3話 えっちぃのは嫌いです


 優雅に白銀の長髪を揺らし、サファイアブルー色の宝石のような瞳で見つめ、その銀髪青目という日本人離れした容姿から幼く可愛げなスマイルを振りまく。


「あの子可愛いなぁ……」

「新しい子だ。今日はラッキー」


 決して大きくは無いがしっかりと存在を主張する胸を襟から覗かせ、ミニスカから黒いニーソックスに包まれたむっちりした脚を露出させて周囲の男の視線を釘付けにする。


「絶対領域……さいこ」

「ニーソの食い込みいい……」


 そんな店の中央で必死に働く小さな少女に対して鼻の下を伸ばし、見守るかのようなねっとりとした目を向ける紳士たち。あの、聞こえてますよ? 平然を装ってるけどセクハラ発言男ども――ありもしない幻想に浸る哀れな人々。


「そんな男どもに言ってやりたい……中身は男だって」


 震える手を見られないように隠しながらヘンタイ目線をよこしてくる男どもを心の中で何度も殴る。やめてくれよ俺はヤローに色目使われて欲情する趣味は無いんだ。辛い助けて……


 ほぼ満席の大繁盛する店内をびくびくと身を縮めながら移動して何とか厨房の方まで戻ってくる。今日はもともと出るはずだった一人が休んでいるため、厨房にはねーさんが黙々と料理の盛り付けを行っていた。


 食器を下げたり持っていくのは俺、ねーさんは料理とレジ打ちを担当と役割分担している。小さな店だが回すのには二人では忙しすぎる環境だった。


「おっしお疲れ。はい、これ三番テーブルね。そこにあるチーズケーキは五番よろ」

「ね、ねぇさん……変わってくれない? 外辛い行きたくない……」


 カタっとお盆を置くとそう頼み込んでみるが気にも留めてない様子だ。言葉を無視してさっき置いた丸いお盆の上に四つケーキを乗っけて再び俺にそれをよこしてくる。


「男なら泣き事言わないの。うちのスタッフこんな忙しくても頑張ってるんだしー? ほらほらがんばがんば」

「そう言うけどさ、俺って極度の人間不信なんだよ? どうして接客なんかやらせるんだよ!?」


「いやー、気持ちは分かるけどあの子休んじゃったしー? しゃーねーなって」

「うぅ……でも……」


「いいじゃん、誰もアンタのことなんて何とも思ってないって。だからはよ行けって」

「で、でも、流石にこの制服は無いんじゃないか!? ジロジロ見られてて気が気でないんだけど?」


 シッシッと手を振りながら邪魔そうにしているねーさんに抗議の意味も含めて大きな声を出す。必死な形相に驚いて作業の手をやめて申し訳なさそうにしていた彼女だが、それも一瞬ですぐに呆れて冷めた表情に戻る。


「いや、それうちの正装だし――それにそれデザインしたのアンタっしょ?」

「そ、そうだけど……それと俺が着る話はべ……べつ……」


 ねーさんの指摘に喉が詰まってしまう。彼女の言う通りデザインした本人がぶーぶー言うのは少し変だが――それよりも俺って自分でデザインしたふりふりで胸元空いたミニスカな服着て人前に出てるのかよ……それはそれでイタいやつじゃんかよ。ちくしょう……


「それにアンタさ、うちのかわいー従業員にこんなえっちぃの作って着せてニタニタウホウホ欲情してたのに、自分が着ることになったギャーギャー喚くの超ダサくない?」

「そんなゴリラみたいな欲情してないし、エロ可愛いデザインで客釣ろって言ったのねーさんだし」


「ソーダッタカナー? でも、それ着たうちの子たちのこと裏の仕事の時じろぉっと見てたよね? 紳士ぶって純白気取ってるアンタでもきっとうちらのこと頭ん中で裸にしたりキモいもーそーしてたんでしょ?」

