第10話 目標

「ご、ごめんなさい!」


 僕は全力で土下座をする。自慢じゃないが土下座に関しては上手い自覚がある。いや、そういう問題じゃない。僕は今までの行動の中で一番後悔している。


 目を覚まして目の前にサバイバルナイフを持っていたから誤解してしまって、人を信じられなくなった僕は手をあげて〖フレイムバレット〗を放ってしまった。でも彼女たちは僕を助けて介護までしてくれた上に傷まで治してくれた恩人だ。本当に後悔にさいなまれる。


「貴方ね!」


「サリアは静かにして!」


「クナ!?」


「そもそも私がサバイバルナイフを持って彼に向けたのが悪いんだから、誤解されて反撃されたとしても仕方ないから。でもそれが全部誤解なのだから、誤解が解けたのにうるさく言わないの!」


(ふ、二人とも……喧嘩は…………)


 すぐにサリアさんがキッと睨んでくる。仲間を傷つけた人だから嫌われても仕方がない。


「まあまあ、まずは食事としよう。さあ、少年。食べるといい」


「!? え、えっと……」


 急いで腰に掛けていた袋を取り出す。中にはロックゴーレムに会うまでに倒した魔物からドロップした【魔石の欠片】が入っている。〖ブレッシング〗のおかげか倒した数に比べてそこそこ集まった。


「ん?」


「こ、これで足りるでしょうか?」


 値段はよく分かってないので物々交換に応じてくれるか定かではないが、自分が出せる分を出そう。


 と思っていると、近づいて来たクナさんが僕の頭を優しく撫でてくれて。こうして誰かに撫でられるのはシスター以来初めてだ。


「お金なんて取らないわよ。だから食べていいのよ?」


 えっ!? タダで食べていい!?


「だ、ダメです! こんな素晴らしい料理をタダで頂けるなんて滅相もありません! 少ないかも知れませんが、また集まったら支払いますから!」


 後ろから覗いていたサリアさんが目を丸くして僕を見つめている。


「…………へえ~君は遠回しに私が作った料理は食べられないというの?」


 クナさんが笑顔なのに何だか怖い!?


「そ、そんなことはありません! ですが……食事を恵んでもらえるわけには…………大切な食材なのに僕なんかに……」


 その時、美味しそうな匂いに釣られて腹の虫が大きな音を鳴らした。


「あ、あっ、こ、これは……その……違うんです!」


 先輩達の前で腹の虫を鳴らさないように訓練していたはずなのに、あまりにも美味しそうなスープの匂いに釣られてしまった。


 すると、クナさんは聖母のような温かみの笑顔を浮かべた。


「君がどんな思いでダンジョンにいて、日々を生きていたかは分からないわ。でも冒険者はお互いが困った時に助け合うものだと思うの。もしタダでもらうのが嫌だとするなら、今度は君の前で困っている冒険者を助けてあげて。その優しさはやがて私達にも還ってくるのだから。さあ。お腹空いたでしょう?」


 そう言って目の前に湯気が立ち上るスープが入った木製のお椀を出してくれた。


 ふと見上げるとミハイルさんも笑顔で頷いてくれて、後ろのサリアさんも少しばつが悪そうな表情で「食べなさいよ……」と小さく呟いてくれた。


 手に乗ったお椀にゆっくりとスプーンを入れてすくう。こんなに湯気が立つような暖かいスープなんて何年ぶりに見るんだろうか。


 孤児院を卒業してから五年。毎日硬いパンに冷たいスープや水ばかりだった。ダンジョンに落とされてもずっと携帯食ばかり食べて来た。自分が思っていたよりもずっとずっと久しぶりの暖かい食事だ。


 ゆっくり口の中に入れたスープはとても温かくて、口の中に広がる優しい旨味は孤児院でシスターが作ってくれたスープに匹敵するように美味しい。


「美味しい……こんなに美味しい……スープ…………僕なんかが……」


「いいのよ。ゆっくり食べて。おかわりもたくさんあるし、腹いっぱい食べられるから」


 みなさんの優しさが、久しぶりに食べる暖かいスープが喉を通るたびに生きている幸せを感じる。


「ありがとう……ございます…………本当に……美味しい…………」


 僕は夢中になってスープを食べ続けた。




 ◆




「……っ、ぐす…………そんな……酷すぎるよおおおおお」


「さ、サリアさん……」


 食事が終わって、サリアさんから過去の話をしてくれと何度も頼まれて、ここに辿り着くまでの話をした。それを聞いたサリアさんは、大粒の涙を流して僕を抱き締めてくれている。


