宵越しの金は、何故持てないのか?

木曜日御前

第1話 諸君、私は散財が好きだ

 

 散財。

 

 財を散らすと書いて、散財。

 

 皆、この言葉にどういう印象を受けるだろうか?

 

 ・無駄遣いするな

 ・経済回してる

 ・貯蓄は?

 ・安物買いの銭失い

 ・投資しろ投資

 ・将来大丈夫?

 

 蓄財が求められてる今現代において、散財というのはなかなかに好かれない行為だと思う。動画サイトでは、プチプラであったり、セール情報が持て囃され。

 お高いバッグのブランドを出せば、なぜだか文句言われたり、マウントだと言われる不景気な日本。

 

 だが、私は敢えて言おう。

 

 散財が大好きだと。

 

 自分の散財も、他人の散財も、大好きだと。

 

 次は何買うかと通販サイトや、ブランドのSNSを漁る時の、トレジャーハンターになったようなワクワク感。

 ライブや演劇、何かしらの体験、美術展など見た事がないものに行くときの、未知の冒険へと向かうドキドキ感。

 高いものを買っちゃった時の、脳汁ダダ漏れの高揚感。

 お値段以上なのかどうなのか、届いた商品を試している時の、値踏みする期待感。

 そして、減っていく残高を見た時や値段以下のものだった時の、絶望感。

 

 それをすべて愛している。

 

 いいのだ、マイナスもあるから、プラスだった時の喜びはひとしおだ。なによりも友人にも張り切っておすすめできる。散財して得た情報を誰かに伝えられたら、マイナスだってプラスになる。

 

 ああ、大好き、散財。ラブ、散財。これからも、散財するね。

 

 

 

 さて、ここまで書いた作者の感想として、

 散財というのは、ギャンブルと一緒なのだと改めて思わされる。というか、散財の中にギャンブルがあるのだろうと思う。

 

「ギャンブルは外れたらお金が消えちゃうけど、散財した場合は必ず商品があるじゃない?」

 

 ノンノン、んなぁこたぁない。

 

 散財した時に外した場合は、ただゴミが送りつけられてくるし、下手したら商品すら届かない。

 私も昔、海外通販頼んだら商品が届かず、何度も催促したら、サイトごと消えたことがある。

 現在も私はあの時頼んだ、赤いドレス待ってるんだけどな。1万近くしたんだけどな。

 

 散財したところで、その散らした金分返ってくるわけではない。ゴミもくれば、金額以上のものがくることもある。

 

 今回はどっちなのだろうかと、ついつい金を出しては、期待してしまうのだ。

 

 ギャンブルというと、大学で心理学を学んでいた時の教授の発言を思い出してしまう。

 

「パチンコ屋に並ぶ人間はネズミと一緒」

 

 とんでもない炎上発言に聞こえるかもしれないが、これは行動心理学でのスキナー箱の実験、オペラント条件付けの実験として有名な話なのだ。

 

 オペラント条件付けというのは、ようは人間を自発的に動かすために『報酬』や『罰』を用意して学習させるという行動心理学の理論の一つ。

 

 実験の内容としては、箱の中で必ず餌が出てくるボタンを与えた場合と、ネズミにランダムで餌が出てくるボタンを与えた場合、を交互に与えた時、どちらが長く押すかという実験がある。

 

 結論から言うと、ランダムで餌が出てくるボタンを与えたネズミのが長くそのボタンを押し続ける。

 

 何故なら、ランダムの場合は、餌つまり『報酬』が出てこない時のストレスが貯まる分、『報酬』が出てきた時のストレスの開放感の振れ幅が大きく、それが強力な快楽という形で学習してしまうからだ。

 

 この行動心理学を使い、人間用のスキナー箱としてパチンコとなったと話していた気がする。

 

 よく考えれば、良い台を取るためにと朝早くから並び、大きい店ならくじ引きやらなんやらで入店順が決められる。あんな爆音かつ目が痛いような光の中で打ち続けるというのは、余程のストレスの溜まり具合だろう。

 それで、当たって『報酬』を得た時の快楽はとんでもないものだろう。

 

 先生が、まあネズミというのもわからなくはないが……と当時の私は思っていた。

 

 ただ、これは散財にも言える。

 まず、店舗で買うとしよう。

 欲しい物の為に、店へと行き、店員との対話などをこなして、お金を払う。そして、それを家へと持って帰る。欲しい物を手に入れる時、こんな労力がある。

 なんなら、店への行き方も車でなのか、電車でなのか、はたまた歩きなのか。それぞれ使う労力が変わってくる。

 

 しかし、そこまでして手に入れた欲しい物は簡単に壊れるかもしれないし、実はもっといい商品があることもある。

 

 ゲームだってそうだ。高い金を払い、時間を作ってプレイしたら、糞ゲーだった。なんてこともある。

 

 小説も買って見たら、あれれのれ? という終わりを迎えることもある。

 

 ライブのチケットも、曲が好きだからと行ってみたら、生演奏は酷くて聴けたもんじゃないという時もある。

 

 でも、それでも、皆期待して買ってしまうのは、今まで受けたストレスを開放してくれるような『報酬』に出会うためなのだ。

 

 そう、私達はパチンコ屋ではなく、デパートに、電気屋に、本屋に並ぶネズミなのではなかろうかと。

 

 ならば、ネズミ上等。私は、いつでも自分が欲しい物のためには労力を惜しまない。

 

 散財、ああ散財、散財。なんと罪深いのか。愛している。

 

 

 さて、そんな散財大好きな私が、こんなところでこんなしょうもないエッセイを始めたのか。

 理由? 特にない。と言い切りたい。それのがかっこいいじゃないか。でも、ちゃんと理由がある。

 創作が煮詰まってきたからだ。最高にダサい理由だろう。

 だから、ここいらでなんか気分転換になんかしようかーと思ったときに、私が書けそうなのが散財についてだったから。

 

 悲しいことに文章力も平凡、面白さも平凡、査読は下手という私に、難しい創作論を書くことは不可能。

 

 書いてて悲しいが、今思い詰めてるのもここで、自分なりに理由も考えてるが解決には至ってない。

 

 でもまあ、思い詰めてもただ煮詰まり続けて煮凝りになるだけだよな。

 そう思って、このエッセイを朝6時に書き散らしている。

 財だけではなく、文章も散らすのか私は。

 

 だが、まあ、エッセイってそんなもんだろう。エッセイ書き全員に殴られそうなことを書いてしまうけれども。

 

 私はそんなことを思いながら、約3万円したオーダーメイド枕に頭を預け、10万くらいのマットレスを今日もまたネットの海で探し始める。

 今の世の中のネズミはスマートフォンで報酬を見つけるのだから。

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