第39話 鉱山へ向かわれませ

 夕暮れ、通魂球、ご報告。浮かび上がる師匠ソフィアは呆れ顔である。



「貴様も今や囚人か。何事も経験とは言うが……」



 改めてソフィアは牢内を眺めてみた。血色の良い顔のアクセル、力任せにひしゃげた鉄格子。サーシャなどは藁の上で寝転がり、チーズをつまみながら読書に耽る。鉄格子さえ無ければ、安宿泊まりに見えなくもない。そんな呑気さが漂っていた。



「まぁ、窮屈な暮らしでは無いのだな。そもそも貴様が、囚われの身を甘受する訳もなかった」


「私は自らの正義に従い、行動しました。その結果なのだから、恥じる気持ちはありません」


「その考えは、ある意味で正当性がある。しかし、それが常に正しいとは限らん」


「何故でしょうか?」


「考えてもみろ。貴様のように、何人もの人間が正義を主張したとする。それが一致すれば問題ない。しかし、衝突した時はどうなると思う?」


「強き者の主張が通ります」


「では、弱き者たちは口をつぐむべきだと?」


「強くなる努力をすべきです」



 その時、アクセルの眼前を飛来物が横切った。それは食べ終えたリンゴで、つまり生ゴミだった。



「それはもっともだ。しかし、誰もが貴様のように強くなる訳ではない。生まれや才覚に左右されるのは、フェアと言えない」



 眼前をまた、ヒュンと何かが横切る。今度はクルミの殻だった。



「教えた私自身が驚くほどだぞ。普通の人間は、ここまで強くはなれん」


「全ては師匠のお導きによるものかと」


「違う、素質だ。全ては貴様の生まれに由来する。あれはいつの頃だったか、10数年前の事だろうか」


「そのお話でしたら、遠慮させていただきます」



 ヒュンヒュン!



「いい加減聞く耳を持て。貴様もそろそろ出自を知るべき年ごろに……」



 ヒュンヒュンヒュン!



「鬱陶しいな小娘! いちいち物を投げるでない!」


「ひゃい!? すんませんッ!」


「まったく……ゴミくらい横着せず、きちんと片づけよ」



 それからも、ソフィアが出自について語る事は無かった。アクセル本人が両耳を塞いでしまったからだ。そして話は発展しないまま過ぎて、最後に「少しは控えろドヘンタイ!」と罵られた事で、報告は終わる。



「ふむ。やはり師匠の叱責は良いものだ。響きに艶がある」


「アクセル様。どうして余計な一言を加えちゃうんです? 師匠は脇汗フルーティだなんて言ったら、大体の人は怒りますよ」


「それにしても牢屋暮らしは退屈だ。何か考える必要があるな」


「ちなみに、ワタクシは平気な方ですけどね。そんな事言われても、アクセル様なら全部オッケーていう」



 アクセルは特に答えず、牢屋の外に出た。サーシャもその後に続く。


 この頃になると、牢番は何も言わない。むしろアクセルの姿を見るだけで震えが止まらなくなり、部屋の隅で怯えるのみである。



「星でも見に行くか。そろそろ日が暮れるだろう」


「大丈夫です? そんな大っぴらに出歩いても」


「繰り返しになるが、お前は私が守り通す。もし気が乗らないなら、牢屋で待っていると良い」


「ヌフッ。別に嫌とは言ってませんもん。ご一緒しますもんヌフフ」



 アクセルは、まるで自宅であるかのように、ゆったりと歩いた。階段では足音を響かせ、地上通路でも堂々とした歩みに終始する。


 たまにすれ違うメイドや兵士が腰を抜かす場面はあっても、概ねが平穏だった。そうして2人はテラスへと辿り着く。以前カザリナに招かれた庭園だ。



「うわぁ、キレイ……!」



 空が赤黒い夕闇に染まる中、庭園は昼間とは別の様相だった。水辺から、あるいは草花から無数の光が浮かび、その付近で踊るようにたゆたうのだ。



「これは精霊だな。光の色が異なるだろう。水だったり土だったりと、いくつかの属性に分かれているな」


「ワタクシ、初めて見ましたよ! そっかぁ、これが精霊なんだぁ」


「どこにでも現れる訳では無い。この庭園には、精霊と結びつく何かがあるのだろう」



 サーシャは気の向くまま、青い輝きの光に手を伸ばした。すると光は掌で跳ねては、彼女の頭の方へ飛び、居座った。青髪という同じ色味が親近感を与えたのである。


 

「ウフフ、可愛い……なんだかペットが出来たみたい!」



 綻ぶ顔は、間もなく驚愕に変わる。庭園を行くアクセルに、巨大な光が誕生したからだ。まるで小さな太陽でも肩に乗せているかのようだが、全て精霊である。何十もの精霊が集結したので、白色に輝く恒星のように見えてしまう。



「アクセル様、それ凄いですね。どうして?」


「さぁてな、私にも分からん。精霊が戯れる場に来ると、大体はこうなる」


「特異体質? もしかしてアクセル様が強いのって、精霊と関わりが……?」



 アクセルは、星見の邪魔だと告げると、精霊たちは散っていった。しかし何体かは拒絶し、その場に居座ろうとする。そうなると、目がくらむ程の光は無かった。


 そして夜闇が訪れる。精霊たちも大多数は遠巻きとなり、サーシャの頭上と、アクセルの肩を滑って遊ぶ数体を残すのみだ。



「やはり外は良いな。地下牢に籠もっていると、気分まで塞がれたようになる」


「アハハ。そうは言っても、すんごく自由に過ごしてますけどね……」



 アクセルと並んで椅子に座るサーシャは、少し落ち着かない様子だ。何度も問いかけようとしては、うつ向いて言いよどむ。



(もしかしてアクセル様は、普通の人間じゃないのかも?)



