第5話 複雑な感情

「ねぇ…私の血も飲みたい?」


「何言ってんだ?」


「私が飲んだ分だけ君にも私の血を飲んでほしいの…」


「いらない。絶対」


 俺の太ももに跨ったまま、話をしてくる。両肩に手を回して逃げられないようにしてくる。彼女はどんどん近づいてくる。


「……はい…」


 そのまま俺の左肩のあたりに顔を置いて、首を俺の方に向けてくる。体はぴったりとくっついており、彼女の息遣いが左の耳から聞こえてくる。


「はぁ…はぁ…早く…」


 彼女の体温が服越しでも伝わってくる。胸のあたりに柔らかい感触と共に一定のリズムで振動が伝わってくる。


 何故か彼女の息は上がっている。興奮しているのか…それとも緊張しているのか…


「いや…そういうのいいから。早くどいて…」


「じゃあ…早く……吸って…」


 どうしても退く気はないらしい。こちらも二回ほど彼女に噛まれているため、やり返したいという気持ちがある。仕方なく彼女の首筋に顔を近づけていく。


 ふわりと彼女の髪の香りが漂っている。甘い花のような香りとわずかに汗の酸っぱいにおいもしている。首筋には汗をかいているようにも見える。


「ぁん」


「ばか…変な声出すな」


 顔を近づけただけで変な声をあげている。ふざけているのか、それとも本当に感じているのか…


「んぁ」


 そのまま彼女の真っ白な肌に歯を立てる。柔らかい肌に硬い歯が食い込んでいく…


 


