【Web版】モブだけど最強を目指します!~ゲーム世界に転生した俺は自由に強さを追い求める~

反面教師@5シリーズ書籍化予定!

一章 入学編

第1話 これは誰。俺は誰

 暖かな太陽の光。着慣れぬ制服。賑やかに通りを歩くのは、見覚えのある五人の少女たち。


 彼女たちは、俺にとってもう仮想世界フィクションの中の住人ではなかった。命と魂、たしかな存在を持った——人間だ。


 そう思うと余計に俺はこの世界のことを身近に感じる。


 ああ、ここは……ではない。




 ▼




 うつろうつろな意識の中、薄暗い部屋でコントローラーを握る。一つ二千ちょっとの安物コントローラーは、その値段に似合わぬ使いやすさを誇った。ピコピコとモニターに映し出されるテキストを進めていき、とうとう——待ちに待った文字が表示される。


 黄金色のフォントで<Complete>と。


 それを見た途端、俺はコントローラから手を離してグッと拳を握り締めた。年甲斐もなくはしゃいでしまうというもの。


「よっし! やっとゲームクリアだ!」


 思わず目も覚める。


 近所迷惑なんて関係ない。ここ数日はろくに睡眠を取れていなかったため、深夜テンションに任せて床を転がった。


 しばらく左右にゴロゴロ転がっていると、やがて興奮も冷めて冷静になってくる。


 それでも相変わらず心臓は達成感によりドクドクと激しく鼓動を打ち、体を動かしたことで汗をかく。


 そろそろ秋も終わりを告げて冬へ移行する時期だというのに、室内で暴れまわって風邪を引いたら笑い話にもならない。


 なんとか息を乱しながらも起き上がり、再び液晶画面を凝視する。何度見てもやり込んだゲームのホーム画面には、<Complete>の文字が表示されていた。


「……終わった、んだよな……」


 改めてその言葉を呟いた時、張り裂けそうなほどの悲愴ひそうを抱いた。


 目を逸らしたところで変わらない。コントローラーを持ち上げても消えない。今度は、ゲームをクリアしてしまった後悔が俺を襲う。


 終わったのではない。


 終わってしまったのだ。もう二度と、初見プレイ時に感じた興奮は得られない。それでもやる価値のあるゲームだと思ってはいるが、何もかも終わってしまった後だと悲しみは大きかった。


「楽しかった。すごい、楽しかった……ありがとう」


 それはゲームに向けた言葉か。それとも製作者に向けた言葉か。恐らく両方だろう。


 今は辛い現実など考えず、達成感だけを胸に抱き、遅れて押し寄せてきた睡魔に意識を奪われそうになりながら、パソコンの電源を落とす。


 先ほどまでの暴れようが懐かしく感じるくらいの静寂に満たされ、一分ほど真っ暗になったモニターを眺めたあと、俺はベッドに転がった。


 これまでの思い出を振り返りつつ、瞼を閉じる。


 不思議と、いつも以上に安らかな眠りが訪れた。




 ▼




 目を覚ます。真っ先に視界に映った光景を見て、頭上に<?>が浮かんだ。


 まず天井が見えた。普段、俺が見慣れたベージュのそれではない。鮮やかな青と白に彩られた天井だ。やや朦朧とする意識の中で、ゆっくり左右へ視線を移しても、その色が途切れることはない。壁も床も同色に塗られている。


「……どこだ、ここ」


 いくら寝起きだからって、何年も住んだ部屋の内装を見間違えたりするはずがない。そもそも置かれている家具からして違うし、部屋の広さも倍近くあるように見える。


 なぜか微妙に掠れた声でシンプルな疑問を呟くと、何の予兆もなしに部屋の扉が開いた。西洋風のロングスカートを履いたメイドが入室する。日本の秋葉原やアニメでよく見るミニスカではない。清楚さと上品さを併せ持ったメイド服だ。


 思わず来訪者の装いを凝視していると、俺の視線に気付いたメイドさんの目が大きく見開かれる。


「ヘルメス様!? お目覚めになったのですね!」


 メイドさんが知らない名前を叫ぶ。嬉しそうに涙を浮かべながらベッドに近付くあたり、彼女が言う<ヘルメス様>とやらは、どうやら俺のことらしい。残念ながらそんなお洒落な名前じゃないよ?


「ヘルメス……? 俺のこと、ですか?」


「……へ? なにを……まさか!? ご記憶が!?」


 俺の当然の返事に、しかしメイドさんは戦慄する。手で口元を隠し、ぶるぶると震えていた。


 状況がまったく理解できない俺を置いてけぼりにして、なおも彼女は叫ぶ。声に悲痛な想いが込められていた。


「そんな……馬車での事故からようやく回復し、こうして目覚めたというのに……それでも記憶すら失うなんて……!」


「馬車? 事故? 一体なんの話ですか?」


「ああ……やはり覚えていませんか。ヘルメス様の疑問に答えるには、最後にもう一つだけ確認したいことがございます。お答えいただけるでしょうか?」


「えっと……俺に答えられる内容であれば」


「きっと私の予想した通りの答えが出てくるでしょう。では失礼して……ヘルメス様は、私の名前を覚えていますか?」


「…………すみません。覚えてません」


 なるほどいい質問だ。


 俺が彼女の言うヘルメス様かどうかは置いといて、目の前のメイドさんのことは知らない。どちらにせよ答えられないなら、少なくとも彼女の疑問くらいは晴れただろう。その証拠に、俺の回答を聞くや否や、メイドさんは心底落ち込んだ素振りを見せる。どうやら彼女の予想は的中したらしい。


「そう、ですか……ありがとうございます。それではヘルメス様はもうしばらくお休みください。私はあなた様のご両親に、ヘルメス様が目覚めたことを伝えないといけませんので……」


「は、はぁ……わかりました」


 そう言ってメイドさんは部屋から出ていく。残された俺はというと、やはり状況がさっぱり飲み込めなくてずっと困惑していた。


 彼女のほうはいいよね。自分の知りたいことを知れたのだから。かと言って泣きながら慌てふためく彼女に、「俺の質問にも答えてくれる? たくさんあるんだけど」とは言えなかった。両親が来るなら、メイドさんに聞くより俺の知りたいこともより正確にわかるだろう。


 今は高級ホテルみたいな場所に泊まれてラッキー、くらいに思っておく。


 ずれた掛け布団を直し、両親やメイドさんが戻ってくるまで横になっていよう。そう思い、ベッドの上で横になろうとしたら、ふいに、部屋に置かれた三面鏡が見えた。


「そう言えば……メイドさんは俺が事故にあったとか言ってたな。どれくらいの怪我なのか確認しておくか」


 実は起きてからすぐに気付いたのだが、俺の額……というか頭には包帯が巻かれているっぽい。触れるとそれらしい感触がする。


 馬車ってなに時代の産物だよ(笑)とか鼻で笑ってみたが、自分の体のことなのでちょっと心配だったりする。針で縫ってたら嫌だなぁ……。いや、痛みを感じないのだからよかったと安堵すべきか。


 よそよそとベッドから下りて、一抹の不安を感じながら鏡を覗く。すると、


「————え?」




 鏡面に、知らない顔が映っていた。


———————————————————————

【あとがき】

※Web版と書籍版で大きく内容や設定が異なります。

どちらも楽しめるお話なので、よかったら書籍版も手に取ってください!

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