第45話 一パーセントの閃きと

「ゲンジロウ、君の得物を少し貸してくれ!」

「そんなに急いでどうしたでござるか? 拙者の薙刀なら別に良いでござるが……」

「すまない、理由は後で話す!」


 蜂種の群れを倒すため城壁に向かう途中、宿舎に寄って同級生から武器を借り受けた。


 理由は二つある。

 私の武器はマルセル邸で無茶な使い方をしたため、かなりガタが来ているというのが一つ。

 もう一つは、これからすることを考えればこの武器の方がやりやすいからだ。


 柄が異様に長い、東方特有の刀剣を担いで走る。

 宿舎の外ではティーザ先生やリータさん、サレン達が待っていた。

 保護、あるいは次善策のため同行するのだ


「武器は無事に借りられたようですね」

「はい」

「あまり気負わないでください。騎士団の方々が他の手立ても考えてくださっています。たとえ失敗したとしてもそれで終わりではありませんし、ましてやジークス君の責任でもありません」

「心得ています」


 先生の激励に頷きつつ、私達は東部の城壁へ向けて駆け出す。

 蜂種の群れは南西の森から、反時計回りに領都を迂回しており、現在は南東部辺りを飛行中だ。

 それ故に、東部に先回りして用意をするのである。


 走り出してから少しして。


「あそこです、許可を頂いたのは」


 城壁に等間隔で並んだ塔。

 防衛結界の維持装置でもあるそれらの内の一つを指さし、リータさんが声を上げた。


「先に行って事情を話してきます」


 そう言うと彼女はあっという間に塔まで行き、事情を話していく。

 お陰で私達は塔に着くや、すぐさま〈空歩〉で屋上に登れた。

 塔の屋上は城壁より高く、遠くの方まで見渡せる。


「直に見ると、凄まじいですね……」

「蟻種のコロニーにもあれくらい居たのかな」


 星の見えだした空をく、夥しい数の蜂種の群れ。

 群れの中心には、蜂の巣と融合した巨大な蜂魔物が一体。

 体に〈地染め〉の筋が走っているので、あれがマルセル伯爵の用意した強化個体と見て間違いないだろう。


「本当に、あの数の群れを撃墜できるのですか……?」


 リータさんが不安そうに聞いて来る。


「問題ありません。失敗しなければですが」


 正直なところ、実戦で使うのもこれほどの規模で使うのも今回が初となる。

 練習は何度もしてきたが、成功の確証はない。


 だが、失敗するとも思っていない。

 他のどの手段よりも成功率が高いと踏んだから志願したのだ。


「時間もないので準備を開始します」


 群れが東に来るにはもう少しかかりそうではあった。

 とはいえのんびりする理由もないので、早速準備に取り掛かる。


 塔の右端に立ち、右の城壁から騎士達が退避したのを確認。

 それから薙刀の柄を真下に向け、カツッと床に突き立てる。


「〈金纏・──」


 そうして魔力を流し、調整し、【魔法剣】を発動させた。


「──軽銀アルミやいば〉」


 纏わせたのは金属性。その中でも銀によく似た魔象である。

 それを〈刄〉で形を整えて纏わせた。

 通常だとゴテゴテとした金属塊になるところを、刀身の形を取るよう調整したのだ。


「〈軽銀アルミやいば〉」


 そこへ再度【魔法剣】を発動。

 軽銀の魔象も刀身だと認識することで、それを覆い隠すようにして新たな魔象が具現する。

 初めの〈軽銀刄〉で刀身は一回り大きくなっていたが、それがもう一回り巨大化した。


 今回、〈刄〉を使ってはいるがそれはあくまで整形のため。凝縮は最小限に留めている。

 それ故に、一度の【魔法剣】で刀身の長さは大きく伸びる。


「〈軽銀刄〉」


 三度目の【魔法剣】。

 これによりサイズはさらに増したが、重さにはほとんど変化がない。

 というのも、それが軽銀アルミニウムの魔象の性質だからだ。


「〈軽銀刄〉」


 かつて、図書館でミーシャに教えてもらったアルミニウムなる金属。

 結局、水銀や黒曜石の方が使い勝手が良いため戦闘で使う機会はなかったが。

 さりとてその魔象も使えることには使えたし、性質だって調査していた。


「〈軽銀刄〉」


 軽銀の魔象の性質は“軽さ”だ。

 金塊の魔象とは逆に、出力が上がるほど重量は減少する。

 〈刄〉による凝縮がなくとも、【魔法剣】の出力であればほとんど重さは感じない。


「〈軽銀刄〉」


 だからこそ刀身が膨れ上がっても、バランスを崩すことなく薙刀を持っていられる。

 床で支えているから、というのももちろんあるが、柄自体が壊れないのは軽銀の軽さが故だ。


「〈軽銀刄〉、解除」


 【魔法剣】を七度重ねたところで、一つ目から六つ目の魔象を解除する。

