第35話 クラッグアントクイーン?

 作戦の第一段階、破城級攻撃の乱打によって蟻コロニーは壊滅した。

 コロニーのあった場所には大穴があるだけであり、そこに潜んでいた多数の蟻種もそのほとんどが絶命した。

 残っているのは攻撃に耐え辛うじて生きている一部の進化体と、そしてもう一体。


「ギチチチィッ」


 ドームから飛び出したのは、黒い筋が体表に這う巨大な蟻。

 全身を覆う岩石の鎧からは筋骨隆々とした印象を受ける。

 これだけ離れていても魔力の強大さからして、あれがクイーンで間違いない。


 クイーンはその鈍重そうな見た目に反し、機敏な動きで大穴を這い上がる。

 その速度は他の蟻種とは一線を画し、大穴の外縁に点在する班の一つへとひた走っていた。


『誘導するまでもなく第十班に向かっている。全班、手出しはするな。もしもの時はクリスの〈土神の御手クロノスグラスプ〉で対処する』


 トビーからの命令に従い、ゼルバーが術式の構築を中止する。

 あの速度の敵に遠距離攻撃を当てるのは困難で、加えてこれだけ近づかれては制御ミスで同士討ちになりかねない。


 もっとも、放置の最たる理由は狙われている班が第十班であるからだが。

 偶然か、はたまた破城級攻撃の直後なら隙が生まれるはずと考えたのか。

 クイーンの考えはわからないが、いずれにせよ奴が“大ハズレ”を引いたのには違いない。


「〈閃々〉!」

「ヂぃっ!?」


 クイーンの前脚に深い切れ込みが入った。

 より正確には、首を狙った斬撃を頑丈な前脚でガードした。

 首を落とせなかったサレンは〈閃々〉の勢いそのままクイーンの背後を取り、追撃を加えようと動く。


「ギヂヂッ!」

「おっと、危ない」


 クイーンの臀部より強酸の液体が発射され、サレンは横に回避。

 その隙にクイーンは後ろに向き直り襲い掛かる。


「意外に速いねぇ!」


 切り立った岩のような爪や顎が高速で振るわれ、サレンの剣と打ち合った。

 間断なく響く剣戟の音、乱れ飛ぶ朱色の火花。

 距離があるから目で追えるが、矢面に立たされたとして捌き切れる自信はない。


 それから戦闘の様子を見ていて分かったが、クイーンは戦闘用魔技を使えない代わりに身体能力に秀でているようだ。

 『剣王』を相手に近接戦だけで善戦している。

 初めに受けた傷もみるみる塞がって行っていた。


 が、サレンは一人ではない。


「〈コールドスコール〉です」

「にゃははっ、隙だらけにゃん!」


 魔技使いであるエルフの少女と手甲使いである猫獣人の少女。

 サレン班の班員二名がクイーンの背後から急襲した。

 体温を急速に奪う豪雨がクイーンにだけ降り注ぎ、猫獣人の爪撃が岩石の肉体を削り取って行く。


 クイーンの意識の大半はサレンに向けられており、背後からの攻撃には大した抵抗は出来ない。

 酸液を飛ばしたり、後ろ脚で邪魔をしたりするのが関の山だ。


「ギィッ」


 クイーンは驚異的な脚力で横へ移動し、四人の敵を視界に捉える。

 ちなみに、人数が一人多いのは魔技使いを守る盾使いもカウントしているからだ。

 相対する両者は一拍の間を置き、そして再度激突した。


 とまあ、サレン側の戦況にも気を配りつつ、私は私の役割を熟していく。


『──二班と九班は十班の補助に向かえ。残りの班は遠距離攻撃で残党の殲滅だ!』


 トビーからの連絡が入り、そしてゼルバーとベックが攻撃を開始した。

 狙いは大穴の中、破城級攻撃の嵐を生き延びた進化体達だ。


「チッ、オレの魔技を防ぐか」

「防御系の魔技が得意みてぇだな、あの蟻種共。あのドームもやたら頑丈だったし。ま、どっちにしろ俺の楔は軌道変えられっから盾を避けるだけなんだけどな」

