第6話

「秀蔵、準備はできたかー?」

「かんぺき!」

「それじゃ行きましょうか」


 動きやすい服装に着替えた三人は荷物を乗せた車に乗り込む。運転席には正彦、助手席の瑞希、後部座席に秀蔵の並びだ。


「初めてのキャンプだね!」


 秀蔵の言うとおり今日はキャンプをしにいく。

 それもただキャンプに行くだけではない。


「海堂が秀蔵の剣を見るって張り切ってたからな。それに海堂のところの子供二人も一緒だ。仲良くするんだぞ?」

「うん!」


 新島家との合同剣術特訓キャンプだ。

 新島家には十歳と八歳の兄弟がおり二人とも剣士を目指している。秀蔵の先輩に当たる存在だ。そして海堂は下級剣客の達人と呼べる部類にいる。

 その三人が秀蔵に良き影響を与えてくれるだろうとこのキャンプを企画したのだ。


「大河くんと宗谷くんは十歳と八歳だから修造にとってはお兄ちゃんね」

「おぉ」


 よく分かってはいないがなんとなくそれっぽいリアクションをして見せる秀蔵。


 和気藹々と会話を弾ませていれば時間はすぐに進んでいき三人を乗せた車はキャンプ場に到着する。


「よぉ正彦」

「悪い、待たせたな」


 キャンプ場には既に海堂が到着しており望月一家を迎え入れる。


「なんの。まだ約束の時間前じゃねぇか。うちの子供らが煩いから早くきただけで待っちゃいねぇよ」


 ガハハ、と豪気に笑って見せる海堂。

 秀蔵は声が聞こえる方を仰ぎ見る。海堂の背が高いためちょっと首が痛かった。


「おう、正彦んとこの坊主。よくきたな!」

「こんにちは、秀蔵です!」


 海堂の見た目は豪気な性格と比例してかなり厳つい。分厚い胸板に角張った顔。初見の子供は大抵怖がるが目の見えない秀蔵には関係ない。むしろ大きいが、優しさを含む声に秀蔵は好感を覚えていた。


「うちはもうテント建てたからよう。子供二人も川に遊びに行っちまった。家内はそれについて行っちまったし。暇だから荷運びとテント建てるの手伝うぜ」

「助かる。それじゃそっちの荷物頼んだ」


 丸太のように太い腕を持つ海堂と剣士として鍛えた細身ながら引き締まった体の正彦の二人で荷物を抱えればあっという間に車の荷台が空になった。


 わずかな手荷物だけを持つ申し訳なさそうな瑞希と木剣を抱えた秀蔵はそんな二人の後を追った。


 新島家が建てたテントから少し距離を置き望月家のテントを設置する。

 真新しいテントにわずかに苦戦するが無事拠点は完成だ。


 完成したテントのそばで秀蔵はソワソワと、何かを待ち侘びるように落ち着かない。


「なんだ坊主、そんなにソワソワして。遊びに行きたいのか?」

「ううん! お父さんから海堂のおじさんが剣を見てくれるって聞いてたから楽しみだったんだ!」

「お、おぉう。なんか照れるな」


 厳つい顔にはにかんだ笑みを浮かべる海堂。正彦はそんな海堂の脇を肘で突く。


「キャンプのことを伝えた時からこんな調子だよ。よかったら見てやってくれ」

「……そんなこと言われちゃぁ無碍には出来ねぇな。よし! 坊主まずは振ってみろ。正彦がちゃんと教えられてるか確認してやる」

「うん!」


 腰に吊るした木剣を抜き正眼に構える。その慣れた動作、揺るぎの少ない切先に修練の跡がよく見えた。


 息を吸って吐いて。ゆっくりと素振りを始める。勢いよりも切先がなぞる線にブレがないことを意識した綺麗な素振り。早く振り下ろすよりも筋肉や集中力を使う。数はこなせないが、数をこなす以上にさまざまなことが得られる手法だ。


「こりゃぁ……お前が自慢するだけのことはあるなぁ」

「だろう? 親の贔屓目を抜いてもこの子には光るものがある」


 剣の振りはまだ甘いところがある。だがそれ以上に集中力は完璧と言ってもいい。心の裡とよく向き合えている。


 一本一本に時間をかけて素振りを十本終える頃には額に汗をかいていた。


「ふぅ……。あ、どうだった!?」


 素振りを終えて海堂に見てもらっていることを思い出した秀蔵が感想を尋ねる。

 海堂は厳しい顔を空に向け少しの間考える。


「全然ダメだなぁ」

「え?」


 まさかそんなことを言われるとは思いもしなかった。いつも正彦は褒めてくれていた。綺麗に振れている。よく集中できていると。


「剣に気持ちがこもってねぇ。気持ちのこもってねぇ剣に意味はねぇ」


 海堂は自分用に持ってきた木剣を取り出して構える。


「正彦に教わらなかったのか? 剣に気持ちを、想いを込めるんだってよ。坊主の素振りは確かに綺麗に振れている。集中できている。だがぁ、それはなんのために振ってんだ?」


 秀蔵とは違い海堂の素振りはビュンと音を鳴らす。剣風に草が揺れ秀蔵の髪を薙ぐ。

 ビュン、ビュン。

 空気を切り裂く音は鋭く、秀蔵は恐怖を感じていた。


「綺麗に振るため? 正彦に褒めてもらうため? 違うだろ。剣を振るのは敵を殺すため・・・・だ」


 秀蔵には見えていないが海堂の切先を見る視線は鋭かった。見るというよりも睨む。切先を通し、その先に敵の幻影を見ているのだ。


「この一振りで敵を斬り殺す。坊主、お前の剣には殺気が足りねぇ」

「さっき……」


 息子に過酷なことを言う海堂を正彦は止めない。正彦も分かってはいた。しかし楽しそうに剣を振るう秀蔵に、そんなことを教えてしまっても良いのだろうかと悩んでもいた。


 海堂はそれを秀蔵の素振りから感じたのだろう。


「このキャンプでの目的が決まったなぁ。秀蔵、お前の敵を作るんだ」


 ニヤリ、と笑う海堂の雰囲気に秀蔵は抱いた怖気に体を震わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る