 尋ねてみたい。しかし、知ってしまった瞬間に、関係が崩れてしまうのではないか。そう思うと、気になっても聞けやしない。


 たとえアクセルが人外であっても、それこそ悪魔や怪物の類であったとしても、気持ちを貫く自信はある。しかしアクセルの方はどうか。種族の壁を察するなり距離ができて、ある日唐突に姿を消すかもしれない。


 そんな危うさがアクセルにはある。捕まえられない風が、いずこかへ流れていくような。



「どうしたサーシャ。先程から遠慮しているようだが?」


「イエッ!? あの、そういうつもりじゃ」


「ふふっ。今さら気遣いなど無用。これを食べたかったのだろう?」



 ローテーブルには、通りがかりに詰め所で強奪、もとい持参した食べ物が並んでいた。新鮮なハムレタスサンドに果物。アクセルは自分のサンドイッチを差し出しつつ、柔らかく微笑んだ。



「ち、違いますぅ! そんなに食いしん坊じゃありませんよ!」


「そうか。なら、私が食べよう」


「食べないとは言ってないんですけどね、貰いますけどね」


「良いだろう。遠慮は気遣いは要らんのだから」


「遠慮無しでいいなら、ワタクシに食べさせて貰えます? ここはひとつ、お互いに食べさせっこするという事で」 


「なぜ、そんなまどろっこしい真似を?」


「えと……何事も経験ですから! 世の中を知るっていうのも、旅の目的なんですよね?」


「なるほど。正論だ」



 そうしてサーシャは、アクセルに食べさせて貰い、また食べさせる権利を得た。



(あぁ、うんめぇ……。アクセル様の指で食べるメシがすんげぇ美味ぇぇ……)



 サーシャは詮索する事をやめた。今が幸せなら、それで良い。いつか別れの危機が訪れたとしたら、その時に頑張ろう。そう胸に誓うのだった。


 空には満天の星々。サーシャが見上げると、頭から精霊が滑り落ちた。落下した精霊はフワリと浮遊し、サーシャの鼻先を飛び回る。それが元で盛大なクシャミが炸裂。台無し。どこか意趣返しのようでもあった。


 そして夜が更けていく。満腹のサーシャは、椅子に座りつつ浅い眠りに落ちている。アクセルは小さく微笑むと、少女の身体を抱き上げて牢獄へと戻った。あとはワラに包まれながら就寝だ。


 それから迎えた明朝。小さな地震があると共に、アクセルは目覚めた。



「またか。本当に頻発するな……」



 辺りは大きく揺さぶられ、やがて止んだ。地下牢でも揺れるものかと、少し訝しむ。


 そんな疑問を抱くうち、また揺れた。今度は振動と言う方が正しい。二度目の方は地震ではなく、集団の足踏みによるものだった。



「罪人アクセル、並びにサーシャ、牢を出ろ!」



 やって来たのは第一騎士団、重装騎士だ。見慣れた甲冑姿に加え、鉄仮面と大きな盾まで備えるという、鉄壁の装備だった。だが勇ましくはない。大盾の陰に隠れつつ、掠れ声で喚くのだから当然だ。



