第23話 テスト勉強しましょう

 いつも通りの帰り道、周囲には多くの生徒がいる。今週は部活がないため多くの生徒が一度に下校している。


「今日、カラオケ行かね」


「いいね~行こうぜ」


 部活が休みになったためか周りの生徒は浮足立って騒いでいる。テストまでちょうど一週間あるのでそこまで危機感はないのだろう。


「私もお出かけしたいな~」


「勝手に一人で行けばいいじゃん」


「ひどい…なんでそんなに冷たいの?」


 さっき変に首に噛みつかれたお返しに少しいつもより意地の悪い返しをした。ただこれから始まるテスト勉強に対する鬱憤も多少は含まれている。


「これからテスト勉強があるから部活が休みになるのにそれで出かけてたら休みの意味がないだろ」


「真って…そんなに真面目だったけ?」


「別に真面目ってわけじゃないけど…テストくらいいい点とっておきたいだろ」


「まだ一年生なんだからそんなに大事でもないでしょ」


「まぁ…そういってろ、三年後お前がどうなってるか楽しみだ」


「へぇ~…」


 月は口角を上げながら微笑んでいる。俺は知っている。彼女がこのように微笑んでいる時は何かおかしなことを考えている。


「何?」


「……じゃあ」


 月は少しの間、考えるように沈黙したあと口を開く。


「一緒に勉強しようよ」


「はぁ?」


「一緒にお出かけ出来ないなら、一緒に家で勉強すれば良いんだよ」


「いや…俺の経験上、誰かと勉強するより一人で勉強した方が効率がいいと思う」


「え~…良いじゃん。一緒に勉強しようよ」


 目を細めて月はわずかに俺の方に寄って来た。目を細めた彼女は笑っているようにも見えるが、俺にとっては獲物を狙う獣にしか見えない。


「真って…勉強できるの?」


「さぁな…中三の時はいつも十位くらいは取ってた」


「へぇ~私より頭いいじゃん。教えてほしいな~勉強」


 また一歩近づいてくる。学校の門から出た時は人が一人通れるくらいの距離があったはずなのに、今ではもう少しで肩が触れるくらいの距離まで接近された。


「…じゃあ、一つ条件を付けてもいいか?」


「うん…何?」


 即興で思いついたアイデアを一つ提案することにした。


「一回だけ勉強してもいいが、それ以降はテスト期間が明けるまでおとなしくすること。今までみたいにくっついたり、一緒に歩いたりせず勉強に集中すること」


「えっ?ヤダ」


「はぁ~…じゃあ一緒に勉強はしない」


「えっ?それもヤダ」


 俺の提案は速攻で切り捨てられた。こいつ…我儘すぎないか。


「じゃあ…何なら良いんだよ」


「普通に一緒に勉強しようって言ってるだけじゃん」


「そうだけど…お前の普通は信用できない」


「もしかして一緒に勉強しようって言っただけでなんか変なことされると思ったの?」


「…違う」


 からかうような馬鹿にするかのような口調で言い返された。こいつなら変なこともしかねない。


「………」


 このまま馬鹿にされたままなのも少しイラつく。


「…分かったよ」


「良いの?」


「しつこく言われるのも面倒だからな」


「やった~」



 この軽い考えが後々とんでもない事態になるとは、この時の俺は思いもしなかった。



「じゃあ…今日これから私の家で勉強ね」


「今日?」


「うん、今日」


 いきなりの事だが、約束を先延ばしにするよりは今日済ませてしまった方が楽だろう。俺とこいつの家も近いためすぐに帰ることが出来る。


「了解」


「妙に素直だね。何か期待してるの?」


「してねぇよ」


「君が望むならエッチなことしてもいいよ」


「お前がしたいだけだ…っろ」


 長い横断歩道の半ばで信号の緑色の光が点滅を始めたため少し駆け足で渡る。


 歩くスピードや歩幅などは人によって違うため、歩く距離が長ければ長いほど生徒の集団はバラバラになる。


「あっ…そうだ」


 月は思い出したように声を上げた。


「何?」


「夕飯の買い出ししないといけないからちょっとスーパーに寄っていい?」


「あ?あぁ」


 いきなり月の口から家庭的な言葉が飛び出したため一瞬、頭の中に?が浮かび上がる。そんなこともあるかと自分を納得させ、それを了承する。


「駅ビルのスーパーか?」


「うん」


 いつも俺たちが利用している須佐野駅は割と大きい駅なので駅ビルの中にスーパーが入っている。学校帰りの生徒も多く利用しているので、そこで買い物をしている生徒を頻繁に見かける。


「行ったことある?」


「あぁ、たまに」


 多くの人が行き交う駅前まで来た。制服を着ている若者だけでなくスーツ姿の会社員、私服の大学生なども多く歩いている。


 いつも行っている改札の方ではなく左に曲がって駅ビルの内部に入る。


「ちなみに今日は何作るんだ?」


「カレーにしようかなって思ってるんだけど…」


「しようかなって…お前が作るのか?」


「うん、そうだよ」


「え?」


 月はさも当たり前かのように言った。冗談で言っているかと思ったのだが、そんなことなかった。月は入口近くの買い物カゴを取った。


「いつもお前が作ってんの?」


「そりゃ…自分で作るしかないでしょ」


「親はどうしてんの?」


「いないよ。一人暮らしだもん」


 さらっと言っているが、俺にとってはかなり衝撃的な言葉だ。向かいのアパートではあるがどんな間取りなのかは知らなかったため、まさか一人暮らしだとは思わなかった。


「実家から遠い高校にわざわざ無理言って受験したからね」


「なんで?」


「もしかしたら君に会えると思って」


「は?嘘だろ…そんな理由で?」


「嘘だよ」


 ケラケラと笑いながらこっちを見てくる。俺のリアクションを楽しんでいるのか。


「私もあの高校を志望してて、偶然君に会ったの」


「なんだよ」


 スーパーの入口から惣菜のコーナーを進み、どんどん中に入っていく。時間的にまだ夕飯の買い出しには早いためか人は少ない。


「でも…君の小学校の近くに住んでいればいつか会えるかもしれないかと思って、小学校の近くの家を借りることにしたの」


「なんでお前が俺の小学校を知ってるんだよ」


「……だって…私…君と同じ小学校に居たんだよ?」


 一瞬思考が停止する。俺のを知っているのか。ふと頭に痛みが走る。当然、俺には驚きがある。しかし素直に驚くことが出来ない。


「……そうだったのか」


「うん」


 月はなぜか顔を赤くしてこちらを見てくる。いつもよりわずかに可愛く見えてしまうのは上目遣いのせいか、それとも俺の心のせいか。


「ごめん……俺、小学生の時の記憶がないんだ」


「…え?」


「小学生というか物心ついたときから小学生までの記憶が朧気で…」


「…うそ…なんで」


「え~と、中学の時いろいろあって…」


 会話の途中で俺たちの足は止まっていることに気づいた。俺よりも先に足を止めていた月は俺より二歩ほど後ろに立っている。


「どうした?」


「…私…君の事……」


 彼女がここまで言葉に詰まっているところなど初めてだ。しかし、どこかで見たような…どこだ?…分からない…でも、確かに見たことがある。目が知っている。


「…うっ」


 頭痛がより一層強くなる。思い出そうとした光景にノイズのような砂嵐がかかって思い出せない。頭痛と合わさって不快感が体を支配していく。


「ううん……何でもない」


 そう微笑んだ彼女の顔が少しだけ悲しげに見えた。

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