第8話

 二泊三日のキャンプ最終日。

 テント等道具の片付けも終えた一行。

 行程の最後としてこの剣術特訓キャンプで身につけた成果を確認しているところだった。


「二人ともキャンプに来る前よりもよくなってるぞ。このまま励めば剣士になるのもそう遠くはねぇな」


 海堂の息子、大河と宗谷は海堂と模擬戦、というよりも打ち込み稽古を行なっていた。

 二人がかりで攻撃を仕掛けていく。兄弟故に二人の連携はなかなか様になっており途切れることなく攻撃を繋げる。


「大河くんも宗谷くんもなかなかやるなぁ。流石は剣客の息子って言ったところか?」

「ったりめーよ。俺の英才教育を受けてんだ。これぐらい朝飯前だな」


 息子を褒められた海堂は目に見えて上機嫌になる。相変わらずの親バカだと正彦は笑う。


「んじゃぁ次は坊主の番だな」

「うん!」


 しかし自分の息子の番となればハラハラと落ち着かなくなるのだから自身も相当な親バカかと、苦笑いになる。


「さて、坊主にはキャンプ初日に課題を言い渡したな。覚えてるか?」

「うん。でも……敵作れなかった」

「そうか」


 秀蔵は課題をこなせなかったことにしょんぼりと落ち込む。そんな秀蔵の頭を豪快に撫でた海堂はしゃがみ込み秀蔵の顔を覗き込む。


「秀蔵、お前はこのキャンプで殺すことがどういうことか理解したな?」

「うん」

「お前にとって殺すってのはどういうことだった?」


 思い出すのは暴れる魚。ナイフで背骨を断ち切った瞬間力が抜け、手のひらに残る死の感触。


「……気持ち悪かったし怖かった」

「そうか。よくわかってるな」


 もう一度頭を撫でてから秀蔵に木剣を握らせる。


「坊主、お前が一番大事だと、大好きだと言えるのはなんだ?」

「お父さんとお母さん!」

「そうか」


 海堂の問いに間を開けることなく即答してみせた。


「正彦たちは愛されてんなぁ。んじゃ木剣を構えて集中するんだ。いつもやってる瞑想みたいにな。ただ俺の話は聞いておけよ?」

「え? うん、分かった」


 海堂に言われた通り正眼に構え意識を沈ませていく。心のうちに潜り込むが聴覚は残り海堂の言葉を待つ。


「想像するんだ。今お前の前には大好きな両親がいる。幸せそうなお前の父さんと母さんだ」

「……」


 想像する。秀蔵に二人の姿は分からないから二人の特徴を思い浮かべていく。

 正彦は大きくて硬い。少し嗄れた、低く優しい声。時々汗臭いけど心地よい匂いがする。ぎゅっと抱きしめられると安心できる存在。

 瑞希は柔らかくて暖かい。落ち着いていて聞いていると眠気を誘う柔らかい声。お日様のような匂いが秀蔵は大好きだった。瑞希に抱きしめられると落ち着ける。


 自然と秀蔵の表情に笑みが浮かんだ。


「想像できたみたいだな。なら次だ。そんな二人の後ろに誰かがいるんだ。坊主の知らない誰かが」


 想像する。大好きな両親の後ろに誰かがいる。誰だろう? その人は知らない人だ。


「その誰かは昨日坊主が魚を殺したナイフを握ってる」


 想像する。穏やかなイメージに一滴の不穏が混じり混む。


「その誰かはそのナイフでお前の父さんと母さんを殺すんだ」


 想像、できない。したくない。二人にナイフを向ける誰かなんて想像したくない! 殺されそうな二人なんて考えたくない!


「どうする。このままじゃお前の父さんと母さんは死んじまうぞ。昨日お前が殺した魚みたいに。お前を撫でることも抱きしめることも、声を聞くこともできなくなるぞ」


 いやだいやだいやだいやだ!


「どうするんだ。考えろ。どうすれば二人を助けられる? お前が持っているのはその剣だけだ」


 剣。秀蔵は握っていた木剣の存在を思い出す。これは誰かを殺す武器。それを持っていることを。


「どうするんだ。坊主。秀蔵!」


 両親が殺される前に、殺してやる!!!!


「あぁぁぁああああ!!!!」


 喉から声を出し、全力で、剣を振るった。ナイフを持った誰かを袈裟斬りにし殺す。

 斬られた誰かは消えていき、秀蔵は想像の世界から意識を浮かび上がらせる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 息が上がっていた。たった一振りしただけで膝がガクガクと震える。


「今、お前は敵を作り出し殺した。今の一振りには殺気が込められていたぞ。それが意味ある一振りだ。その感覚をよぉく覚えておくことだ」

「は、はい……」


 たまらず地面に座り込み空を仰ぎ見る。

 気持ち悪くて怖くて。

 秀蔵は無性に泣き喚きたくなった。大好きな二人に抱きしめて欲しくなった。


「これで剣術特訓キャンプは終わりだなぁ。んじゃ最後に、大河、宗谷、秀蔵」


 並んだ三人に海堂は鋭い視線を送る。


「剣士にとって何かを殺すってことは切っても切り離せねぇものだ。これから剣士を目指す三人は数えきれないほど殺していくことになる」


 海堂は腰に吊るした剣を抜く。木剣ではない。海堂が普段亜人と戦うために使っている多くの血を吸った剣だ。


「だがなぁ。殺しに慣れちゃいけねぇ。殺すことに何も思わなくなった時は一度立ち止まって思い返すんだ。それ以上先に進めばもう戻ってこれねぇからな」


 使われた剣の醸し出す雰囲気に三人は息を呑む。


「もし殺すことに慣れ、何も思わなくなり、そのまま先に進んだら。殺すことに愉しさを覚えた時は、自分で自分を殺せ」

「え?」


 誰かが声をこぼす。自分かどうかはわからなかった。


「首を掻き切って死ね。何の迷いもなく死ね。もし死ぬのが怖くなって、自分じゃ死ねねぇってんなら」


 ゆらり、と切先が上がり三人に向けて定まった。

 足が震える。剣を通して海堂の殺気が三人を突き刺している。


「俺が殺してやる。殺しを楽しむような剣士は世界にとって害悪でしかねぇ。いずれ亜人だけでは物足りなくなり人を殺すようになる。そうなる前に死ぬ。それが戦う者の、剣士としての義務だ」


 海堂が剣を鞘に収めれば周囲を支配していた殺気が霧散する。解放された三人はたまらず尻餅をついた。


 大河と宗谷は今にもこぼれ落ちてしまいそうなほど目を潤ませ、秀蔵は涙を溢す前に小便を漏らしてしまっていた。


 そんな三人に罰が悪そうな海堂だが大事なことだからと本気の殺気を向けたことを悔いはしない。


 この三人は才能がある。いずれ自分たちを追い抜き更なる高みに登るだろう。

 そしていざという時自分では止められないかもしれない。

 だから予め釘を打っておく必要があったのだ。


 海堂は願う。この三人が道を外れることなく、多くに人々を救い、そんな三人に剣を教えたのだと自慢できる未来が来ることを。






 こうして望月家新島家合同剣術特訓キャンプは幕を閉じた。

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