「僕は大丈夫です。だって、今はダンジョンでも強くなっていますし、いつか一人前になって迷宮都市に戻るつもりですから。だから全く悲観はしていませんよ」


「うぅっ…………アレンくん……強いのね…………」


「どうなんでしょう。諦めが悪いだけな気がしますけどね。それと、僕なんかのために泣いてくださってありがとうございます。みなさん」


 そう話すと、クナさんが人差し指を立てる。


「こらっ! アレンくんは自分の事を『僕なんか』と言うの禁止って言ったでしょう?」


「あっ! そ、そうでした……ごめんなさい。癖になってるのかも知れません。ちゃんと気を付けますね」


 クナさんからあまりにも僕が『僕なんか』というものだから、禁止されてしまった。


「ねえ、ミハイル。アレンくんをうちのパーティに入れることはできないかしら!?」


「えっ!?」


 サリアさんの急な提案に驚いてしまった。僕なんかをパーティに!?


「そうだな。アレンくんさえ良ければぜひ――――」


「ま、待ってください! 僕なん――――じゃなくて、僕なんかが――――あっ」


 クナさんがまた怖い笑顔を浮かべた。


 サリアさんたちの提案は本当に嬉しくて、こんなに優しい人たちと一緒に冒険者ができるなら本当に嬉しい。


 みなさんと一緒にダンジョンを駆け回り、時には強敵と戦ったり、時には弱い敵を倒しながらゆっくり休んだり、時には狩りをせずに一日ボーっと過ごしたり…………あぁ…………なんて夢のような生活なのだろう。想像するだけで胸が熱くなる。




 その時、




 僕の脳裏に――――アンガルスの顔が浮かび上がった。冒険者クラン【絶望の銀狼団】の面々の顔が浮かぶ。彼らは冒険者クランでも非常に強いと聞いている。


 今の僕は彼らにとって敵であり、獲物でもある。もしみなさんと一緒に行動しているのがバレたらみなさんにどういう被害が及ぶか想像もできない。


「嬉しいです。本当に嬉しいです」


「ならこれから――――」


「ですが、申し訳ありません。その話は断らせてください」


「な、なんでよ!」


 怒るサリアさんが僕の肩を掴む。


「すいません…………」


 事情を話すわけにはいかない。ダンジョンに落とされたとは言ったけど、だいぶぼやけて話している。だから本当のことを伝えてみなさんに心配かけてしまうわけにはいかない。これは――――僕自身が解決するべき問題だから。


「サリア。そこまでだ」


「なんでよ! ミハイルはこのままでいいの!?」


「よくはない。でもアレンくんが断るというなら、それに従うべきだ。冒険者は決して無理強いをしてはいけない」


「そんな……だって……アレンくんは行く場所なんてなにのよ? 本当に……本当にこのままでいいの!?」


 サリアさんが僕の事を思ってくれて言ってくれるのが分かる。ものすごく嬉しい。だからこそ、みなさんに迷惑を掛けたくない。


「サリアさん。本当にありがとうございます。その代わりというのはあれですが…………もし、僕の気持ちに決着がついて、それでも僕を迎え入れてくれるなら、その時は僕からお願いさせて頂きます」


「!? …………ねえ。アレンくん。約束よ? 絶対に…………一人にはなっちゃダメだからね?」


「はい。僕は今日みなさんに出会えて一人じゃないと知ることができました。だから、これからも頑張れます。絶対に死にませんし、僕の目標に向かって頑張ります。だから心配しないでください」


「…………分かったわ。そこまで言うなら私ももう言わない。ミハイル! クナ! それでいいわね!」


「もちろんだ」「ええ」


 奈落に落ちても生き延びることができて、こうして素晴らしい人たちに出会えた。だから僕は絶対にあきらめない。


 僕の体を縛り付けるしがらみの全てに決着をつける。


 生き延びるだけではなくて、アンガルスという恐怖から打ち勝つために頑張ろう。


 新しい目標ができた。






――――【お願い】――――


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