第11話

 腕を伸ばし切先が届く距離。

 それが秀蔵の戦える範囲だ。

 距離にして四寸五尺。約一.五メートルある秀蔵の間合いに異物が入り込む。


 殺気の込められた木剣に意識するより早く体が動き受け流す。

 ひたすらそれを繰り返す。

 相手は遙か格上の存在。今の一撃も十分に手心が加えられている。それでも受けるだけで精一杯だった。反撃する暇なんてあるわけない。


「スピード上げていくぞ」

「っ、はい!」


 限界を超え、思考の追いつかない剣戟。

 遂には体力が尽き秀蔵は崩れる様にして倒れる。


「ッ! ハァッハァッハァッ……」


 いつの間にか呼吸することも忘れていた様で体が酸素を求め喘いだ。


「受けるだけじゃ敵は倒せないぞ。攻撃の合間に隙を見つけ突く。それを忘れるなよ?」

「隙なんてっ、見つからなかったよっ」

「それは秀蔵が受けることを意識しすぎてたせいだな。わざと何度か隙を見せてやったんだぞ?」

「えぇ……」


 先程の応酬を思い返そうとするが、脳裏にあるのはただ必死だったという記憶しかない。


「剣気の流れをよく感じるんだ。意識が強い場所は剣気が濃くしっかりと存在している。逆に言えば剣気が薄く揺らいでいる場所は隙といえる」


 目を瞑った正彦が剣気を操り実際に揺らぐ場所を作ってみせた。

 それは秀蔵にも確かに感じ取れる。先程の応酬で気づけなかったとは、と僅かに落ち込んだ。


「だけどまぁたった二年でこれだけできるなら良い方、と言うか出来すぎてるくらいだ。よく頑張ったな」

「へへ」


 戦闘訓練を始めこの二年。確かに感じる秀蔵の成長。体もずいぶん大きくなった

 同年代の中では一番背が高い。筋肉もしっかりついて立派に育った息子の姿に頬が緩む。


「そうだ秀蔵。明日は建国記念日で学校も休みだよな?」

「うん、そうだよ」

「だったら久しぶりに遊びにいくか?」

「えー、修行しないの?」


 普通なら遊びたい盛りの十一歳の子供が遊ぶことよりも修行を優先するのは如何なものか。息子のストイックさに嘆けば良いのか喜べば良いのか。


「父さんがお前と遊びに行きたいんだよ」

「仕方ないなー」


 しかし幼少期の思い出が修行だけというのも寂しいだろう。

 秀蔵も口では渋々と言った風だが嬉しそうだ。


「どこいくの?」

「秀蔵が行きたいところはないのか?」

「ん〜」


 そう聞かれてもぱっと思い浮かぶものはない。


「あぁ、そう言えば近くで何かのイベントするんだって」


 今朝聞いていたテレビニュースでそんな話をしていたのを思い出し提案する。

 全国のグルメフェスをやるらしい。


「よし、ならそれに行こう!」

「はーい」


 明日のため早々に修行を切り上げ早めに就寝する。

 何を食べようかなど考えているうちに秀蔵は夢の世界へ旅立った。






 会場は大いに賑わいを見せていた。

 北から南まで。様々な地域のグルメが並ぶ会場には涎が垂れてしまいそうなほど良い匂いが充満している。

 あちこちから客引きの声が聞こえまずはどれにしようかと匂いを嗅ぐ。


「父さん! あっち、あっちにあるやつ食べてみたい!」


 その中に秀蔵好みなスパイシーな香りを見つけた。

 正彦の手を引き器用に剣気を感じ取りながら人の合間を縫っていく。


「慌てるな慌てるな。転ぶぞー」

「流石に転ばないって」


 父と二人こうして出かけることは少ない。修行があるため一緒にいる時間は多いが二人で遊ぶことは滅多になかった。

 だからきっとこの日のことは秀蔵の思い出として深く残るとになる。


 大人になって振り返った時、食べた料理のことを思い出し、また食べたいなと懐かしむのだ。









 これが幸せな記憶として残れば、の話だが。



 喧騒をかき消す轟音と悲鳴。



「我々は使徒崇拝である!」



 日常は非日常へと移り変わる。

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