「し、してねぇよっ! 憶測で語るなよ」


「あーあー! やっぱりしてたのか~――まあ、アンタも同じ気持ち味わえばいーじゃん。きっとアンタも男たちの頭の中ではイケナイことされちゃってるんだなぁ~かわいそーきゃはは。恥ずかしながらセンセー来る12時までは頑張りなー?」


 バカにしたような笑い声をあげながら作業に戻っていく。居候させてもらっている身としてこれ以上抗議することなんかできなかった。でも、そこまで言わなくても良いじゃないかよ……俺がイケナイことって――……ぅぁ……っ、想像するだけでも背筋がゾクゾクする。マジでやめてください紳士さんたち……


 肉食獣に怯えるか弱い草食獣のような気持ちで意を決して持ち場に戻るが、残念ながら先ほどと変わらず欲情した視線を向けられる結果となった。本当に見つめないで欲しい――てか、この店男の人多くない? 女の人もいるけど体感男性率が三割増しで多い。


「お、お待たせしました。チーズケーキお二つお持ちしました……」


 ミニスカを押さえつけると、消え去りそうな声で五番テーブルまでやって来て食品をお客さんに渡す。俺が消え去りたい……二十代ぐらいの男二人組の客でスマホゲーでも見せ合っていたのか二人とも同じゲーム同じ画面を開いていた……あっ、このゲーム――……あれ?


「気になります?」

「あ、あ、いえ……」


「これ、すっげー面白いっすよ」

「そ、そうなんですか……」


 見た感じ話した感じもの凄き気さくな兄ちゃんたちだった。ただコミュ障の俺でも気になったのは彼らでもなくゲームの内容でもなく画面に写る一枚のイラスト。


 こんな陽キャっぽい子でも萌え絵のソシャゲするんだな――とか、そういえばこのゲーム面白かったな続いてたんだな――とか、ヘンタイ視線がどうこうとか……そういう考えが軽く飛んでいってしまいそうだった。もし、仕事でなければここから逃げ出してしまいそうだった。


「あ、この子気になるんすっか? この子は今熱いっすよ?」

「声優も人気だし、絵も可愛いし、強いし、ダントツ環境トップクラスなんですよ」


「……え、絵……」

「ん?」


「え、絵を描いている方は誰なんですか……?」


 震えた声で――……このまま死んでしまいそうなぐらい静かな声で尋ねる……


「ん? あー、黄昏ソラさんっすよ?」

「え? アサヒじゃなかったかこれ?」


「それは前の絵な。リメイクして変わった――というよりかは本来のところに戻ったってっか……」

「あーあートレパクして炎上したアイツね。てか、パクられたソラさんが描いてるの?」


「そうだよ。まあ、トレパク野郎から正当なところに権利が戻ったと思えばいいんじゃね? 権利関係で面倒なのに粋なことしてくれるっすよなー運営は」

「あはは、そうだよなぁ~」


 そんな話をして笑いあう二人――そっか、やっぱり世間はそんな感じなのか。やっぱり、自分は悪者であの人は正義なのか――自分が生み出した子も取られちゃうのか。思わずギュッと手に力が入る――爪が食い込んで手のひらが痛む。


「ありがとうございます……ごゆっくりお召し上がりください……」


 なるべく感情を押し殺したつもりだったが分かりやすいぐらいに声が上ずってた。表情を隠すかのようにして深くお辞儀をするとその場から逃げるようにして去る。もちろん彼らが悪いわけではない。しかし……納得できなかった。


「どうして……っ!」


 スカートの裾を力強く握る……悔しい……やっぱり悔しいよ。自分の子が取られたのもそうだが俺が悪者扱いされていることに泣き出しそうになってしまう。いや、感情的になりやすい俺でも涙すら出なかった。


 世間に出ればこうなることは分かっていた。現実を突きつけられて辛い思いをしちゃうことぐらい――……怒りや悲しみが入り混じりってどうにかなってしまいそうだった……

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