十一話

「どうかなさいましたか?」


 部屋の窓際の椅子に座り、頬杖を付いて溜息を漏らしているソフィヤ王女に私は声をかけた。


「兄上が、またやらかしたのよ」


 呆れた口調で王女は言った。


「ユーリー王子ですか? 今度は何を……?」


「つい先日、隣国から贈られた貴重な花器を、酔った勢いで割ってしまったそうよ」


「それは、また……」


「来週の夜会で、それを皆に披露すると自慢げに言っていたのに……。楽しみにしていた者、ひいては贈ってくださった隣国にどう言い訳するのかしら」


 はあ、と深い溜息を吐き、王女は窓の外の青空を憂いた表情で眺めていた。


 ユーリー王子のこういった話は枚挙にいとまがない。酒好きは誰もが知るところで、泥酔した挙句、半裸で廊下で寝ていたとか、窓を割って血だらけのまま庭ではしゃいでいたなど、王子としてあるまじき行為は数多く目撃されていた。もちろん側近は飲み過ぎないよう止めているのだろうが、相手が王子では止め切れないのかもしれない。ソフィヤ王女に溜息を吐かせる話は尽きる様子もなく、こうしてたびたび耳に入ってくる。


 では酒さえ飲まなければ問題のないお方なのかと言うと、そうでもないようだ。普段の王子は真面目で威厳もあるが、その性格には短気なところがあり、周囲の者は逆鱗に触れないよう気を遣う毎日らしい。以前に聞いた話では、側仕えが頼まれ持ってきた便箋がいつも使っているものと違うというだけで足蹴にされたという。そんなことから王子に対して、眉をひそめる者も少なからずいる。その一人が、双子の妹であるソフィヤ王女だ。


「母上ー!」


 部屋の扉を勢いよく開け、ばたばたと走って入って来た我が子を王女は笑顔で迎える。


「部屋に入る時は扉を叩いてからでしょう? お勉強は済んだの?」


「うん! だから一緒に遊ぼう!」


 ぴょんぴょんと跳ねる小さな王子は母の腰に抱き付こうとする。まるで子犬のように愛らしい。そんな我が子を見ている時の王女の眼差しはとても穏やかで、幸せそうだ。


「わかりました。それではお庭で咲いたばかりのお花でも見に行きましょうか」


「えー、お花より駆けっこがしたい」


「ふふっ、仕方ないわね。ではそうしましょう。母上より足は速くなったのかしら?」


「もう負けない! 僕が勝つよ!」


 お二人は手をつなぎ、話しながら部屋を出て行く。その後を私は微笑ましく見ながら追った。


 ソフィヤ王女はいかにも女性らしく、愛を大事にされているお方だ。性格もお優しく、誰かに怒鳴るようなお姿は一度も見たことはない。ユーリー王子とは逆の、模範にすべき素晴らしいお方だと私は思っている。しかし、すべての者が私と同じ見方はしていないようだ。王子と同様に、ソフィヤ王女にも悪い話というものはある。悪口を言いふらしているとか、騙されたとか……具体的な内容までは知らないし、聞く必要もないが、出所のわからない話が時々聞こえてきたりする。だがそんな話をする者は王女と接したことのない者だろう。これほど愛に溢れた方が、誰かを騙すようなことをするはずがない。実際にお会いし、話せば、それがわかるだろう。


 お父上である先の王が亡くなられた時も、国葬の場では気丈なお姿でおられたが、その後は長い間、お一人で悲しみに暮れていたのを私は見ている。先王が床に伏せられてからあまり会いに行けなかったと悔いるお言葉も聞いている。そのお心には愛しかないのだ。それなのにソフィヤ王女は王の器ではないと影でささやかれていた。あんな欲深な王女に王国を任せたら、瞬く間に王政は傾いてしまうと何者かは言ったそうだ。それは私にすれば笑い話のように聞こえた。王女が王にふさわしくないのなら、もうこの王国に王と呼べる者は誰一人いないだろう。何をもって欲深だと感じたのか知らないが、ソフィヤ王女にそんな要素は微塵もない。あるのは王国のすべてを思う美しいお心だけだ。


