アシナ村 - 2

第21話 帰り道

 カタカタカタと、車輪が動く。穏やかな天気で、馬も軽快な足取りで道を進む。


 車窓に小鳥がとまった。くちばしで自らの体をつついており、毛繕いをしているようだった。


「あら、かわいらしい」


 ガーレットはそんな小鳥の愛らしい様子に微笑んでいたが、一方で同乗者の方は、小さき生命に向ける心の余裕は残っていないようだった。


「はぁ……」


 もう何度目になるかというため息をつくフレア。マイル商会からあしらわれたことで、彼女は深く落ち込んでいた。


 馬車の席に背をもたれかかり、口からは魂が抜けているかのようだった。


 ガーレットは、小鳥に触れようと窓枠へ手を伸ばす。すると指先が頭に到達する前に、小鳥はパッと羽を広げて飛び立ってしまった。


 その姿を追いかけるように窓から顔を出すと、小鳥は他の仲間の鳥たちと合流して群れとなり、南の方へ進路を変えていた。


「行ってしまわれましたわ」


 すとん、と座り直すガーレット。ここで、久しぶりにうなだれるフレアに目を向ける。


「触れようとするととどかない、まるで恋のようですわね」


「……いまはそんな冗談聞きたくありません」


 フレアは、口を尖らせた。相当堪えているようだった。


 


 マイル商会の商人ジェイルは、厳しく……むしろ現実を教えてくれたという面では「優しく」、アシナ村への出店計画の問題点を指摘した。


「かつて冒険者で賑わっていた頃は、村は経済が循環していました。冒険者がダンジョンで金を稼ぎ、冒険者相手に宿、飲食店、薬屋、武器屋防具屋などが軒を連ね、さらにそんな人々の生活を支えるために多くの仕事が生まれていました」


 ジェイルは懐かしむような目をしていた。


「あの頃は村中に活気がありました。我々マイル商会はアシナ村のみなさんを豊かにするために商店街にいくつも店を出していましたね……ですが、いまはどうです?経済が停滞している街に、なぜ商売が成り立つというのです?」


 フレアは、身じろぎもせず、膝に手を置いていた。浴びせられる言葉をもろに心で受け止めている。


「で、でも……」


 フレアの唇は震えていた。村の代表として来たのだから、ここでなにか言わなくてはと使命感から声を振り絞った。


「商店ができれば……そこを起点に経済が活発になるということも、あるのではないですか?」


 間髪入れずに、ジェイルは質問にこう返した。


「現実的ではありませんね。客がいないところには基本的に商店は成り立ちません」


「……」


 フレアは俯いて黙った。


 無常にも、出店計画書は紙屑同然になってしまった。




 フレアは、大きくため息をつく。


「これからどうしたらいいんでしょうね……」


 彼女が夢描いていた明るい未来は、閉ざされてしまった。マイル商会頼りの一本槍な計画だったため、もはやノープランだった。


「そうですわね、コツコツできることからやっていくしかないのではないでしょうか」


 ガーネットは、平坦な口調だった。フレアほどショックを受けていないのだ。


 フレアの熱意に当てられて、彼女も行動を起こした。しかし、それが叶わなかった。


 この時、ガーネットの胸に沸いた感情は、マイル商会への不満よりも、フレアへの失望であった。


 村を変えたいと意気ごんでいたというのに、持っていったのは杜撰な計画書で、この体たらく。フレアの熱意はその程度だったのか、と。


「そんな他人事みたいに言わないでくださいよお」

 

 フレアは、ジトっとした目で、ガーネットを見た。


「……」


 そう、ガーネットにとって、まだ村の問題は他人事なのである。何日か前に初めて訪れて、視察した程度。父の命令に従っているだけで、深い愛着は湧いていない。


 村がどうなろうが、自分にはあまり関わらないことだと感じているのだ。


 フレアも、ガーネットの冷たい態度に、さまざま察した。体勢を整えて、咳払いをして、あらためて向きあう。


「あの、ガーネット様。今回の計画はダメでしたけど、私は諦めません。今はまだ……どんなことをすればいいのか、見当もつかないですけど、でも絶対にアシナ村を私はなんとかします。そして何より」


「……?」

  

 フレアの瞳が、ガーネットを捉える。上の空だった気持ちが一転、現実の馬車の中に引き戻されるガーネット。覚悟を見せようとするフレアの真剣な表情は、人を惹きつけるものがあった。


 フレアの、噛み跡がついた唇が開く。


「そして何より、ガーネット様に、アシナ村を大好きになってもらいますっ!」


「……ふふふ、あはははは!」


「え、えー?なんで笑うんですか?」


 ガーネットは、つい笑ってしまった。不快感を与える態度をとっていた自分へ、こんなにまっすぐな感情をぶつけてくるとは、フレアはなんと純粋な子なのだろうと、おかしくなってしまったのだ。


 不思議そうに首を傾げるフレアを見て、ガーネットは少しだけ意識を改めようと考え直した。


「ええ、失礼しましたわ。楽しみにしてますわ、まずは私も村をもっと知ってみましょう。ぜひ私にアシナ村の魅力をお伝えくださいませ」


「っ!はいっ!任せてください!」


 フレアは、自信満々に胸を叩いた。


 馬車はもうすぐ、アシナ村へと帰ってくる。

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