第18話 その頃、キンメッキは……②

「なっ、あれは……!」


 軍にスカウトされているヒナタを見て、キンメッキは顔を強張らせる。


「軍務卿……。これは一体どういうつもりですかな……⁉︎」


 闘儀で名を馳せた者を、軍がスカウトすることは別に珍しいことではない。

 事実、これまでも闘儀で優秀な闘績を残した者は漏れなく国よりスカウトされる。

 キンメッキが問題視しているのは、スカウトした者に支払われる契約金の存在だ。

 マカロンは、ゴブリン戦線の最前線。

 支払われる契約金も金貨500枚からと破格。過去、闘儀の準優勝者に対し、軍から金貨2000枚の契約金を提示された例もある。


(――ぐっ……。『なにが私は君の味方だ』だ!)


 キンメッキは震える声でマスに顔を向ける。

 契約金の支払いは、契約を結んだ日の内に支払われる。

 そして、その金を元にシスターたちの借金を完済されれば、教会の地上げは失敗に終わる。


「怖い顔をするな。言っただろう? 私は君の味方だと……」

「……味方ですと? ならばなぜ、軍の人間があの小僧をスカウトしているのです。軍務卿……。地上げが失敗して困るのは、あなたも同じなのですよ!?」


 次の試合は決勝戦。

 ヒナタに敗れれば、ハーフゴブリンの軍起用は白紙となり、借金を完済されれば、地上げは失敗に終わる。

 マスはキンメッキの苦虫を噛み潰したかのような表情を見て、飄々と笑う。


「……流石は商人。想像力が豊かだな。だが勘違いするな。あれはスカウトではない。窓を開けなにを話しているか聞いて見ろ」

「なに?」


 マスの言葉を受け、窓を開けるとキンメッキは聞き耳を立てる。


『――先ほどの闘儀、拝見させて頂きました。素晴らしい試合でしたね! ヒナタ様が巨大化したサボテンダーを焼き尽くす場面など圧巻でした!』

『まったくの同感です! 決勝戦が終われば、軍からスカウトの話が出るでしょう。そこで、お時間を頂戴し、大変恐縮なのですが、少し話を伺わせて頂いてもよろしいでしょうか? ゴブリン戦線の第一線であるマカロンでは、冒険者の誘致以外にも軍備に力を入れておりまして……』


「こ、これは……」


 思わずそう呟くと、マスが立ち上がるのが目に映る。


「言っただろう? 私は君の味方だと……。念のため手を回しておいたのだ。時間稼ぎだよ」

「じ、時間稼ぎ? 時間稼ぎなどしてどうするつも……。ま、まさか……」


 時間稼ぎの理由を察したキンメッキは、ハッとした表情を浮かべる。

 そんなキンメッキの顔を見て、マスは薄笑いを浮かべた。


「察しが良くて助かるよ。彼を引き留めておけるのは、精々、1時間といった所かな? それ以上、引き留めておくことは難しい。さて、後は君次第だが……。どうする?」


 マスの問いにキンメッキはゴクリと喉を鳴らす。


(――あの小僧ごときに私のハーフゴブリンが負けるはずがない。負けるはずがないと信じているが……。次の試合、万が一、負ければ、私はお終いだ。ハーフゴブリンの軍起用は白紙となり、教会の地上げは失敗に終わる。残された時間で万全を期すためには……)


 失敗は許されない。その事実がキンメッキの視野を……。取れる選択肢を狭めていく。

 キンメッキは、壁際に寄るとその場で立ち止まる。


「……ゲスノー。聞こえているな? 1時間だ……。1時間以内に教会にいるあの女どもを……。エナとナーヴァを攫ってこい。期日が過ぎ、奴隷化した暁にはその2人を報酬としてくれてやる」


 すると、隣の部屋から不気味な笑い声が聞こえてくる。


『ふふ、ふふふふふっ……。ふふふふふっ! 素晴らしい……。素晴らしい! ぜひ私にお任せ下さい! ああ、エナとナーヴァに会うのも久しぶりですねぇ! 久しぶりですねぇ‼︎』


 エナとナーヴァは、ゲスノーを告発した張本人。報復の機会を与えられたことに、ゲスノーは壁越しに狂喜し、昂揚する。

 隣の部屋で狂喜乱舞するゲスノーの反応を見て、キンメッキはゲスノーに釘を指す。


「――わかっているとは思うが、まだ傷物にするなよ。少なくとも闘儀が終わり地上げが確定するその時までは……。彼女らは大切な人質だからな。人質は無事だからこそ価値がある。そのことを忘れるな」


