第24話 雨の日

 ガーレットは眉を顰める。


「賃料が?」


 サラサは前髪をいじりながら、詳細を語った。


「はい……私は趣味でこういった雑貨を作っていたのですが、だんだん上達していくうちにみなさんのお家にもぜひこれを置いてもらえないかなと思うようになり、お店を構えることを考え始めたんです。

自宅は店をやるには手狭ですし、せっかくだから商店通りに出店しようと思い、空き店舗を持つオーナーさんに何人か当たってみたんですけど……」


 サラサは俯いた。フレアはその先を引き継ぐ。


「じつはサラサさんの他にも、若い人で自分のお店を持ちたいという相談はこれまでもあったんです。しかし、現在空き店舗を所有してるオーナーさんたちは、アシナ村が賑わっていた頃と『同じ額の賃料』を設定しているので、言ってしまえば割り高なんです」


 ガーレットは首を傾げる。


「なぜ賃料を下げないのですか?」


「うーん……それは」


 フレアは困ったようにうつむく。理由はなんとなくわかっているが、口に出しにくいといった風だ。


 すると、サラサがぽつりとつぶやいた。


「たぶんですけど……オーナーさんたちは内心、お店を貸したくないんです」


「え?……すみません、どういうことですの?」


 ガーレットは、サラサの言葉に困惑した。ガーレットは貴族のお嬢様であるため、自身で商売をしたことはないが、損得勘定くらいは創造でできる。


 空き店舗を放置するより、賃料を安くしてでもお店に入ってもらったほうが、毎月収入があるので、得なはずだ。


 理解できない様子のガーレットに、サラサは自分の見解を述べる。


「アシナ村はダンジョンが発見されてから移住してきた人が多く、元からこの土地に住んでいたひとはあまり多くないんです。


 オーナーさんたちのお子さんたちも、アシナ村が寂れてからは、都会に出ていった家庭が多いため、物件の跡継ぎがいないところは珍しくないです」


「……つまり?」


「オーナーさんたちは、自分一代で終わらせようとしてるので、賃料を安くして新しい店を入れようみたいな……変わろうとする意思がないんです」


「………っ」


 ガーレットは絶句した。完全に想定外の発想だったのだ。


 アシナ村の地域振興のために、彼女は派遣された。そこで、情熱を持つフレアと共に行動していたから、てっきり村人みんなも村をよくするための心意気を備えていると思っていた。


 しかしサラサの考えが当たっていたら……。


 村を変えたいと思っているひとはさほど多くなかったのかもしれない。


「うちは代々昔からこの土地に住んでいましたが、移住してきたひとたちはほんの十数年住んだだけです。だから土地に愛着があまりありません。村がさびれたところでどうにかしようという気持ちがわかないのだと思います」


「………」


 フレアは黙って唇を噛み締めていた。彼女も薄々同じような空気を村人たちから感じ取っていたのだ。


 村をどうにかしようとしてる気持ちが強いのは、自分だけ。空虚な空回りをしているのだと気づいていたのだ。


 ガーレットは、腕を組んで考える。


 サラサの雑貨屋は、ガーレットから見て魅力的だった。もしゴルドー街で出店してもこのクオリティなら勝負できると感じるほどに。


 自分の資産を用いて、彼女の出店を支援するのもよいが、村全体の賃料が高いという根本的な問題は解決しない。続く者がいなければ、寂れた商店通りに、一店舗だけ小綺麗なお店ができるだけだ。


「…………」


 3人の間に、重い沈黙が流れた。


 結局、その場で解決することはなく、一旦ガーレットたちは、サラサの家を後にすることにした。



 外に出ると、いつのまにか雨が降っていた。


 ふたりは、どこも店が開いてない商店通りの屋根の下を通って、濡れないように帰り道を歩く。


 道には水たまりが、いくつもできていた。大通りだというのに、道が平坦ではなく凸凹していて歩きにくい。


 フレアは切ない表情でつぶやく。


「……アシナ村をあの頃のようにしたいというのは、私のエゴなのでしょうか」


 前に進もうと動き出したものの、また壁にぶつかり、フレアは弱気になってしまった。


 ガーレットはそんな彼女にどんな言葉をかければよいかわからなかった。


 余所者は土地に愛着がない。


 それは村の部外者であったガーレットにも当てはまることだった。


 ずっとアシナ村の問題を他人事のように捉えてきていたガーレットには、なにかを言う資格はないと思ったのだ。


 日が暮れてきていた。フレアは、ガーレットが泊まっている宿まで見送ってくれた。


 屋根の色も落ちかけている古い宿であるが、女将の清掃が行き届いていたため、お嬢様であるガーレットも気分良く過ごすことができていた。


「それではおやすみなさい、ガーレットさん。また明日話し合いましょう」


 フレアは悲しげに手を振った。ガーレットは、ぎこちなくお辞儀をして、宿の扉をあけた。


 すると、扉が開くと同時に、両手にバケツとモップを持った女将が、ため息を吐きながらなかから出てきた。


「ハァ……あら、ガーレット様。ごめんなさいねぇ、今日はあなたのこと泊めることができないわ」


「え?」


 女将は、一度バケツとモップを壁に立てかけて宿に引き返すと、なかから荷物を持ってきて、ガーレットに手渡す。


「はい、運が良かったねベッドの横に置いてなくて。雨漏りであなたの部屋いま水浸し。ベッドなんてビショビショよ」


「えっ……あっ」


 ポカーンと口を開けるガーレット。突然宿なしになってしまった。雨も降っているというのに、ほかに行く当てもない。日も落ちたいまから宿探しというのも骨が折れることであった。


 するとフレアが、ガーレットの肩をぽんぽん、と手で叩いてきた。


「あの、よろしければ今晩はうちに泊まりますか?」


 フレアは上目遣いで、ガーレットの顔を覗き込んだ。

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