 一方のユーリー王子も、ある一部では王になるべきか疑問視されていた。それは当然だ。皆が知るほどの素行の問題から、どう見ても王にふさわしいとは思えない。だが王子と王女、どちらが国王になるべきかと問われると、半数以上の者は王子を望んでいるのが現状だった。酒癖が悪く、短気でも、その真面目さは評価されている。しかし王女は国政にはあまり参加しておらず、その場合の手腕にはどうしても不安が付きまとってしまい、こんな見方をされているのだ。確かに経験は少なくても、怒鳴り、周りを畏縮させる国王よりはソフィヤ王女のほうが心の通った政治を敷いてくれるはずだ。他の者はどうあれ、私は新国王にはソフィヤ王女しか望んでいない。


 そもそもこんな話がされているのは、先王が後継者を告げずに亡くなられてしまったからだ。本来なら王位を巡る争いをなくすために、先王が意識のあるうちに後継者を決めるべきなのだが、それが果たされなかったため、王子派と王女派に分かれる状況になってしまったわけだ。


 王女はもともと王子との仲はあまりよくなかったのだが、後継者問題が起こると、それはさらに悪化したようだった。それと同時に周囲から湧き出る陰口の量も増え、お二人の関係の悪化に拍車がかかった。同じ場にいても目も合わせず、王女は口を利くどころか、王子についての話を一切しなくなった。そのお心は憤っているのか、呆れているのか、それとも諦めているのか……。私には想像するしかなかったが、しかしある日、王女はこんなことをおっしゃった。


「このままでは、我が王国の先行きが心配だわ」


 侯爵夫妻と会われた後、王宮の廊下を歩かれながらぼそりとそう呟かれたのを私は聞いた。楽しい時間を過ごされても、王女のお気持ちは常に王国の未来を憂えているのだと改めて知った。そんなお言葉は、それから幾度も耳にするようになった。


「民が幸せに暮らせなければ、私達がいる意味はないわ」


 ある時は眠ったお子を撫でながら、そうおっしゃった。


「王国の平和を保つには、耐え忍ぶ精神も必要……短気を起こされたら民も迷惑だわ」


 ある時は窓から城下を眺めながら、そうおっしゃった。


「兄上が導く王国など、私には考えられない。きっと独善的で、強硬な態度を取り、周辺国との関係も悪くさせてしまうわ。……ナザリー、あなたもそう思わない?」


 ある時は机に向かい、便箋にペンを走らせながら、私にそうお尋ねになった。王子のお話に、素直にそうですとはさすがに答えにくく、その場は苦笑いを返すしかなかった。だが胸の中では何度も頷いていた。ユーリー王子は真面目かもしれないが、ひとたび逆鱗に触れれば、国王という権力を弱者にも振りかざしかねない不安がある。いわゆる暴君に豹変でもされたら、王国の未来は不幸なものになるだろう。やはり王にふさわしいのはソフィヤ王女だけなのだ。私達を、王国を、愛をもって導けるのはこのお方のみ……私は、そんなふうに皆を幸せにするソフィヤ新国王のお側に付きたいと願っていた。


 しかし、周囲の状況は願い通りには変わらなかった。王位を継ぐ者は王族と関係者だけでの話し合いで決められるはずだが、決定したとはなかなか発表されなかった。その間にも王子派と王女派の情報合戦は続き、そこでは王子が王位を継ぐために着々と手を打っているという話が多く聞こえてきた。王子が優勢――そんな雰囲気がこちらに流れてきた。それが濃くなるにつれ、ソフィヤ王女の王国を憂うお言葉はますます多くなっていった。


「兄上が国王になったら、民は不幸だわ。あの短気に振り回されるのだから」


「我が王国のために、私は何ができるのでしょうね」


「この身を王国のために捧げる……その準備も覚悟もあるというのに」


 私がお側にいる時の多くの時間、王女はそのように心配を口にし続けていた。それを聞いていると、私も何かお手伝いができればと強く思ったが、一兵士がこの問題でできることなどありはしない。もどかしくても傍観するしかないのが現状だった。