 傍目からは分からないが、素の刀身と七度目の〈軽銀刄〉の間に空洞が生まれた。

 叩くと音がよく響く、ハリボテの剣の完成だ。


「〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉──」


 それからまた【魔法剣】を重ねて行く。

 【魔法剣】で生まれる魔象は、対象となる剣の大きさに合わせて総量が変化する。

 小ぶりのナイフなら小さな魔象を、巨大なグレートソードなら大きな魔象を纏わせられる。


「──〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉、解除──」


 一度の〈纏〉につき、刀身はおよそ一割増加する。

 たった一割だが、七回繰り返せば大体二倍。

 十四回で四倍、そして七十回なら一〇二四倍だ。


「──〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉──」


 ありがたいのは魔象の規模に関わらず、魔力消費量が一定なことだろう。

 【魔法剣】は魔力を消費して魔象を纏わせる【カーディナルスキル】。

 あくまで魔力消費は発動のためのキーでしかない。


 ベックの【破岩の楔】が体力消費をキーとして楔を生み出すように。

 サレンの【極光の寵児イエローナイフ】が何の代価もなく黄色い短刀を生み出すように。

 【魔法剣】は魔力を消費することで、魔象を纏わせることができるのだ。


「──〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉、〈軽銀刄〉。これだけあれば充分か」


 幾度となく【魔法剣】を重ね掛けたことで、私の握る武器は巨剣とでも呼ぶべき、空を衝く建造物へと成り果てていた。


「〈軽銀刄〉、解除」


 最後に、きちんと凝縮した本来の〈刄〉を発動し、その後中身の魔象を消す。

 いくら軽銀であってもこの大きさだとそれなりの重さとなっていたが、それが一気に消え失せた。

 〈刄〉による体積減少と出力向上の相乗結果だ。


「フゥゥ……」


 そうして出来上がった巨剣を、ゆっくりと横に倒して行く。

 剣を扱っていて、これほどまでに空気抵抗を強く感じたことはない。


 奥歯を噛み締め、細く息を吐きながら。

 腰を落とし、万が一にも体を取られないよう構えながら。

 そして勢い余って落とさぬよう、慎重に慎重に倒して行く。


 軽銀の刃は羽のように軽いが、その重心はずっと遠くにある。

 重心が遠ければそれだけ持つのに力が必要で、横に倒すことばかり意識していると下げ過ぎてしまうかもしれない。

 柄の長い薙刀を借りたのも、重心の遠さを少しでも誤魔化すためだ。


「……よしっ」


 少しして、水平に構えることが出来た。

 城壁の上に伸びる巨剣は、隣の塔の上を通過して街の外まで伸びている。

 体勢が傾きそうになるのを〈空歩〉の応用で堪える。


「あとは群れを撃ち落とすだけ、か」


 見据える先には蜂種の群れ。

 大体同じくらいの高度で、横に広がって飛行する彼らは、ちょうど東部に差し掛かったところだった。


「…………」


 実験で試したのは刃渡り十メートルまで。

 そのときは問題なく成功したが、今回のような超々大規模な攻撃などこれが初めてとなる。

 本当に成功するのか、一抹の不安が芽を出した。


「「「…………」」」


 屋上で見守ってくれている皆が固唾を飲むのが伝わって来る。


「……問題ありません。何度も練習していますので、失敗はありません」


 普段通りの調子で言った。

 全ては基礎の積み重ねで、この技の元となる各技術もこれまで嫌と言うほど磨いて来た。

 ならば失敗するはずがない、という気もしてくる。


 こんな大きさの剣を扱った事なんて無いだろう、と頭の中の冷静な部分が告げて来るが、肝要なのは気分だ。

 余計な迷いは行動にロスを生む。

 必ず成功すると信じて、私は準備を続行する。


「〈木纏・竜巻〉」


 出力を落とし、巨剣に微風を纏わせた。空気の壁を微風が押しのけ、振るいやすくなる。

 通常、魔象同士が接触すると打ち消し合うが、【魔法剣】の魔象には纏わせた剣を傷付けない、という追加効果がある。

 〈軽銀刄〉を剣だと認識していれば、こうして魔象を二重に纏うことも可能だった。


 それから最後の仕上げを施し。

 そして全筋力を総動員して巨剣を振り抜く。


「〈斬波・──」


 暴威を宿す斬撃が夜の空へと解き放たれた。

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