「真!洗濯機の中のタオル持ってきて」


 二階の方から母の声が聞こえて来た。家の中で大声で呼ばれることはよくあるが、この声のおかげで現実に引き戻される。


「う…うん」


「ちっ」


 耳元で彼女の舌打ちが聞こえた。お互い体が密着しているため離すために彼女の肩を掴む。


「ちょ…そろそろ退けって」


「いや…ちゃんと血吸ってくんないとやだ」


「わがまま言うなよ…もう」


 一気に彼女の首に噛みつく。ジワリと出て来た血を舐めとって顔を離す。


「ああん」


 俺の肩を掴む彼女の手に力が入るのを感じる。


「これで…いいだろ」


「……うれしい」


「いいから退け」


 タオルを持って行かないと母親が下に来てしまうかもしれない。急いで彼女の体を退けて、洗濯機がある脱衣所に向かう。


 洗濯機の中に残っていたタオルを持って二階に駆け上がり母にタオルを渡す。


「サンキュー」


 そのままの勢いで自分の部屋に向かう。机といすとベッドくらいしかない無機質な部屋。妹の部屋は南向きで俺の部屋は北向きなので朝でも少し暗く感じる。


 椅子に掛けてある制服のズボンと上着、そしてクローゼットの中にあるYシャツを取り出して着替え始める。





「あれ?…月ちゃん首怪我したの?…大丈夫?」


「はい…虫に刺されただけなので…」


 制服に着替え終わり、一階に降りていくと母が月と会話していた。月は視線をこちらに向けて笑顔を見せてきた。


「ん?…どうしたの?」


「いえ…何でもないです」


 こちらに笑顔を向けていることに疑問を持った母が質問するが月はその答えをはぐらかす。


「真、そろそろ行かないといけないんじゃない」


「ああ、もう行くよ」


 そういって鞄の中身を確認してそれと一緒に時間も確認する。時刻は7時30分の少し前。いつも乗ってる電車の時間まで残り少ない。


「先に外に出てるね」


「……おう」


 彼女は自分の鞄を持って外に向かって行く。


「いってらっしゃい…ほら真も早く…」


 母はそんな彼女を見送って、俺に弁当を渡してくる。


「わかってるって…行ってきます」


 少し急ぎ気味に玄関に向かって行く。靴を履いて外に出ると月は扉のすぐそばにいた。彼女は首の傷を撫でていた。


「えっと…痛かったか?」


「いや…すごく気持ちよかった」


 一緒に歩き出して少し経ったあたりで質問する。痛いと言われたら少し罪悪感を感じていたが、気持ちいいと言われるのも少し気持ち悪い。


「ていうか。俺、別の友達と電車に乗るから一緒にはいけないぞ」


「え~いいじゃん。一緒に行こうよ」


「…絶対に嫌だ」


 彼女はムスッとした顔をしていたが無視して、歩き続ける。住宅地を抜けて大きな国道に出て駅に向かって歩く。





「よ、おはよう」


「おう…おはよう」


 駅のホームで月と別れて、俺はいつも友達が乗っている電車の二号車の前のホームで待っていた。電車が到着し、乗り込むと入った扉の向かい側の扉の前に隼人はいた。


「唇切ったのか?」


「え…なんで?」


「唇に血が付いてるから…」


「え!?マ…マジ?」


 急いで手の甲で口元を拭う。手の甲にはうっすら赤色の汚れが付いていた。少し大きな声だったのか、周りの人の視線を感じる。


「なんでそんな動揺してんだよ」


「な…何でもないよ」


 隼人は疑問の表情だったが何とか誤魔化せた。まさかあいつの血が口元についているとは思わなかった。あの時あいつがなぜ笑っていたのか、今分かった気がする、


「…あいつ」


「ん?なんか言った?」


「あ…いや…何でもない」


 電車に揺られている間、今朝の出来事を思い出してしまう。複雑な思いのまま学校に向かった。






 その日の授業もいつもと同じだった。いつも通りの日常で終わるはずだったのに…


「真、お昼一緒に食べない?」


「はぁ?……お前…」


「ん…誰?」


 午前の授業が終わり、昼休みに入った。教室は生徒の話し声でガヤガヤと賑わっている。別のクラスの生徒がこの教室に入ってきても気にする奴はいない。


「私、三組の血原です。真のお友達です」


「へ~女子の友達いたんだ」


「いや…違う…その」


 なんと説明したらいいか迷う。そのせいで言葉に詰まってしまう。彼女は笑顔で話し続けている。


「一緒にお昼食べようと思ってて…借りていってもいいですか?」


「ああ…別にいいけど」


 隼人はすんなり答えてしまった。もう少しなんかあるだろと思いながらも話に入っていく。


「俺は隼人と食べるから…お前は自分のクラスで食えよ」


「なんで?…そんなこと言うの?」


「とにかく…今日は自分のクラスで食え」


 今まではいろいろ言って結局彼女のお願いを聞いていたが、さすがにそろそろ断るということを覚えさせなければ。何でも言うことを聞くと思ってしまうだろう。


「じゃ…じゃあ…弁当だけでも食べて…」


「へ?」


「二つあるから…」


 そういって弁当箱を渡してきた。割と小さめなものだ。朝早く起きてこれを用意していたと思うと少しだけ罪悪感で胸が痛む。


「あ…ありがとう」


 彼女は弁当箱を俺に渡すとすぐに教室を出て行ってしまった。彼女の対応はいつもよりも素直だった。


「ホントにいいのか?」


「あ…ああ」


 今日の昼休みはなんだか複雑な気分だった。ちなみに月の弁当はかなりおいしかった。母とは違った方向の味付けだった。しかしミートボールだけは変な味がした。





「よーし、お前ら気を付けて帰れよ」


 担任はいつも通り一言二言話して帰りのHRを終わらせた。担任は硬式野球部の顧問なのですぐに部活の練習に行ってしまう。


「どうする真?」


 担任が教室を出ていくと同時に教室が騒がしくなる。一斉に雑談をしながら帰り始める。


「お前もサッカー部の練習見に行くか?」


「いや…サッカー部はいいかな」


 今日から部活の仮入部の期間が始まる。隼人は中学時代にサッカー部に所属していたらしい。高校でもサッカーを続けるようだ。


 俺は今のところ運動部に入る気はないので断っておく。


「そっか…残念だな」


「悪いな…もう運動部はいいかなって思って…」


「いいんだよ…」


 そういってお互いに荷物を持って立ち上がる。隼人は180㎝近い長身で俺は170cmちょいなので俺から見ると若干見上げる形になる。


「ん…どうした?」


 教室を出てすぐに廊下を確認した。今日は月がいないことを確認するために。


「いや…何でもない」


「昼間の子か?」


「あいつは……そいうんじゃなくって」


「何があったかは知らないけど…あれはかわいそうだよ」


「う…」


 そういわれると反論できない。さすがに俺も少し悪い事をしたかと思っていた。朝早くから起きた努力を邪険にしてしまった。


「謝っておいた方がいいよ…」


「……わかってるよ」


「じゃあ俺、部活行ってくるから」


「じゃあな…」


 隼人は俺とは反対方向の廊下を歩いていく。俺は月の教室に向かう。わずかな罪悪感を抱えて。






◇◇◇お礼とお願い◇◇◇


どうも広井 海です。


第五話を最後まで読んでいただき大変ありがとうございます。


皆さんのおかげで「死ねない俺を殺したい彼女」週間ランキングで201位になっていました。


自分は投稿を始めて一か月も経っていない身なのでランキングを見た時とても感動しました。


最後に少しでも良かったと思えたらぜひ、☆評価、いいね、フォロー等よろしくお願いいたします。

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