「証があったら、私が王国を導けるというのに……」


 ある日、王女はぽつりとそう言った。


「証? 国王の証のことですか?」


「そうよ。国王に選ばれた者が代々受け継ぐ、黄金の紋章……知っているでしょう?」


「お話には聞いたことはありますが、実物は見たことはありません。本当にそういったものがあるのですね」


「王家の人間のみ触れることが許されている秘宝ですから、公にはされていないのよ」


「本来なら、先王から渡されるべきものなのですか?」


「ええ。でも父上は何もおっしゃらず、天に召されてしまった……だから今、証は誰のものでもないの」


「ソフィヤ様のものにすることは可能なのですか?」


 聞くと、王女は笑みを浮かべた。


「私が後継者として指名されていれば、証は自動的に私のものになるでしょう。ですが父上がいない今は無理な話ね。行われる国王選定の話し合いの結果を待つしかないわ」


 すると、王女の笑んだ目が真剣な色を見せると、私を見つめてきた。


「けれど、私の手元にあれば、それは私が後継者として選ばれたと、皆は思うでしょうね」


 王女はこちらをうかがうように見ていたが、またすぐに笑みを浮かべた。


「……もう叶わないことでしょうけど」


 くすりと笑うと、王女は部屋の奥へと去られていった。王女は、この王国を正しく導ける者はご自分だと考えておられるようだった。それには強く同感した。と同時に、ご本人にその気があるのなら、やはり国王になっていただきたい気持ちが再び湧き上がった。しかし現状は王子が有利で、王女はやや劣勢だ。どんなに熱意があっても、このままでは王位は王子のものになってしまうだろう。私には本当に何もできることはないのか――自問自答していた私に、王女は毎日のように話しかけてくださった。


「懐かしい思い出に浸りたくて、久しぶりに父上のお部屋へ行ってみたの。今も生前のままに残されていて、胸がいっぱいになってしまったわ。新たな国王が次にお部屋を使うと思うと、それは私がいいと思ったわ。兄上に使わせたら、父上の思い出などかえりみないでしょうから。でもそれも、国王になれなければできないけれど」


 王女の胸にはいつまでもお父上がおられる。やはり愛情深いお方なのだ。


「証がどこに保管されているか知っているかしら? 私は知っているの。父上のお部屋の奥にある宝物箱にしまわれているのよ。ちなみに宝物箱の鍵は執務室の机の引き出しよ。証は王家の人間しか触れてはいけないから、父上が亡くなられた後も誰にも触れられず、あのお部屋に置かれたまま。よからぬ考えを持った者に盗まれないか、正直心配だわ。早く新たな国王の手に渡るといいのだけれど」


 そんな状態で置かれているのは確かに不安だ。しかし新国王が決まらなければ無闇に触れることもできない。一体いつになったら決まるのだろうか。


「兄上の取り巻きは本当にたちが悪いわ。私を見ると鼻で笑ったのよ。あんな品位のない者達が国政に携わるかもしれないと思うと、めまいを起こしそうよ。やはり兄上が王では、この王国は悪いほうへと変わってしまいそうだわ。私に、国王となれる力が、それを証明するものがあれば……」


 王国の未来を真剣に思う王女こそが王になるべきだが、それを熱意と言葉だけで証明するのは難しい。そこに有無を言わせぬものがなければ、王子を退けることはできないだろう。力に証明――私の頭には一つしか浮かばなかった。先王の部屋にあるという国王の証。それが王女の手元にあれば、周囲は後継者と認めるはず。誰も触れず、動かされていないのなら、こっそり持ち出しても気付かれないかもしれない。先王がご存命の時に、実は王女に証を渡していたとすれば、ソフィヤ王女は公に後継者と認められ、王位を継ぐことが決まる……!


