【完結】「跡継ぎに選ばれたのは、国一番の美女と称される姉ではなく、地味姫と呼ばれ蔑まれていた第二王女の私でした」
まほりろ
第1話「姉は国一番の美人、妹は地味な容姿の枯葉姫」
クルーク国には二人の姫がいた。
姉のセーロスは十八歳。
彼女は王妃譲りの美貌と金色の髪にサファイアブルーの瞳を持っていて、誰もが振り返る美女だった。
セーロスの趣味は城に宝石商を呼んでの買い物と、お茶会に参加して貴族の令嬢相手にマウントを取ることと、パーティで美男子とダンスを踊ること。
妹のジェニーは十七歳。
彼女は煉瓦色の髪に栗色の瞳の平凡な容姿で、趣味は読書。
ジェニーは髪の色と瞳の色が茶色のため、「枯葉姫」「地味姫」と呼ばれて蔑まれていた。
彼女のことをそう呼ぶように仕向けているのは、第一王女のセーロスだった。
彼女は何かにつけて妹にマウントを取り、己の自尊心を満たしていた。
ある時、年老いた国王が子供たちのどちらかに王位を譲り隠居することを決めた。
姉のセーロスは、当然美しい自分が王位を継承できると思っていた。
しかし国王は!
「二人の王女のうちより賢い方に王位を譲る。
余の前で己がいかに己が賢いか、三十分以内に証明してみせよ。
猶予を一か月与える」
と言い出した。
己の美しさを鼻にかけ勉強をサボってきたセーロスは、国王の思いがけない言動に驚きを隠せなかった。
それでもセーロスは一生懸命頑張って、己の賢さを証明する方法を探した。
☆☆☆☆☆
一か月後。
二人の王女は王の前で己の賢さを証明することになった。
玉座の間には国王と王妃を始め、国中の重臣が集まっていた。
「まずは第一王女であるセーロス。
そなたから己の賢さを証明しなさい」
「はい、お父様」
桃色のベルラインのドレスをまとったセーロスが、国王の前に進み出る。
「わたくしは九九の暗唱をして、己の賢さを証明してみせますわ。
この一か月で九九を暗記して参りました。 苦労しましたが、やっと覚えることができましたわ」
セーロスは一か月かけて九九を九の段まで暗記してきた。
重臣からどよめきがおこる。
それもそのはず、王族や貴族は九九を十歳までに覚えるのが常識とされていた。
それをセーロスは十八歳になって、やっと覚えたと言うのだ。
だが当のセーロスは重臣たちからどよめきが起きたのは、己の賢さに恐れおののいているからだと、自分の都合の良いように解釈していた。
「まずは一の段から、
……」
本当に九九の暗唱を始めたセーロスに重臣から、再度どよめきが起きた。
セーロスを可愛がってきた王妃は、娘の余りのおバカさ加減に頭を抱えた。
王妃は自分によく似た容姿のセーロスを可愛がってきた。
わがままも全て受け入れてきた。
王妃はセーロスの教育を全て教育係に任せていた。
王妃は自分によく似た容姿を持つ可愛い娘のセーロスがおバカなはずがないと思い込み、セーロスの成績を確認して来なかったのだ。
王妃の寵愛を傘に、セーロスは好き放題やっていた。
教育係を首にしたり、王女の勉学の友として城に呼ばれた貴族令嬢に宿題をやらせたり……。
セーロスが今まで勉強をサボっていたつけが回ってきたのだ。
母親の落胆に気づくことなく、セーロスが九九を読み上げていく。
この一か月で九九を覚えただけでも奇跡だ。
「
六の段まではなんとか間違えずに暗唱していたセーロスだが、七の段になったら間違い始めた。
どうやらセーロスは、正確に九九を暗記できなかったようだ。
「
その後も時おり九九を間違いながら、セーロスは三十分かけてゆっくりと九九の暗唱を終えた。
重臣たちはあまりの退屈さに、欠伸を噛み殺すのに必死だった。
「九九を完璧に暗唱しましたわ。
お父様には、わたくしの賢さをご理解いただけたでしょうか?」
セーロスは鼻の穴を膨らませ得意げな顔で言った。
重臣たちはそんなセーロスを見て、笑いをこらえるのに必死だった。
王妃は自分が可愛がっていたセーロスが、九九を暗唱した程度のことで(しかもところどころ間違えている)、得意げになっていることに恥ずかしくなった。
王妃の顔は耳まで真っ赤だ。
「あいわかった。
セーロスもう下がってよいぞ」
国王は表情一つ変えずそう言った。
国王が自分の娘が九九すら満足に唱えられなかったことに怒っているのか、落胆しているのか、周囲の者は国王の表情や仕草から読み取ろうとしたが、国王のポーカーフェイスは完璧で、彼らの努力は徒労に終わった。
セーロスは満足そうな笑みを浮かべ、元いた場所に戻った。
「次、第二王女ジェニーよ。
三十分時を与える余の前で賢さを証明してみせよ」
国王は抑揚のない声でそう告げた。
「はい、陛下」
天色のマーメイドドレスをまとったジェニーが、国王の前に進み出る。
「私は三十分で円周率を二万桁暗唱してみせます」
「なっ、円周率二万桁の暗唱ですって!」
セーロスが驚きの声を漏らす。
重臣達からもどよめきの声が上がる。
「円周率を二万桁を覚えるなんて無理よ!
仮に覚えられたとしても、三十分で暗唱できるはずがないわ!」
セーロスがジェニーに食ってかかる。
「はっ、わかったわ!
あなた円周率など誰もわからないと思って、適当な数字を並べて時間を潰すつもりね」
「そのようなことはいたしません。
私が正確に円周率を読み上げられるかどうか、宰相であるグラナート公爵と、魔術師団長であるヤーデ侯爵と、教会の最高権力者であるフェアトラウェン司教様に判断していただきます。
ここにお集まりの皆さまにも、円周率を二万桁まで書いた巻物をお渡しします。
もしも私がインチキをしているのではないかとお疑いの方は、巻物を見ながら私が正確に円周率を唱えているか、ご確認ください。
ルーエ、皆様に例のものを配って」
ジェニーが銀色の髪に紫の瞳の美少年に指示した。
「かしこまりました。
王女殿下」
ルーエと呼ばれた少年が、その場にいた者に巻物を配り始めた。
彼の名はルーエ・グラナート公爵家の次男で第二王女の側近をしている。
国王と王妃を始め、重臣たちの手元に円周率が記された分厚い巻物が行き渡る。
「お疑いであれば、お姉様もご確認ください」
ジェニーがルーエから巻物を受け取り、セーロスに手渡した。
巻物を開いたセーロスは、数字がびっしり書かれた紙を見て、それだけで卒倒しそうになった。
「では始めます」
皆に巻物が行き渡ったところで、ジェニーが円周率の詠唱を始めた。
☆☆☆☆☆
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