第16話

「やぁ秀蔵くん。昇格おめでとう」

「あ、瀬戸さん。ありがとうございます。


 後日、協会の施設にて昇格試験を受けた秀蔵はあっさりと中級剣客に昇格した。


 昇格試験は協会の認定剣士によって行われる。認定剣士というのは協会に登録された剣士の中で普段の素行、実力、成果などから選ばれた他の剣士の模範とすべき者たちの事だ。


 こういった昇格試験や剣士の取り締まりを主な業務としている。


 試験自体は一人の対戦者とその周りを囲む四人の観測者によって行われる。

 今回秀蔵が相手したのは中級剣豪だった。

 勝つことは出来なかったが、それでも階級をいくつも飛ばして昇格できるだけの実力は示せた。


 今はその試験が終わったところだ。


「下級剣士から中級剣客へ四階級飛ばして昇格か」

「昇格試験を受けなかっただけっていうあまり褒められた話ではないですけどね。」


 つい先ほど終わったばかりだというのに目の前の男がその結果を知っているのはこの男もまた教会から定めらられた認定剣士、関係者にあたるからだ。そして秀蔵とも浅からぬ縁がある。


 瀬戸雄二。十年前行われた剣舞祭に出場し準決勝にまで上り詰めた剣豪だ。そして秀蔵が剣士を目指す切っ掛けになった一戦を行った者でもある。


「晴れて中級剣客になった秀蔵くんにいい話を持ってきたんだ」

「え、なんですか?」


 瀬戸は懐から一枚の封筒を取り出すとそれを秀蔵に手渡した。

 秀蔵には見えないが表面には紹介状の文字。


「君が伸び悩んでいるという話は聞いたよ。新島君の手に余るという話も。正直君の成長速度は異常だ。天才と言ってもいい」


 齢十五にして剣客級だ。このまま成長していけば成人する頃には剣豪級。いずれは剣聖として剣士の頂点に立つことも夢ではないと思わせる才を秀蔵は持っていた。


 そんな秀蔵を教えられる人間は限られる。

 そしてそんな限られた人種を、瀬戸はずっと探していた。


「中級剣聖。世界に一〇〇人も存在しない剣聖のうちの一人、東條とうじょう玲那れなへの紹介状だ」

「中級剣聖への紹介状!?」


 それは強さを追い求める剣士なら誰もが欲しがるであろう代物。剣士の頂点と言える剣聖にもなるとそれ相応の風格を求められる。そのため滅多やたらと人に会うこともできない。そんな剣聖と面会できる権利だ。


「彼女は少し変わり者でね。しかし実力は折り紙つきだ。剣聖にまで上り詰めた実力者だからね」


 言ってしまえばただの紙切れ。しかし秀蔵はその重みに手が震える。


「会うか会わないかは君に任せるよ。会いに行くとしても、彼女に認められるかは秀蔵くんの頑張り次第だ。頑張ってね」

「はい! ありがとうございます!」


 瀬戸は秀蔵の肩を叩き去っていった。


「剣聖……か」


 残された秀蔵は紹介状をさすり、剣聖という存在に思いを馳せる。

 秀蔵に会わないなんて選択肢はない。

 帰ったらすぐに支度をしようと意気込んだ。








「ただいま」

「お帰りなさい。また協会に行っていたの?」」

「……うん」


 秀蔵を出迎えた瑞希は少し影のある表情で尋ねる。

 秀蔵もバツが悪そうな顔で答えた。


「ねぇ、剣士なんてやめましょう? 危ないわ」

「ごめん。それだけは聞けない。剣士を止めることは出来ない」


 かつて秀蔵を応援していた瑞希はいない。あれからずっと剣士を辞めさせようとする瑞希。そしてそれを拒み続ける秀蔵。二人の意思は平行線で、それが二人の間に溝を作っていた。


「今度剣聖にあってくるよ。もっと強くなれる様に」

「……そう」

「……」


 二人だけの食卓。空気は重く、居心地が悪い。


「大丈夫だから。心配しないで」


 瑞希を安心させようというが、その言葉を聞いた瑞希の眦が吊り上がる。


「……心配しないなんて無理よ!!」


 机を叩き声を張り上げる。


「貴方が依頼を受けて出かけるたびにッ、私がどれだけ心配してると思ってるのッ!? 貴方が正彦さんの様にいなくなってしまったら、私は……もう……。……ごめんなさい」


 いつまで経っても正彦は帰ってこず、秀蔵は度々危険な場所に向かう。それが瑞希の心をザリザリと削っているのだ。


「俺も、ごめん。でも剣士はやめられない」

「……」


 幸せな生活はいまだに戻らない。

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