを軍部に提供したのは他でもないゴールドメッキ商会……。

 明日の決勝戦で軍部の推すハーフゴブリンが優勝すれば、対ゴブリン用の切り札としてハーフゴブリンが軍用される。


「まったく……。とんでもない陰謀に巻き込まれたものだ……」


 ハーフゴブリンの軍用は既定路線。

 明日の決勝戦が行われる前に、ヒナタが安心して戦うことができるよう手配しなければならない。

 モーリーは頭を掻きながら悪態を吐く。


「俺の第六感も、もう少し早く働いてくれればありがたいんだけどな」


 今日明日では、闘儀の中止を求めることも、軍部を追求することもできない。


「まったく、使いづらいスキルだよ……!」


 そう呟くと、モーリーは闘儀の行われる城へと向かった。


 ◆◇◆


 決勝戦当日。浮かない顔をしたヒナタが闘儀場入りすると、割れんばかりの歓声が闘技場内に響き渡る。


(――結局、エナさんとナーヴァさんは戻ってこなかった。となると、腹をくくるしかないか……)


 現状、エナとナーヴァを助ける手立てがない以上、誘拐犯の要求通り決勝戦で負ける必要がある。

 モーリーを信じていない訳ではないが、誘拐犯を捕らえエナとナーヴァを解放することは容易ではないのだろう。

 昨日の今日ともなれば当然だ。


(――今は、自分にできることをやるしかない)


 闘技場内に備え付けられた時計の時刻は9時を表している。

 借金返済は今日の正午……。まだ3時間も時間が残されている。

 なら、ヒナタにできることは、時間ギリギリまで粘る、ただそれだけだ。


 ヒナタは両頬を手で叩くと前を向く。

 すると、向かいの出入り口から姿を現した相手選手がヒナタを見て軽く笑みを浮かべるのが見えた。

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