怪談師の箱

継木マツリ

000 前説


 怪談師――それは怪談を語ることを生業としている人のこと、つまり怪談を語るプロを指す。



 『怪談師の箱』というサイトを知っているだろうか。

 これは、とある怪談師達が共同で管理しているメッセージ投稿用サイトである。


 この怪談師達は元々は定期的に全国で怪談ライブツアーをしていたのだが、ツアーに行けない人達にも怪談を楽しんでほしいと動画配信サイトでチャンネルを開設したのだ。

 基本的には毎週メンバーの一人が怪談を動画配信するのだが、不定期に生配信をしたり、メンバー全員が座談形式で怪談を語り合ったりすることもある。


 このように頻繁に怪談を語るので、怪談師達はなるべく多くの人から怖い話を蒐集したいと考えた。

 そこで、ファンの人達から実体験の怖い話を教えてもらおうと、気軽に投稿できるメッセージ送信ツールを作った。

 それが『怪談師の箱』だ。

 公式サイトを開いて、表示されるメッセージボックスに自身が体験したことや人伝えに聞いた怖い話や不思議な話などを書き込み、送信ボタンを押す。

 怪談師達は、届いた内容を怪談としてライブ配信で語る。



 ただ、怪談師は投稿された話をそっくりそのまま語ったりはしない。


 怪談を語る上で、いくつかの注意点があるのだという。

 その一つは、「怪をありのまま語ってはいけない」というものだ。


 起きたことをありのまま語ると、語った人間や聞いた人間のところにもその怪異が来ることがあるのだとか。

 そういうことを避けるためにも、例えば「男」を「女」と置き換えたり、場所を別の土地に置き換えたり、或いは一部の名称を伏せて伝えたりと工夫を凝らす。

 怪談師達は、『怪談師の箱』に届いた話を吟味して「語れるもの」として怪談を作るのだ。


 そう、怪談師から語られる怪談は「ありのまま」ではない。

 「ありのまま」の怪異に触れるということは、未知の食材を口に含むようなものである。

 実話を基にした怪談ゆえに、本来起きていない現象や事実に無い背景を盛り込み捏造することはしない。

 「足す」のではなく、一部を「引く」のだ。

 願いを成就するためにだるまに目を入れるように、物事は完全な状態によって「成る」ことがある。



 そんな引かれる前の「ありのままの怪の話」が、今日も『怪談師の箱』に届く。


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