第18話

 玲奈に師事して早くも一ヶ月。

 敷地内の広場で秀蔵は地面にうつ伏せで倒れていた。

 ボロボロで泥まみれ。そんな秀蔵の背に腰掛けた玲那は楽しそうだ。


「まーだ悪癖が抜けないねぇ。こんなんじゃいつまで経っても強くはなれないよ」

「し、師匠……おもグハァッ!?」

「女性に向かって何を言う気かい? その口開けないように縫い付けてやろうか?」


 秀蔵の頭部に踵を落とした玲那はよっこらせと立ち上がった。

 長い髪が風に揺れる。泥まみれの秀蔵とは違い汗一つかかず服装に乱れもない。


「ぐぅ……いたたた……」

「それくらいで痛がってんじゃないよ」

「……はい」


 修行を見守っていた少女、莉菜が飲み物と手拭いをもってやってきた。


「あぁ、ありがとう」

「……」


 どういたしましてと言わんばかりにコクコク頷き同じものを玲那にも持っていく。


 この一ヶ月、ここで暮らしてきたが莉菜の声を一度も聞かなかった。玲那は事情を話さないし莉菜は話せないし。


 二人がどう言う関係なのかも知らなかった。


 わかったのは玲那がドSで鬼の様な存在だといこと。


「今、何か言ったかい?」

「いっ、いえ何も」


 そしてとてつもなく感が鋭い。そして滅茶苦茶強い事。


 莉奈に至ってはここで暮らす誰か。清楚を体現したかの様な剣気を宿している事。それに違わぬ性格をしている事くらい。


「はぁ……」


 わからない事だらけだった。剣気を感じる感覚を封じられる理由もまだわかっていなかった。


 思わずため息が溢れてしまう。


「さて、その様子じゃ今日も理解できなかったみたいだね」

「すみません。やはり理由がわからないです。何故剣気を封じるのか。強さを求めるなら逆では?」


 剣気をより多く、より精密に操る事で剣士は強くなっていく。しかし剣気を感じる事、操ることも封じられてしまっては元も子もない。


「そろそろ答え合わせをしとこうか。まず秀蔵に聞こうか。何故お前はここまで強くなれたと思う?」

「何故……」


 考える。今まで積み重ねてきた修練を。

 思い浮かぶのは正彦や海堂の事。


「教える人が良かったから?」

「違うね」

「……才能があったから?」

「それもある。でも違う」


 考え悩む秀蔵に玲那は出来の悪い弟子だとため息を吐く。


「目が見えなかったからだよ」

「目、が……?」


 その言葉を理解できなかった。秀蔵にとって盲目は欠点だ。これがなければもっと強くなれていたとさえ思う。それが秀蔵の強さの理由?


「もし秀蔵の目が見えていたとしたら至れても精々が剣豪級。しかし今のお前なら剣聖になることも夢じゃない。いや、私が教えるんだから剣聖くらいなれなきゃおかしいね」


 海堂や瀬戸にも何度か言われたことがあった。お前はいずれ剣聖に届くと。


「お前は目が見えないから、目に見えないものを感じる感覚が優れている。音、匂い、味、感触。そして剣気。しかし今のお前はどうだい。心眼を修得し、視ることに慣れてしまった。お前は楽を覚えてしまった。見えないのが普通だったのに、見えることが普通になってしまった」

「そ、れは……」


 言われたことに愕然とした。

 目を瞑った状態でどう生きろ? 今までそうやって生きてきただろう。


 いつのまにこんな自分になっていたのか。

 驕っていた。剣気を感じ操り、心眼を、剣士になるために必須だと正彦に言われた技を修得したことで驕り高ぶっていた。


「瞑想からやり直しだね。もう一度心の裡と向き合うんだ」

「……は、い」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る