「ふむ、オレもそちらの方面から攻めるか、〈影針地獄〉」


 進化体達は女王の元に馳せ参じるため、ボロボロの体を引きずってでも大穴を登ろうとしている。

 破城級攻撃を耐えたとは言え、それで魔力を消耗した者や、負傷してしまった者ばかりだ。

 本来ならこの程度の穴、数秒もあれば踏破できるのだろうが、今は魔技で私達の攻撃に耐えながらの遅々とした進みになってしまっている。


 だが、腐っても進化体。

 防御魔技自体は堅牢で、正面から突破するのは骨が折れる。

 またそれなりに連携も熟せ、仲間を自身の魔技で庇うこともあった。


 そして、庇われた者が反撃の魔技を放つ。


「ギヂヂィッ」

「〈土纏・流砂〉」


 それを防ぐのが今の私の役割だ。

 飛来した水の砲弾を、流砂を纏った剣で斬り、消滅させる。


 土属性は水属性に効きやすく、加えて砂の魔象には液体を吸収しやすい特性があった。

 まさに水キラーとでも呼ぶべき性能である。

 続いて放たれた遠距離攻撃も相性の有利な【魔法剣】で防ぎ、ベック達の攻撃の手助けをする。


 それから少しして、個体数を半分以下に減らされながらも、アント達は大穴の外縁付近に辿り着いた。

 満身創痍だとしても銀級相当の進化体ばかり、進軍速度はかなり高く、トビーの予測より十数秒早い。

 先頭のアントの前脚が大穴の縁に手を掛けかけたその時、


『今だ、クリス!』


 すかっ、と脚が空振りした。

 ちょうどその時、地面に深い穴が開いたのだ。

 蟻は進んでいた勢いを殺せず、そのまま穴の底へとダイブした。


 そのすぐ後、後続の蟻達も勢いよく走り、落とし穴へと堕ちて行く。

 それからさらに数秒経ち、どちゃっ、、という嫌に耳に残る水音が聞こえて来た。

 最初に落ちた蟻が、今やっと穴の底に衝突したのだ。


 非常に深い穴であることが分かるが、それでも本物の虫ならば耐えられたかもしれない。

 高所からの落下が致命傷になり得るのは、魔物化による体組織の複雑化の弊害である。


「〈|土神の御手〈クロノス・グラスプ〉〉、二度目か」


 穴を避けようとする蟻達を、地面がいきなり隆起して穴の中へと放り込んで行く。

 あっという間に数は減って行き、最後の一体を放り込むと穴は閉じられた。

 その後、何かがまとめて潰される音が聞こえてきたが、そのことは戦況には関係ないので無視しておく。


『掃討作戦は完遂、後はクイーンを倒すだけだ。第十班が交戦し、第二、第九班が退路を塞いでいる。迅速に合流し討伐を補助してくれ』


 トビーの指示に従い、急いでサレン班の元に向かう。

 しかしながら、こちらの戦闘も既に大詰めだった。


「〈切断〉にゃっ」


 手甲から生えた鉤爪の斬撃を加速させ、猫獣人の少女がクイーンの横っ腹を斬り裂いた。

 クイーンは飛び退こうとするが、それは失敗する。


「凍てつきなさい、〈濡れ衣被せ〉と〈フロストバインド〉です!」


 水を纏わりつかせて敵を重くする初級魔技と、霜で敵を縛り付ける中級魔技。

 エルフの少女は好相性のこれら二つでクイーンを一瞬、足止めした。


「ナイスだよっ、〈迅歩〉!」


 そしてその一瞬があれば充分だった。

 サレンは高速の踏み込みでクイーンの懐に潜り込み、


「〈炎揺えんよう〉!」


 踏み込みの反動を十全に活かし、完璧な脱力状態から神速の連続斬撃を放った。

 肉体の動作は最小ながら、刃先の動きはさっぱり見えない。

 剣が霞んだ、そう認識できたのは、クイーンの体が寸断された後だ。


 こうして私達は蟻種のコロニー、その本拠地を全滅させたのだった。

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