 闘儀の決勝戦で棄権は許されない。

 決勝戦に進出した選手には、試合開始までの間、秘密裏に護衛を兼ねた監視が付く。試合に出場するなと脅し付けることは不可能だ。

 監視者にバレれば、闘儀を汚した罪により罰せられる。

 チャンスがあるとすれば、軍務卿の作ってくれた今しかない。


「……攫った女どもは私の下へ連れてこい。灯台下暗し。奴も攫った女どもがここにいるとは思うまい」


 評儀祭開催中は、城の警備も緩くなる。軍務卿の協力があれば、城に女子どもを閉じ込めておくことも容易だ。

 どの道、明日が借金返済の期日。


「あの小僧が試合に負ければすべて丸く収まるというものだ……。頼んだぞ?」

『――はい。お任せ下さい。ふふ、ふふふふふ!』


 そう笑い声を上げると、隣の部屋に待機していたゲスノーは、意気揚々と部屋を出る。

 エナとナーヴァを攫うため、ゲスノーが部屋を出たことを確認すると、キンメッキはため息を吐いた。


 ◇◆◇


「本日は貴重なお時間を頂戴し、ありがとうございました。明日の試合、頑張って下さい!」

「は、はい。こちらこそありがとうございました。明日は精一杯、頑張りたいと思います」


 明日は決勝戦。

 ミラとナーヴァ、そして、教会で暮らす子どもたちのためにも、絶対に負ける訳にはいけない。

 ヒナタは気合いを胸に一歩を踏み出すと、軍人に手を振りながらミラとナーヴァの待つ教会に向かって歩き始めた。


「……しかし、あの軍人さんたちは、なにを聞きたかったんだろ?」


 話があると言われたので着いて行ったが、聞かれたのは、趣味や天気、マカロンの話ばかり……。

 軍備に力を入れているという話から、てっきり軍に勧誘されると思っていたので拍子抜けだ。


「……まあいいか」


 かなり長い時間、拘束されてしまったが、良い話を聞くこともできた。

 城塞都市マカロンには、マカロン焼きという卵白と砂糖、アーモンドを使った焼き菓子があるらしい。

 聞けば、フランスを代表とする洋菓子マカロンを彷彿とさせる食べ物のようだ。城塞都市マカロンを代表する有名な焼き菓子というからには、ぜひ食べてみたい。


「マカロン焼きはいかがですか〜。美味しいマカロン焼きですよー」


 そんなことを考えていると、ちょうど良くマカロン焼きの販売を行なっている露店を見つけた。

 店頭には、色違い、味違いのマカロンが並べられている。

 見た目は完全に、フランスを代表とする洋菓子、マカロンのようだ。

 甘い香りが屋台から漂ってくる。


「すいません。マカロン焼きを味違いで5つずつお願いします」

「ありがとうございます。味違いのマカロン焼きを5つずつですね。お会計は金貨1枚となります」


 ポケットから金貨を取り出し手渡すと、店員は手早くマカロン焼きを箱に詰めていく。

 マカロン焼きの味は、ピスタチオ、アーモンド、オレンジ、フランボワーズの4種類。折角なので、4種類の味を5つずつ購入することにした。

 マカロン焼きは全部で20個。

 丁寧に箱詰めされたマカロン焼きを受け取ると、店員が気になることを口にする。


「お客さんは運が良いですよ。最近、市場に食料品が回らなくなってきましたからね。材料価格も高騰しているし、明日以降、お店を閉めようと思っているんです」

「えっ、そうなんですか?」


 言われてみれば、数日前から食べ物を売る露店の数が減っている気がしていた。

 どうやら気のせいではなかったようだ。

 これもゴブリン侵攻の前触れだろうか。


 ゴブリンによるマカロン襲撃は明日の正午。

 ゴリさんはあの時『お前の役割は人間に紛れ、襲撃の際、同胞を中に招き入れることだ』と言っていた。

 しかし、城塞都市マカロンに設置された兵器を見る限り、そんなことができるとは思えない。

 少なくとも、軍や門番に裏切り者が潜んでいない限りマカロンへの侵入は不可能だ。


「それじゃあ、このマカロン焼きは大事に食べなきゃですね」


 マカロン焼きの入った箱を持ち、そう言うと、店員はほんの少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。


「そう言って頂けると……。価格高騰が収まったらまた出店致しますので、その際は、ぜひご利用下さい」

「はい。その際にはぜひ……」


 そう社交辞令を返すと、ヒナタは店を離れ、空を見上げる。


「暗くなってきたし、早く教会に戻らないと……」


 マカロンは日本の冬の時期のように日が短い。


「皆、喜んでくれるといいな……」


 明日が評儀祭の最終日にして借金の返済日。

 決勝戦の結果次第ですべてが決まる。

 ミラとナーヴァも子供たちも教会という自分たちの居場所を守るため、今、自分にできることを精一杯やっている。

 甘い物にはストレスを緩和させる効果があると聞くし、今日位は……。


「ただいま。皆、マカロン焼きを買って……。きたよ……」


 教会に併設された孤児院。


「うわぁぁぁぁん!」

「ミラ姉が……。ミラ姉とナーヴァ姉がぁぁぁぁ!」


 扉を開け、中に入るとそこには隅に固まりながら泣いている子供たちの姿があった。


 ◇◆◇


 城塞都市マカロンにある廃れた教会。

 そこには、手紙を片手に涙を浮かべるエナとナーヴァの姿があった。


「――やった。やったわ……!」

「ええ、これで子供たちの居場所を守ることができる……!」


 エナが手にしているのは、エナとナーヴァが属する教会からの手紙。

 そこには、教会側からの提案が書かれていた。

 教会からの提案は、土地の売却ではなく数十年に渡り教会に土地を無償貸与してきたエナ一族の功績を称え、教会側がエナとナーヴァ両名の借金を肩代わりするというもの。

 今後は、教会側が借りている土地の代金を地権者であるエナに支払い、借金と相殺する形を取るというおまけ付きだ。

 実質、教会側がエナとナーヴァ両名の借金を負担してくれるのと同義。


「早速、商業ギルドで手続きを……」


 借金を返済すれば、エナとナーヴァ両名が奴隷となることも、教会を乗っ取られることもなくなる。

 手続きを行うため、商業ギルドに向かおうとすると、扉をノックする音が部屋に響く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る