 そんなあらすじを書いたものの、やはりこちらに都合がよすぎると思えた。王宮内外の夜の警備は厳しく、まして先王の部屋に忍び込めば、見つかる可能性は高くなる。それでも運よく盗めたとしても、証が王女に渡されていたという話をすんなり信じてもらえるかどうか。不自然だと指摘する声は必ず上がりそうだ。だが証が手元にあるという事実は強い。それだけで王女は押し切れるだろうか。それとも、王女はそんなことを望まないだろうか……。


 実行すべきか否か、その迷いに判断をつけていただくため、私はある日に王女へこんな質問をしてみた。


「ソフィヤ様、もしも、国王の証をご自身の机で見つけられたら、それは宝物箱へ戻されますか? それとも、お父上のご意思として、皆に発表されますか?」


 これに王女は怪訝な表情を浮かべた。


「何? おかしな質問ね。証が勝手に歩かなければあり得もしない話だわ」


 こんな馬鹿な話には答えてくれないかと思ったが、王女は優しい微笑みを見せると言った。


「でも、そんなあり得ないことが起こったとしたら、私はきっと父上の意思と受け取るかもしれないわね。私に王国を導けという……」


 そのお言葉で私の中の迷いは消えた。実行だ。


 それから私は先王の部屋へ忍び込む時を慎重に探った。少しでも警備が手薄になる日はないものだろうか。


「来週、兄上が大勢を招いて夕食会を開くのですって。もう国王になったつもりなのかしら。警備の兵もそれに付き合わされて、苦労することでしょうね」


 王女は呆れた口調で、そう何気なく話された。大勢を招くのなら、警備の数も増員される。その分は他の場所を受け持つ王宮の衛兵が動員されるはずだ。つまり夕食会の時間帯、一時的に警備が手薄なった時が絶好の機会――予定は決まった。


 そうして私は先王の部屋に忍び込み、そして国王の証を盗み出した。そこまでは思い描いた通りだった。だがその直後、私はしくじったのだ。誰もいないものと警戒を怠り、近付く人影に気付くのが遅れ、見つかってしまった。予定ではこのまま王女の部屋へ行き、証をそっと置いて去るつもりだったのだが、追われる身になってはそんな余裕もなく、やむを得ず王宮を出てひとまず姿をくらます他なかった。その時はすぐに戻るつもりだった。まさか記憶をなくすなど思いもしていなかったから……。


 けれど、ようやく戻るのだ。のどかな自然の景色の先には、城下町と立派な王宮が見えている。あそこにおられるソフィヤ王女に、遅ればせながら国王の証をお渡しするのだ。そして女王ソフィヤ様により、王国はより良い未来へ導かれる――それも、もうすぐのことだ。


 林の中を流れる小川に私は手を入れる。ひんやりと冷たい水をすくい、それを口に流し込む。ここまで歩き続け、疲労と暑さで乾いていた喉が一気に潤い、全身に活力が戻ったようだ。それが隅々へ行き渡るまで何度も水を飲む。そして最後に汗の滲んだ顔にバシャリとかけ、拭った。気分一新、王都まで元気に行けそうだ。


 深呼吸をしながら立ち上がった時、私の首元を黒く丸い石が叩いた。峠で見つけた首飾りだが、私は切れた紐を結び直し、また首に付けていた。これは確かに貰ったものだが、いつ、誰からかは未だに思い出せていない。おかしな話だ。貰ったという認識はあるというのに。思い出せていないのは、王宮から逃げた直後から、峠でパーレンに追われるまでの間の期間……どれだけの日数かはわからないが、おそらくその間に私は誰かと会い、この首飾りを貰ったのだろう。しかし、追われている身で一体誰に会ったのか。知人にでも助けを求めたのだろうか……やはり思い出せない。だが、頭の奥で何かがくすぶっているのは感じる。些細なきっかけでもあれば、すぐにでも引っ張り出せそうな気はするのだが……私は何を忘れているのだろう……。


 しかしふと遠くの王宮を見て、私は意識を切り替えた。今は自分の記憶より、証を持って行くことのほうが大事だ。思い出す作業はその後だっていい。早く証を王女の元へ――休憩を終え、小川から離れようとした時だった。


 林の中にわずかな気配を感じ、私は振り返った。目を凝らすが人影はない。だがわかっていた。ここまで姿を見せず、こちらを黙って追って来る気配があることを。襲って来る様子がないため放っておいたのだが、王都を目前にしてはさすがに放ってもおけない。ここでお引き取り願おうと思い、私は見えない相手に声をかけた。