「牢を出ろとは? お前たちが入れというから、ここに居る」


「沙汰が下ったからだ。喜べ、死罪ではなく労役刑となったのだぞ」


「労役とは、具体的に言うと?」


「鉱山だ。貴様らはそこで鉱石を掘り出す刑罰を受けてもらう」


「では、元と大して変わらんではないか。何のための裁判だったのか。くだらん話だ」



 アクセルはその場で横になった。隣のサーシャなどは、動きだすどころか、呑気にも高いびきである。



「いや、まずは外に出ろ! 何でも良いからとにかく出てくれ、ホントお願いしますッ!!」



 とうとう泣きが入る事態。アクセルも加虐の意志は無いので、結局は言葉に従った。


 前後を騎士団に囲まれたアクセル達は、街を縦断して進んでいく。まるで貴賓の凱旋である。だがそれにしては、全軍が大盾を構えて怯えるのだから、とにかく異様である。


 それでも、厄介払いが出来るとあって、数名の騎士は上機嫌だ。中にはアクセルに絡むものさえ出る始末。



「良いか犯罪者め。労役刑だからって甘くはないぞ? 朝も夜も無く、ボロ雑巾になるまで働く事になるだろうよ」


「なるほど。そういう仕組なのか」


「お前のような荒くれ者は大勢いる。でもな、みんなちょっとすると、廃人のように大人しくなるんだぜぇ。お前はいつまで保つかな!?」


「アクセル様、チーズ食べます? ちょっと多く取っちゃったんで」


「要らないというなら、貰おう」


「了解です。じゃあ、あ~~ん」


「それはまだ続けるのか?」


「あっ、その、出来れば一生涯と言いますか……。アクセル様がきちんと極めるまで、サボらず続けるべきです!」


「そうか。確かに半端な状態で投げ出す訳にはいくまい」


「じゃあ、あ~~ん。指に付いてるのも舐めちゃっていいですからねぇウフフ」


「お前らマジでさっきから! ちょっとくらいは囚人らしくしてくれよぉ!!」



 またもや泣きが入る。怯える騎士に、朝食を食べ歩きしつつイチャつく囚人だ。もちろんだが、やたらと目立ってしまい、たちまち街中の噂となる。


 それを聞きつけて現れたのはウセンだった。彼は羊皮紙の束を抱えつつ、アクセルの側まで駆け寄った。



「久々だねアクセルさん! 囚われたって聞いた時は驚いたよ!」


「ウセン。その手荷物は何だ?」


「これかい? 火焔アリについて調べると言ったろう? おかげで色々と分かったさ」


「それは何より。だが私は当面、ギルドの仕事を請けられんぞ」


「ええっ、困るよ! 僕は純真石を探したいのに!」


「そう言われてもな。これからしばらく、鉱山で労役だ。ギルドと掛け持ちで働くわけにもいくまい」


「鉱山……労役……なるほどねぇ」



 呟くウセンは、騎士たちによって排除された。移動の邪魔だと、盾で小突かれたのだ。


 そこでウセンは一旦退くものの、大して間をおかずに舞い戻る。杖を両手持ちで構えての突貫だ。



「ウラァーー! これでも食らえや、利権に群がるゴミムシどもめーー!」



 背後から騎士に襲いかかる。鉄仮面に杖を勢いよく叩きつけ、相手が倒れた所で更に追撃。追撃、そして猛追。執拗なまでに頭を延々と殴り続けた。


 どこか狂気すら感じさせる蛮行も、周囲の騎士が取り付くことで終わる。



「何をする貴様! 止めろ!」


「反逆者だぞ、確保ーーッ!!」



 ウセンは抵抗する間もなく、騎士団達に取り押さえられた。しかし彼は暗い顔で微笑むばかりだ。



「ウフフフ。これで僕も労役だ。鉱山に潜り込めるなら、純真石を探すチャンスだってあるはずさ」



 そこで、一連の暴挙を見咎めたアクセルは、溜め息混じりに口を挟んだ。



「お前も労役になるかは分からんぞ。最悪、死罪になるかもしれん」


「えっ!? でも、君は派手に暴れたんだろう? それより大人しかった僕が、君より重罰になるだなんて有り得ない!」


「いや、私は本来なら死罪だった。しかし変遷があり、労役となった。お前の行く末は運に左右されるだろう」



 そのセリフは死の宣告と似ていた。ウセンは青ざめて震えるが、後悔する時間までは与えられない。問答無用の牢屋行きなのだから。



「さぁ来い。現行犯だ、言い逃れなど通用せんからな!」


「待て、僕はアクセルの親友なんだ! 無下に扱ったら、この怪物が暴れ回って手がつけられなくなるぞ!」


「なに? 本当かそれは!?」



 抗えぬ恐怖が騎士団を縛るも、それは長続きしない。即答での答え合わせによって。



「いや、私は別に暴れんぞ。お前は、ただ護送していた騎士を意味もなく襲った。罰を受けて当然だろう」 


「そんな……! 助けてサーシャちゃん!」


「あっ嫌ですぅ。ワタクシってばアクセル様の言いなりなんで、無理ですぅ」


「薄情者ーーッ!」



 もはやウセンにすがる物はない。それを察知した騎士たちの腕が伸び、もう一度捕らえた。



「待って、そんなつもりじゃなかった! お願い許して冗談! 冗談だったんだよぉ!」



 取って付けた言い訳など通るハズもなく。囚われのウセンが城へ連行されてゆく。


 アクセルは遠ざかる醜態を眺めつつ、学びを得た手応えを覚えた。



「サーシャよ。勝手に正義を主張する事の危うさ、今理解したぞ。ウセンにとって鉱山に行くのは正義。しかしそれを押し通せば、このように通り魔となってしまう」


「いやぁ参考にならないですね。あの人、アタマ排泄物野郎なんで」



 そんな一幕がありつつも、アクセル達は鉱山へと向かった。歩む足取りはスムーズ。連れ去られたウセンに対し、後ろ髪を引かれる想いは感じていなかった。


 ちなみにウセンはというと、その日のうちに鉱山送りとなった。牢屋に空きがなく、空きもアクセルの手によって半壊している為だ。そのため裁判が始まるまでは、鉱山預かりと決まったのだ。


 かなりの豪運である。それを愛の恩恵かと捉えるかは、判断の分かれる所である。



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