「そんなに欲しいのなら、奪ってみたらどうだ」


 しばしの沈黙の後、相手は木の陰から静かに姿を見せた。


「……やはり、あなたか」


 予想はできていたが、付いて来ていた気配はやはりパーレンだった。険しい表情でこちらを見てくる。


「剣は抜かないのか?」


「お前と戦いたいわけじゃない」


「ではなぜ後を追って来る。証を奪うためじゃないのか?」


 これにパーレンは目を伏せた。


「何を言っても聞かないとは思うが……王都へは入るな」


「ふっ、確かに、そんなことは聞けない話だ」


「こっちは真面目に忠告してる。証を持ってっても、もはや状況は変わらない。新国王は、ユーリー王子に決まった」


「発表があったの?」


「いや、それはまだないが……」


 私は安堵した。


「それならまだ決まっていない。嘘はやめて」


「嘘じゃない。証を王女に渡したところで、王女は国王になれないし、お前は死ぬだけだぞ」


「証を持つ者が次の国王になれると、そう決められている。発表もなく、王子は証も持っていない。それでなぜ国王になると言えるの?」


「お前が、証を盗んだからだ」


「答えになっていない」


「これはれっきとした答えだ。お前が馬鹿なことをしたおかげで、王位は確定しちまったんだよ。そして、お前の運命も……」


 一歩前に出ると、パーレンは力のこもった表情を向けてきた。


「王女が証を手にしようとしまいと、もう手遅れだ。お前には死しか待ってない。だから、王都へ行く意味なんてないんだよ」


「……仲間から何を聞いているの?」


 パーレンは口ごもった。


「そんなこと、言えるか。俺は追っ手の側なんだ。わかってくれ……」


「それにしては私を捕らえようとしないのはなぜだ? 刺青を警戒しているのか? それとも、嘘を言って誘導しようとしているのか?」


 この言葉に、パーレンは感情をあらわにこちらを睨んできた。


「俺は、お前のために言ってる。かつての仲間だったよしみで見逃してくれた気持ちに報いるために……これは、俺からの最後の助言だ」


 あまりに真剣な様子に、私は言い返すことも忘れ、パーレンの言葉を聞き続けた。


「証を俺に渡せ。そうしたらすぐに王国を出ろ。国境さえ過ぎれば、お前を追ってくる者もいなくなる。もう二度とここには戻れなくなるが、死ぬよりはましだろう」


 つまり、死にたくなければ、証を渡せ、ということか……。


「……前に言ったはずだ。その覚悟はできていると」


「無駄死にしたいのか」


「そんなつもりはないが、王子が新国王を名乗るのなら、私は余計に王都へ行かなければならない。なぜなら、証はここにあるから……ふさわしいお方の元へ必ずお届けする」


 途端、パーレンの目が鋭く吊り上がった。


「俺の言うことを聞け! お前はまた馬鹿な真似をしたいのか!」


「馬鹿だと思ってくれて構わない。これが、私の望みで願いにつながるんだ」


「その願いが叶うことはない。女王の即位はない。お前は大馬鹿者として、その身をさらされるぞ」


 きっとそうだろう。捕まれば愚かな盗人とさげすまれ、そして大罪人として処刑されるだろう。でもまだ決まっていない。パーレンが何と言おうと、私は最後の最後まで望みを捨てない。願いを諦めない。ソフィヤ王女に証をお渡しするまでは――決意と覚悟を胸に、私は街道へと向かう。


「おいっ!」


 背後からパーレンに呼ばれ、私は首だけを振り向かせた。


「もう付いて来るな。あなたの役目は王都の内側にはないはずだ」


「わかってるさ。お前を追うのもここまでだ。死にに行きたいなら勝手に行け。だが俺は言ったぞ。お前のために……」


 パーレンはこちらを睨み、唇を噛み締めていた。彼ともここでお別れだ。


「……パーレン」


 呼んでも睨んだままの相手に、私は言った。


「ありがとう」


「……何の礼だ」


「ここまでの、いろいろだ」


 私は前を向き、再び歩き出した。もう戻れない……いや、戻らない。私はそう決めた。始めからそう決めていたはずだ。それを忘れるな……!

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